学問・資格

オリンピック,メガイベント関連文献(英語編3)

Gold, J. R. and Gold, M. M. (2008): Olympic Cities: Regeneration, City Rebranding and Changing Urban Agendas. Geography Compass 2 (1): 300-318.
http://www.umsl.edu/~naumannj/professional%20geography%20articles/Olympic%20Cities%20-%20Regeneration%2C%20City%20Rebranding%20and%20Changing%20Urban%20Agendas.pdf
同タイトルの編著書を持つゴールド夫妻ですが,2007年の初版を書いた後に,2012ロンドン大会についても書きたくなったのでしょうか,こんな論文があります(なお,編著書の方は2011年に第2版が,2016年に第3版が出されています)。とはいえ,副題にあるブランド化などテーマを絞って詳しく議論されているかと思いきや,全般的な話が中心で,最後に若干ロンドン大会を4年後に控えた状況などが報告されています。

 

Boykoff, J. (2011): Space Matters: The 2010 Winter Olympics and Its Discontents. Human Geography 4 (2): 48-60.
https://core.ac.uk/download/pdf/48845602.pdf
ボイコフは『反東京オリンピック宣言』にも『New Left Review』に2011年に掲載された「反オリンピック」という論文が訳出され,今年は彼の著書『オリンピック秘史』が出版され,日本でも注目されてきた,元プロサッカー選手という異色の社会学者。なお,本誌は「新たなラディカル雑誌」と銘打った『Antipode』を意識したように2008年に創刊されたようです(この論文を知るまで知らなかった)。ともかく,おそらく地理学者の要望に応えて寄稿したものだと思われますが,同じ年に発表された「反オリンピック」と同様に2010年にバンクーバー冬季大会の反オリンピック運動を取り上げ,特にこの論文では空間論を展開します。具体的にその運動の空間的な展開を分析するわけではなく,ルフェーヴルの空間の生産論やニール・スミスのスケール論などを参照して抽象的な空間論が展開されます。とはいえ,バンクーバーに関しては,先住民から奪った土地でオリンピックを行うことを反五輪運動家が告発し,空間的正義を主張します。各国を回る聖火リレーについても言及され,また反五輪活動家たちは国境を越えて,ソルトレイクシティからバンクーバーに集まるといいます。まあ,思っていた以上にボイコフの文章は洗練されていて読み応えがあります。

 

Kolotouchkina,O. (2018): Engaging Citizens in Sports Mega-events: The Participatory Strategic Approach of Tokyo 2020 Olympics. Communication & Society 31 (3): 45-58.
英語圏でも2020東京大会の研究が出てきました。ただ、掲載されている雑誌からも、都市研究ではないことは分かる。アブストラクトをざっと読むと、東京大会で行われている、マスコットを児童による投票で決めたということ、金メダルを携帯電話などの小型家電のリサイクルから作るということ、そして無償による大会ボランティアという試みをポジティブに評価するもので、あまり期待はせずに読み始めた。
しかし、前半のレビューではメガイベントの負の側面についてもきちんと目配せされている。その上で、この論文のアプローチは市民参加という観点であり、近年のグローバル化した都市における市民のあり方、また市民参加のあり方のオルタナティブを模索する目的であることが分かる。そうしたことについては、草の根からの市民運動が思い浮かぶが、それだけではなく、ある意味政治・経済権力主導のメガイベントをうまく利用して新しい市民参加のあり方を考えるというのは確かに重要だと思う。
もちろん、東京大会はまだ開催されていないので、この論文は開催以前の調査になる。文献調査にソーシャル・メディアのモニタリング、2017年に行われたオリンピックでの広告をめぐる国際会議などでの資料収集、東京オリンピック委員会や電通、ウェーバー・シャンドウィック(米国の広告代理店)の人物などに聞き取りを行っている。これはまだ入手出来ていないが、2016年にはKassens-Noorによる東京大会の論文が出ているようで、それによれば、東京大会では空間情報システムや次世代ロボット、インテリジェント交通システム、高精密度テレビ、長期進化技術、先進ビデオ解析など、技術的な挑戦が試みられるという。また、ジェンダーバランスやバリアフリーも謳っているらしい。
上で書いた、東京大会での市民参加の試みは大体知っている内容だが、改めてメダルの材料をリサイクルから得るという試みの進捗を調べたら、すでに銅メダルは100%、金が54.5%、銀が43.9%集まっているといいます。なかなかバカにできませんね。ちなみに、大会ボランティアについても、予定人数を超える応募があったという報道がありましたが、リオ大会では有償だったそうです。

 

Finlay, C. (2014): Beyond the Blue Fence: Inequalities and spatial Segregation in the Development of the London 2012 Olympic Media Event. Interactions: Studies in Communication & Culture 5: 199-214.
2012
年ロンドン大会が,ロンドンでも外国人労働者や貧困層の集住するイーストロンドンの再開発でメインスタジアムなどが建設されたという話は有名である。建設中は,内部が見えないように青いフェンスを立てるのは普通の措置だと思うが,このフェンスをめぐる抵抗運動を論じたのが本論文。ルフェーヴルの空間生産論を論拠としています。2つの事例が示されていて,1つ目の事例は政治的なものです。オリンピック関連の再開発地区であるイーストロンドンには該当する5つのバラ(Borough:イギリスの行政単位)がありますが,その区議会(?)議員に関する話で詳しくは忘れてしまいましたが,オリンピック準備中にかれらが作った名刺の分析をしています。こういう時に,かれらはどういう肩書で自らをアイデンティファイするのか。なお,その議員は再開発に伴う立ち退きの当事者だったそうです。
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つ目の事例がその青いフェンスへの落書きです。落書きによる政治的抵抗についてはよく語られることですが,今回の場合はすぐに消されてしまうとのこと。しかし,ソーシャルネットワークの時代,すぐに消されてしまっても,それを撮影し,ネットで世界に拡散することで,その抵抗運動は新しい意味を獲得したという議論です。そこから新しい抵抗運動の形が作られ,ネットを介した不特定多数の運動主体が現れるという,結果的にロンドン大会に修正を迫るような大きな効果は見られなかったが,今後こうした抵抗運動の力はどんどん増していくという。ボイコフとは異なる形での反オリンピック運動の報告でした。

 

Munoz, F. (2006): Olympic Urbanism and Olympic Villages: Planning Strategies in Olympic Host Cities, London 1908 to London 2012. The Sociological Review 52 (s2), 175-183.
翻訳もされた『俗都市化』の著者である,スペインの地理学者ムニョスによるオリンピック研究論文。思いの外さっと読めました。難しい話は少なく,もっぱら選手村の歴史的事実と建築類型に関する議論です。選手村という観点からのオリンピック史というのはありそうでないですね。1932年のロサンゼルス大会では,テイラー主義,フォード主義の影響下で大量生産の住宅であったという。1936年のベルリン大会では合理主義の「快適さ,単純さ,清潔さ」が優先された。戦後の1960年代になると機能主義からラディカリズムへと移行する。高層のプレハブ住宅が登場します。1964年東京大会はメタボリズム建築家によるものだとされます。1970年代に入ると,オリンピック公園が都市のレジャー施設と化していく。1980年代にはポストモダンの影響下で,都市計画全体の文化的象徴として建築が用いられる。

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オリンピック,メガイベント関連文献(英語編2)

Pillay, U. and Bass, O. 2008. Mega-events as a response to poverty reduction: The 2010 FIFA World Cup and its urban development implication. Urban Forum 19: 329-346.
https://link.springer.com/content/pdf/10.1007%2Fs12132-008-9034-9.pdf
この論文はタイトル通り,2010年に南アフリカで開催されたワールドカップ大会における都市再開発を扱っている。多くの国際的文献はその収益効果の評価へと向けられるが,この論文では貧困の軽減がもたらされるわけではないことを示している。とはいえ,南アフリカにおいてどこがワールドカップの競技に用いられるために開発されたのかなど基礎的な情報が提供されず,国際的文献の分析に終始しているため,具体的な像がつかめない。まあ,実際には開催年の前に発表された論文であり,最後に「2010年大会に向けての洞察」などとなっている。南アフリカではまだメガイベントが国民形成や,国際社会への仲間入り,経済と再開発の獲得に向けられている。しかし,さまざまな文献から,開発のアジェンダを提言していて,コミュニティ支援プログラムや雇用創出,低家賃住宅の提供,零細企業支援,統合交通システムの提供などが含まれる。

 

Muller, M. and Steyaert, C. (2013). The geopolitics of organizing mega-events. In Handbook on the Geopolitics of Business, ed. Munoz, J. M. S. Edward Elger, 139-150.
https://serval.unil.ch/resource/serval:BIB_F03D204E0F87.P001/REF
ミュラーはメガイベント研究を専門とする地理学者だが,「ビジネスの地政学」と題されたハンドブックの1章ということで,メガイベント組織をビジネスとみなし,それを地政学の観点から論じたもの。よって,目新しいデータなどが使われているわけではないが,うまくまとめられている。まず,オリンピックのようなメガイベントはグローバル資本主義と消費者文化の縮図と認識している。そして,地政学を権力のグローバル競争と定義する。近年のメガイベント招致は新しい地政学的局面に入っているという指摘は,町村氏の議論と同じだといえよう。そして,三つの行為主体を特定している。1.国民とグローバル想像の地政学,2.企業と市場拡張の地政学,3.都市と(不)視覚的な効果の地政学。1.に関してはジョセフ・ナイの概念「ソフト・パワー」の概念を借り,北京大会の中国,アボリジニを開会式に動員したシドニー大会を論じている。国民の包摂と国際社会への仲間入り。2.に関しても北京大会のスタジアムが論じられ,世界的な設計会社による,最先端技術を用いて中国的モチーフをシンボルに仕立て上げる。チケット販売についても議論があり,その金額と販売方法が開催都市住民に開かれたものではない。3.に関してはメガイベとが都市政治から都市地政学へと移行しているという。企業家主義的でネオリベラリズムによる都市再開発は1984年のロサンゼルス大会に始まる。ジェントリフィケーションやブランド化が進展し,創造都市間で過度に競争され,グローバルな要求に都市政策が従属することでメガイベントは都市の均質度の増加に拍車をかける。

 

Hiller, H. H. (2000). Mega-events, urban boosterism, and growth strategies: An analysis of the objectives and legitimations of the Cape Town 2004 Olympic bid. International Journal of Urban and Regional Research, 24(2), 439-458.
http://people.ucalgary.ca/~hiller/pdfs/Olympic_Bid.pdf
かなり引用されることが多い文献。失敗に終わった南アメリカのケープタウンでの2004年夏季大会の招致活動を事例にしています。アパルトヘイトで知られる国ですが,1960年代に産業の成長がみられ人種の差を基礎とする経済格差が広がります。1991年にアパルトヘイト関連法が撤廃され,1994年に全人種参加の総選挙でマンデラ政権が成立。全人種参加の地方選挙の実施は1995年で,新憲法の発効が1997年とのこと。2004年の開催都市は1997年の9月にアテネに決定されますから,まさに民主化に向けた変容のなかで招致活動がなされたといえます。ということもあり,この国においてはオリンピックが単なる都市再開発のような狭い意味ではなく,人間開発(human development)がその理由とされた。具体的な開発においては,不遇地域(disadvantaged area)の多くがその対象となっていた(残念ながら地図が不鮮明で見にくい)。この論文では,その招致計画を以下の項目で詳細に検討しています。不遇地区における施設建設,コミュニティのスポーツ・プログラムを支援するスポーツ施設,人的資源の機会,手ごろな家賃の住宅ストックへの貢献,中小企業への支援,交通システムによる都市統合,コミュニティのコンサルタント,など。もちろんこれらがきちんと盛り込まれていた招致計画であったわけではありません。論文タイトルにもboosterismとありますが,boostとは「景気あおり」などの意味があるように,boosterismには「推賞宣伝」という訳語があります。ケープタウンでは1990年に企業家のアッカーマンという人物の主導で招致活動が始められました。しかし,アフリカ民族会議(ANC)の政権により,招致を政府主導で行う方針となり,その間にケープタウン市が1996年に,市が属する西部ケープ県が1994年に有色人種から指示を受けた国民党政府になります。
とはいえ,オリンピックは南アフリカにとって公私両側にとって,ビジネスの好機とみなされ,観光産業や歓待産業の企業がスポンサーに名を連ねたとのこと。オリンピックへの市民の期待はアンケートによって異なるようで,首都圏や富裕層が住む地区では80%が支持したという結果の一方,ケープタウンでは黒人が92%なのに,白人が62%,白人読者の多い新聞では70%が反対,他の新聞では92%が「No」など。実際には,候補地として落選するわけですが,その前にいくつかの施設が建設され,政府が多額の費用を負担したとのこと。結論としては,「パン」を必要とする人々のために「サーカス」を用意したようなものでしたが,メガイベント開催の大義としては,新しい人道主義的な都市的価値という新たなオプションを用意した,ということのようです。

 

Hall, C. M. (1989): The Definition and Analysis of Hallmark Tourist Events. GeoJournal 19 (3): 263-268.
https://www.researchgate.net/publication/227225064_The_definition_and_analysis_of_hallmark_tourist_events
メガイベント研究という分野がありますが,その前にはホールマークイベントと呼ばれていたようです。ちょっと日本語としてしっくりくるものはありませんが辞書で調べると「折り紙付きの」のような意味位しかなく,まあ本来は規模に限らず重要なイベントという意味合いだったのでしょうか。この分野の先駆的な論文はRitchieという人の1984年のものだがまだ入手できず。とりあえず,継続的にメガイベント研究をしている地理学者ホールによるものがこの論文。地理学雑誌に掲載され,またタイトル通り観光分野をメインとしています。「ホールマーク観光イベントは近代観光のイメージ創造者である」と定義づけ,限られた期間で開催されるイベントを規模の小さいコミュニティ・イベントと比較的大きいホールマーク・イベントに区分し,後者をさらに規模の大きいスペシャル・イベントと最大級のメガ・イベントに区分する表を掲載しています。そして,最後の文章が示唆深いです。イベント計画者や観光研究者は,イベントの招致に当たり,ホストコミュニティの望まない費用を最小限にし,かつ効果を最大限にするように努めなくてはならず,当該コミュニティに持続的で活力のある観光産業を創造しなくてはならない,という。

 

Roche, M. (1994): Mega-events and Urban Policy. Annals of Tourism Research 21: 1-19.
以前にも紹介した,2000年の『メガイベントと近代性』で知られる社会学者の1994年の論文が入手できた。冒頭で,メガイベントはその開催都市に長期的な影響を及ぼす短期開催のイベントであると記し,前半で以前のホールマークイベント研究はその原因・大義よりも効果,特に経済効果に焦点を合わせることが多かったという。それに対して,今後は非経済的な影響を考えるために,原因や大義に焦点を合わせる必要性を説く。それには,計画へのアプローチと政治的なアプローチが必要だという。こう書くと,近年の研究の方向付けをしている気がします。この論文では事例として1991年にシェフィールドで開催された世界学生大会(ユニバーシアード)を取り上げている。実際に招致前と招致中,開催後とに分けたいくつかの表が掲載されていますが,どうも読んでいてすっと頭の中に入ってきませんでした。『メガイベントと近代性』も序文のみPDFで入手できたので読んでいたが,これもイマイチ頭に入ってこなかった。個人的に合わないのだろうか。ということで,この論文も結論近くの一文を引用することでお茶を濁したい。「遺産や新しいアトラクション,メガイベント政策を含む都市の観光政策は,変容の生みの苦しみや様々な危機のなかで,都市によって生産される。」

 

Muller, M. (2015): The Mega-events Syndrome: Why So Much Goes Wrong in Mega-event Planning and What to Do about It. Journal of the American Planning Association 81 (1): 6-17.
https://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.1080/01944363.2015.1038292?needAccess=true
論文ごとに面白い視点を提供してくれるミュラーですが,副題からも分かるように,今回もなぜメガイベントが負の側面を生み出し続けるのに継続されるのか,というところに力点を置いているようです。今回も11か国に及ぶメガイベント計画者,運営者,政治家,コンサルタントの51人から,2010年から2014年にかけて行ったインタビューに基づく研究になっています。オリンピック症候群における兆候は7つほど想定されています。1.過度に約束された便益,2.過小評価された費用,3.イベントの最優先,4.公的な危機引き受け,5.例外規則,6.エリート獲得,7.イベントの固定制。3.までは分かりやすいです。4.は私的投資による失敗を公的資金で補填するようなことでしょうか。2020東京大会でも少し意味合いは違いますが,晴海の都の土地を選手村として利用しますが,選手村の後はリニューアルして分譲マンションとして売却する予定で,私的企業が開発します。しかし,その土地の値段は格安になっています。5.7.も分かりやすいですね。6.に関しては,ジェントリフィケーションなどの言葉が出てきます。まあ,これもよくある議論で,メガイベントに乗じた開発などは富裕層に利益をもたらすのがほとんどで,貧困層は何の恩恵もなく,場合によっては立ち退きなどの不利益をこうむります。この論文の後半は政策的提言にあてられています。それぞれの兆候に他書するためのラディカルな変化として5つ,増えつつある変化として7つ挙げられています。前者が,メガイベントを大規模都市再開発と結びつけないこと,イベント開催団体との契約,公的支出に上限を設ける,独立した専門家評価を決める,エベントの必要規模を縮小あるいは上限を定める。後者は,招致段階で公的な参加を始める,招致時期に候補のための同意事項を固定する,レガシーを管理する独立した組織の創設,イベントの脱中心化,イベント後の利用が不確実なものは臨時の構造物とする,知識交換の契約,通常の契約手順に乗り入れしない。

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オリンピック,メガイベント関係論文(英文編1)

共同研究のメンバー宛のメールで送っていた内容ですが,少しずつこちらでも公開していきたいと思います。

Gaffney, C. (2013). Between discourse and reality: The un-sustainability of mega-event planning. Sustainability, 5(9), 3926-3940.
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以前にも紹介したブラジルの地理学者による論文です。リオ大会についての研究をしています。この論文はサステイナビリティの専門誌ということで,それを強く意識した内容になっています。2016年の開催前に書かれたものですが,まずIOC自体がレガシー,環境という言葉とともに,あるいはそれと関連してサステイナビリティという言葉を大会招致の条件として強調していることを確認します。そして,言説分析をうたっていますが,リオ招致ファイルのごく単純なキーワード件数の分析をし,サステイナビリティという語が強調されていることを確認しています。
事例研究として,リオ大会から正式種目として復活したゴルフ場の建設に関する議論に移ります。そもそも,開発国におけるゴルフというスポーツの位置を確認し,ごく一部の上流階級のための施設となっているといいます。結果的には,建設地への環境負荷をかなり与えるだろうということです。

 

Essex, S. and Chalkley, B. (1998) Olympic games: catalyst of urban change. Leisure Studies 17: 187-206.
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1990年代のオリンピック基本文献と呼べそうな内容です。夏季オリンピック限定ですが,近代オリンピックの理念から,1896年のアテネ大会から2000年のシドニーを見越したところまで。
初期の頃は各都市である意味基準もなく適当にお祭りがなされていましたが(第一期),1912年のストックホルム大会あたりから,オリンピックのために新しい施設(スタジアム)が建設されるようになります。選手村ができるのは1932年のロサンゼルス大会のようですが,1936年のベルリン大会はよく知られるように,かなり「見せる」というところを意識するようになりますね。そうした第二期を経て,第三期は1960年のローマ大会以降とされます。単に施設を建設するだけではなく,それらの間の移動も考慮してインフラが整備されるようになり,いわばオリンピックを契機に都市の建造環境の変容がなされるということです。夏季大会への参加国数と選手数を示した世界地図がありますが,オリンピックが大規模化し,よく知られるように,1984年のロサンゼルス大会から放映権が高騰し,商業目的になっていきます。都市競争の一環としての誘致合戦に勝てばグローバル・シティとしての仲間入りが果たせるというのが,1990年代までの状況でしょうか。

 

 

Hiller, H. H. (2000). Towards an urban sociology of mega-events. Research in Urban Sociology 5: 181-205.
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ヒラーは社会学の分野でメガイベントを都市研究と結び付けた主要な研究者といえると思います。そういう意味でも,本書は代表的な論文です。今読むと目新しい議論は少ないですが,脱工業化の都市において,メガイベントのような契機が必要です。まずは観光を始めとした経済的インパクトですね。それはメガイベントの招致活動を通じて世界にその都市を知らしめます。実際に外国人観光客を迎え入れる(それ以前にイベント会場づくりがありますが)際に,都市再生事業を行い,レジャー・観光商品の生産が行われます。もちろん,その過程で貧困層の立ち退きなどが行われます。以前も別の文献で紹介しましたが,イベント開催前,開催中,開催後のそれぞれのフェーズで論点は異なってきます。最後に,メガイベントの都市社会学におけるテーマが羅列されています。都市変化のための触媒,重要な都市空間の土地利用変化,都市計画における創造性のひらめき,移動性の発見(公共部門,私的部門),時折野心的,過剰すぎる支援事業,開催日までの完了要求,(交通など)限定された領域におけるインフラ改修,都市空間を改良する意味のある構造の生産。

 

Malfas, M., Theodoraki, E., & Houlihan, B. (2004). Impacts of the Olympic games as mega-events. Proceedings of the Institute of Civil Engineers, Municipal Engineer, 157(ME3), 209-220.
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掲載雑誌がどういうものか分かりませんが,土木協会のような純粋な学術というよりは業界誌のような感じかもしれません。この論文は一般的なタイトルがついていますが,少し一般の読者向けに書かれた文献レビューです。なので,すでに知っていることも少なくありませんが,基本的な知識から分かりやすく解説されているという意味では助かる論文です。引かれている文献も,一般向けの著書が多いのでしょうか,これまでのレビュー論文では挙がっていなかったものがけっこうあります。
近代オリンピックの成立からオリンピズムの解説,メガイベントの簡単な定義,メガイベントのインパクトとして,社会-経済的なもの,社会-文化的なもの,物理的なもの,政治的なもの,というわかりやすい項目に沿って解説されています。立ち退きの問題や,観光へのインパクトに関する批判的な研究なども取り上げられています。長野大会の費用が市の予算を圧迫したということにも触れられています。
メガイベント誘致に際し,行われる費用対効果分析の多くが,開催側の都合の良い結果になっている,などという記述は,土木業界に身を置くものとして,最もだと思いました。

 

Muller, M. (2017). Approaching paradox: Loving and hating mega-events. Tourism Management 63: 234-241.
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同じミュラーによるこちらの論文は,タイトル通りパラドクス(逆説)という観点でメガイベントをとらえようという面白い試みです。副題にあるように,「私はメガイベントを愛するし,同時に憎む」という感情を説明しようというものです。ここでは,6つのパラドクスが挙げられています。1.普遍主義的逆説:これは5つ目の逆説とも関わりますが,オリンピックのようなグローバルなメガイベントは普遍主義を謳いますが,同時に国家間競争であったり,ローカルな特色を生かした開催だったりします。2.コンプライアンスの逆説:ここで挙げられているのはドーピング検査のようなもので,イベントの規模やスケールが大きいほど,それを運営するための基準が必要で,それは時に上からの暴力的な規則になってしまうということですね。3.勝者の逆説:オリンピックなどの招致活動はもちろん勝つためにやるわけですが,勝ったが故に背負わなくてはならないものも少なくない。4.参加の逆説:メガイベントはトップダウン的に様々なことが決められますが,競技者や市民の参加がないと成立しません。その参加者も多様であり,関わり方も多様です。5.単一性の逆説:メガイベントはさまざまな規制の下に成立し,その運営には型通りの作業が要求されますが,同時にそのなかで開催国,都市の独自性=単一性も要求されます。6.情熱の逆説:同一の個人の中にも生じる競合する感情。冒頭に書いた愛と憎しみです。
このパラドクス=逆説という観点についても哲学的な省察がなされています。contradiction=矛盾は2つのものが同時に成立しない二律背反的なものですが,パラドクスは両極のものを包含し,どちらか選ぶということではないということで,物事の本質を捉える上で哲学的な意義があるということです。メガイベントの逆説については3つの戦略で立ち向かうとされています。1.説明:逆説の両義性を維持したまま,ともかく説明します。メガイベントは関わる主体や時期,状況によって意味が変わります。2.差異化:逆説の構造により深く探求します。メガイベントについては,時間,空間,社会集団という観点の差異に注目します。3.再枠組み:物事はさまざまな理論的立場によって見方が異なります。
なんでも「批判的」という形容詞がつく研究動向がありますが,「クリティカル・イベント・スタディーズ」なるものも標榜されているようで,この論文のような内省的な思考がイベント研究にも必要だ,ということのようです。

 

Muller, M. (2015) What makes an event a mega-event? Definitions and sizes. Leisure Studies 34(6): 627-642.
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ミュラーも数多くのメガイベント研究をしているスイスの地理学者です。彼は論文によって切り口を変えているので,とても読みやすい研究者です。この論文はかなり基本的な問いを立てています。タイトル通り,メガイベントと一般的にいうが,どこからがメガと呼べるのか,さまざまな指標から論じています。まず,規模に関してはメガの下が「メジャー」,上が「ギガ」となります。まず,「観光要素」「放映・報道」「費用」「開発」の4つの指標で,従来の研究におけるメガイベントの位置付けの違いを確認しています。
続いて,具体的なイベントをさまざまな指標で比較します。万博,五輪,サッカー,地域別スポーツ大会など,2010年以降に開催されたものが対象です。チケット販売数,放映権料,資本投資額,運営収支の指標でまとめた表があります。上記4つの指標を03まで点数化し,合計点数によって,ロンドン2012大会がギガ,バンクーバー2010冬季大会までがメガ,APECサミットやラグビーのワールドカップ,スーパーボールなどはメジャーイベントと位置付けられています。

 

Renau, L. de R. and Trudelle, C. (2011) Mega events and urban conflicts in Valencia, Spain: contesting the new urban modernity. Urban Studies Research 2012: 1-12.
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掲載雑誌はHindawi Publishing Corporationという企業の発行する雑誌のようなので,どの程度の学術的価値があるかは分かりません。ただ,この論文に限っては前半にけっこうしっかりとレビューがなされています。スペインのバレンシア地方がメガイベントの誘致を契機に沿岸部の再開発をするというよくある話ではあります。ヨットレースの世界的大会であるアメリカズカップの開催会場に2003年に決定し,2007年に開催されます。また,その後F1のレース会場(街中を走る)になるということで,既存の都市構造に手が加えられます。
本題に入る前にこの港湾地区の歴史が簡単に説明されます。地中海に面した湾はかつては漁業と造船の町として栄えますが,1970年代に衰退します。
この論文では,1995-20101つの日刊地方紙の記事を分析したものです。報道ではその期間に25の紛争が確認されていますが,そのほとんどは地元行政および地域行政と住民の間のものです。紛争があった場所を,失業率の地図と重ね合わせたりしていますが,あくまでも資料が新聞なので紛争の詳細までは踏み込めていない。結論的にはメガイベントのための観覧席などの施設が使用されないまま残されて,というありがちな状況が報告されています。

 

Roche. M. (2002). Olympic and Sport Mega-Events as Media-Events: Reflections on the Globalisation paradigm. Sixth International Symposium for Olympic Research 1-11.
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ロッシュは2000年の『メガイベントと近代性』で知られる社会学者(?)で,荒又さんも引いている様に,メガイベント研究では避けて通れない著書のようです。2017年に『メガイベントと社会変容――スペクタクル,レガシー,公共文化』というのを新しく出していますね。
さて,この論文はたまたまウェブで見つかったもので,オリンピック研究のシンポジウム報告書の一部のようです。2000年という早い時期にメガイベント論を近代性という枠組みで論じたロッシュの著作は,観光をやはり近代性の枠組みで捉えたマッキャネル『ザ・ツーリスト』(原著1976年,邦訳2008年)ほど知られてはいませんが,それに匹敵するのかもしれません。この報告書論文では,それを今度はグローバル化の文脈で議論を深化しようとしています。冒頭でグローバル化研究全般がなぜメガイベントおよびメディア・スポーツに注意を向けてこなかったのかと問いかけ,オリンピック大会を「地球村」における「メディア・イベント」ととらえることで,全般的なグローバル化研究に寄与できるものと主張しています。
確かに,近代オリンピックの時点で普遍性を謳っていますが,それはあくまでもヨーロッパ幻想的な普遍性であり,それをごまかしつつ欧米以外の開催国で行うことでグローバリズムの普遍性へと置き換えてきたといえるかもしれません。もちろん,それを支えるのがメディアであり,そういう意味でも次に挙げる浜田さんの論文は面白いです。

 

Teigland, J. 1999. Mega-events and impacts on tourism: the predictions and realities of the Lillehammer Olympics. Impact Assessment and Project Appraisal 17: 305-317.
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オリンピックのツーリズムへの影響というテーマは,このメンバーでは取り扱いませんが,膨大な研究成果があるようです。全く無視するわけにもいきませんので,いくつかは読むようにしています。オリンピックのような一過性のイベントによる観光への効果は,もちろん開催中と開催後,そして開催後の期間(数ヶ月か数年か)によって異なってきて,開催後ある程度たつともとの水準に戻ってしまう場合もあります。また,もともと観光客の推移には季節変動などもあり,そうした要素を取り除くことで実際のイベントの効果を評価しようというのが研究の中心です。この論文では,1994年に冬季大会を開催したノルウェーのリリハンメルを対象としており,1989-1997年という長期の統計データを用いて分析しています。時間の推移だけでなく,ノルウェー全体,大会会場中心部,衛星的な競技会場付近,周縁部という感じで,地理的な違いについても考察しています。もちろん,イベントがあるだけで観光客が増えるなんてことはなく,イベント関連で来たお客にいかに魅力的なものを感じ取ってもらえるかという仕掛けの開発が必要だということですね。

 

Horne, J. (2007). The four 'knowns' of sports mega-events. Leisure Studies, 26 (1), 81-96.
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ちょっとよくわからない論文も一つ。この論文は,2003年にイラク情勢に関する米国ラムズフェルド国防長官の発言に関して,スラヴォイ・ジジェクが『ガーディアン』に寄せた文章に用いられた枠組みでスポーツ・メガイベントを考えようというものです。それが4つの「知る」ということです。一つ目は「知られていることを知ることKnown Knowns」であり,オリンピックについてよく知られていることが論じられます。1980年代以降の商業主義的なオリンピック。脱産業時代に新自由主義的で,起業家主義的な都市間競争の一舞台となっているオリンピック招致活動。二つ目は「知られていないことを知ることKnown Unknowns」であり,オリンピックについてはよく知られていないことも多く,それを知ることが研究に課せられた責務でもあります。まあ,開催に関わる腹黒い政治とか,負の遺産とか。この著者は2002年の日韓合同開催ワールドカップの研究もしているようで,その事例もここで挙げられています。三つ目は「知られていないことを知るすべもないUnknown Unknowns」で10行足らずの記述です。このことに関しては,なかなか想像もできないことですが,想像力を働かせて調査することで,「知られていることを知ること」にもなり得るということだそうです。四つ目が「知られていることを知らないUnknown Knowns」は知られていることを信じていないということや,知っていることを思い出していない状態のこと。ここではなぜかけっこう普通の研究が取り上げられ,立ち退きに関わるCOHREの研究なども挙げられています。まあ,結局よくわからない論文ではありますが,いろんな観点でオリンピックを捉えるというのは必要で,面白いですね。

 

Hall, C. M. (2006). Urban entrepreneurship, corporate interests and sports mega-events: the thin policies of competitiveness within the hard outcomes of neoliberalism. the Sociological Review 2006: 59-70.
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章や節で区切られていない短い文章ですが,この人物も観光研究の文脈でスポーツ・メガイベント研究を手掛け,地理学雑誌にも寄稿しているようです。この論文はスポーツ・メガイベントを,場所のプロモーション,新自由主義,都市の起業家主義という文脈で捉えようとするものです。メガイベントが意識的,経済的競争世界の市場のなかで都市や国家のイメージを改善する機会として期待されているといいます。この論文は,基本的に既存の研究のレビューですが,過度な競争が,ゼロサム・ゲームどころか,マイナスサム・ゲームであり,勝者が必然的に敗者になると指摘する研究もあるようです。まあ,オリンピックもそれに近いですかね。

 

Surborg, B., VanWynsberghe, R. and Wyly, E. 2008. Mapping the Olympic growth machine: transnational urbanism and the growth machine diaspora. City 12: 341-355.
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この論文は,いくつかの理論的枠組みを使って,2010年のバンクーバー冬季大会を分析しています。その枠組みとは「都市の成長マシーン論」とレジーム理論です。馴染みのない議論ですが,検索してみると日本人の研究者で紹介している人もいるようです。都市の成長マシーン論はその名の通りですが,その土地の名士の役割が強調されているようです。こう書くと限定的ですが,東京における森ビルみたいな存在でしょうか。レジーム理論は政治学を中心としたもののようですが,公共機関と私的企業,非営利団体などの都市政策における混成などが論じられるようです。こう書くと,まさにオリンピック分析にふさわしい気もします。
この論文は当の2010年以前に書かれていますから,オリンピックの話も断片的で,招致の話が中心です(開発中の写真は掲載されていますが)。この論文では「成長マシーン・ディアスポラ」という表現も用いられていて,1970年代後半に唱えられた成長マシーンの概念が,グローバル化の時代には地元のというところが変容し,トランスナショナルな主体がローカルな都市の発展に寄与する,ということでしょうか。バンクーバー大会の招致に関しては,2001年から始まる運動における市長や州知事,IOC会長などのプレゼンについて検討され,それらがカナダだけでなく,米国やオーストラリアなどでも行われたことを示しています

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新しい書評が掲載されました。

雑誌『現代思想』の地政学特集号ですが,こうして雑誌の書評が掲載されるのは珍しいかもしれません。まあ,以前に写真集や小説の書評も掲載していただいていますが。

成瀬 厚 2018. 栗原一樹編:いまなぜ地政学か――新しい世界地図の描き方.地理学評論 91: 162-164

 

栗原一樹編:いまなぜ地政学か――新しい世界地図の描き方(現代思想9月号第45巻第18号).青土社,2017年,246p.1,400円.

 

地理学者の多くが抱いていたと思われる疑問をタイトルにした特集が『現代思想』によって組まれた.大衆レベルにまで浸透している地政学の流行をわたしたちはどう理解したらよいのだろうか.そして,地理学徒として,今日地政学にどう立ち向かえばいいのだろうか.地理学者からも,山﨑孝史,北川眞也,柴田陽一が寄稿している本特集号から学ぶことは多い.
山﨑孝史「地政学の相貌についての覚書」は,特集ページ冒頭の対談記事に続いて掲載された.イントロダクションの役割を果たすとはいえ,ラッツェルから始まる通り一遍の教科書的解説は必要だったのだろうか.評者は近年大量に出版されている地政学関連書籍をきちんと読んでいないが,書店で手に取りパラパラとめくるだけで,そうした書籍が古典地政学の概観をしていることは知っている.中盤で検討されている京都学派の哲学者,西田幾多郎の地政学的思考については興味深いが,小牧実繁に代表される日本地政学と西田らの京都学派の関係について知りたかった.最後に「復古的,宿命論的,あるいは扇動的に『地政学』を標榜する言説には眉を顰めざるをえない」(p.38)とは書くが,説得的な批判にはなっているとは考えられなかった.
土佐弘之「地政学的言説のバックラッシュ――『閉じた世界』における不安と欲望の表出」はより明確に,反地政学を主張している.ここでは,批判地政学も丁寧に解説され,その後の展開についても「物質性の見直し,いわゆる新しい唯物論の必要性が唱えられるなど方法論をめぐる批判的な議論は,その難易度をさらに高めていく」(p.66)ととらえられている.アカデミックな反地政学の勢力が,今日高まっている古典地政学の勢力には対抗する力を有しない,という主張は悲しいながら納得してしまう.
下斗米伸夫「プーチン政治と地政学」は古典地政学への内省はなく,ロシア革命からソビエト連邦を経,現在のロシアまで,その存在を地政学的に解説したものである.
中山智香子「ジオポリティクスが媒介したヘゲモニーの推移――『アメリカの世紀』のあらわれ」は大衆地政学を意識しつつ,米国の雑誌『ライフ』に1942年に掲載された「ジオポリティクス」という小論を検討している.それは当時の米国地政学的言説に組み込まれたものでありながらも検討に値するものだという.この小論は,ランドパワーやシーパワーというこれまでの地政学の枠組みがこの時代の米国には馴染まず,空軍力という「空から見下ろす視点」(p.82)が米国を中心とした地政学に組み込まれる.
峯 陽一「『南』の地政学――アジア主義からアフラシアの交歓に向かって」は,「オルターナティブな地政学フレームを提示する思考実験」(p.89)と称し,「帝国に分割される側だった『南』の諸民族(『第三世界』に置き換えてもいい)の歴史的再興にかかわる地政学を考えてみる」(p.88)ことを目的としている.国連の人口予測のデータから,2100年までにはアジアの人口増加も停滞へと転じ,アフリカはさらなる増加を続けるという状況を確認する.すなわち,少し先の将来を見据えると,アジアとアフリカを合わせた「アフラシア」が重要となり,英語に代わるそこでの多言語コミュニケーションが「言語地政学」として考えられるべきだという.
羽根次郎「『一帯一路』構想の地政学的意義の検討」は,タイトル通り古典地政学の枠組みで近年の中国の外交政策を分析する.
末近浩太「シリア紛争の(批判的)地政学――『未完の物語』としての『シリア分割』」は近年シリア情勢について次々と発言している著者によるもので,地政学の観点を交え,わかりやすくシリア紛争を解説している.その観点とは,「シリア紛争の何をどこまで地政学で説明できて,なにがこぼれ落ちてしまうのか」(p.110)というものである.地政学は基本的に支配者側の論理だが,シリアでは「人びとによる多種多様な『地政学コード』の生成の営みがあった」(p.116)という.ここにもオルターナティブな地政学の試みがある.
中野剛志「地政経済学の射程――グローバリゼーションの終焉以降を読み解く」は『富国と強兵――地政経済学序説』(東洋経済新報社,2016年)の著者へのインタビューである.著者によれば,日本における地政学のブームは,グローバリゼーションの終焉に伴い,「おそらくアメリカに守ってもらえなくなるという事態に近づいたからで,焦って思い出した」(p.121)のだという.地政経済学とは,その著書のタイトル通り,富国という経済問題と強兵という政治問題がかつて国家間関係において強く結びついており,今日のグローバル世界でもそうであるという主張である.この著作は土佐による「経済問題をナショナリズムや地政学の枠組みに填め込もうとする地経学的な言説」(p.60)としての批判対象なのだろうか.
川久保文紀「ボーダースタディーズの生成と展開――批判地政学との接点」で,著者はボーダースタディーズを「地理学や地政学の影響を受けながら欧米で誕生を見た学際的領域」(p.126)と説明する.境界に関する研究の近年における特徴は,それを社会的構築物として捉えるということと,国民アイデンティティとの相互関係を分析することだという.
粥川準二「先端医療,生命論理,メディカルツーリズム」は最も地政学とは無縁に思える章である.ただし,医療をめぐっても各国の状況,技術や人間の移動を無視できないのは間違いない.
纐纈 厚「大陸国家日本への展望と地政学的知見の限界性――『生存圏』・『自足自給』論を中心に」は,明治期から敗戦までの時期の日本の政治軍事指導者層に地政学的見地が存在したという観点から歴史をたどる.隣国侵略は地政学に沿ったものだが,アジア太平洋戦争へと突入する時点で地政学の限界性を超え,そのことが日本の敗北を早めたという.
柴田陽一「日本における訳語『地政学』の定着過程に関する試論」は著書『帝国日本と地政学』(清文堂出版,2016年)で残された課題に取り組んでいる.それが,日本におけるGeopolitikの導入時期に用いられた訳語の整理である.丹念な文献学的検討であり,纐纈の推測を裏付ける資料ともなろう.
平田 周「なぜ空間の生産がいまだに問題なのか」は,ルフェーヴルの『空間の生産』の再読である.著者はこの本を「1976年から1978年にかけて4巻本で出版された『国家について』」(p.172)と併せて読み,そこからスケール問題を引き出している.近年のグローバル化による複合的なマルチスケールの再配置を考える際,それ以前のルフェーヴルによる議論から学ぶことは多いという.
北川眞也「地図学的理性を超える地球の潜勢力――地政学を根源的に問題化するために」は一番難解な文章である.そして,単なる学術論文ではなく,自らの執筆が反地政学な運動として,後半で意識的にルクリュを含むアナーキストの文章に言及する.著者は,支配者側の地政学的意識として地図学的理性の語を用い,それからとらえきれない存在としてテロリストの存在を論じる.
古屋 哲「主権の海と移り住む島の人びと」は日本の離島で著者が聴き取った住民の話が紹介される.その島は鹿児島県の下甑島であり,2016年に成立した「有人国境離島法」の対象地域として指定された.1953年に制定された離島振興法の国民的経済発展という目的とは異なり,「海の地政学」とも呼ぶべきものへ移行しているという.この島では江戸時代から異国船を見張る遠見番所が置かれ,明治期には陸軍省が灯台を設置する.第二次世界大戦期には軍事施設が建設され,それは米軍によって破壊されるが,戦後は米兵が駐屯し,その後自衛隊へと移管される.一方で,住民の出稼ぎによる流出,戦後の引き揚げ,中国人密航と,その地理的位置の故に歴史を左右され続けている.
猪瀬浩平「水満ちる人造湖の辺から――相模ダム開発の経験と戦後啓蒙」では,冒頭から飯塚浩二の地政学批判が論じられる.タイトル通り,舞台は相模ダムが開発された相模川上流域の与瀬なのだが,飯塚は戦時中そこに疎開していた.それは東京大学経済学部の大塚久雄の世話をするためだったといい,多くの知識人もこの地域に疎開していたという.一方で,相模ダムの工事が進み,「強制連行された朝鮮人・中国人が多数動員された」(p.214)という.その場での短い期間の経験が大塚の学説に作用し,飯塚は朝鮮半島から満州を旅した.
原山浩介「ハワイ立州の周辺にみるポリティクス」は1955年に立州したハワイをめぐって,日本語新聞『布哇タイムス』の記事をいくつか取り上げながら論じている.ハワイの立州にあたっては,共産主義問題,「人口の三分の一超を占めたハワイの日本人・日系人の立場」(p.222)および米兵として参加した日系人の存在,などが絡み合う中,「先住民を置き去りにしたまま」(p.235)議論されたという.
中田秀樹「移民の生きる毎日は『開拓』か『侵略』か――在ブラジル日本人が『二分制限法』にみた『恐日病』の世界と日本帝国の近代」は「進出(タイトルでは開拓)」と「侵略」の概念の違いを問い直す.日本政府は戦前から世界遠方に移民を送り込んだ.一方で,隣国に対しては軍事的侵略を目指して,軍人以外にも開拓移民がいた.これらは全く意味の違う移民なのか,本人たちの意識や受け入れ側の意識も含め,何が違うのかを,かつてブラジルに渡った日本人,そして近年ン来日する日系ブラジル人などの事例を交えて論じている.
市嶋典子「内戦,国家,日本語――シリアの日本語学習者の語りから」は,ラマという30代前半の女性の語りで構成されている.1970年代後半以降の日本の経済力拡大に伴って,外国での日本語学習者が増加する.その後,さまざまな組織が,各時代の要請に応じた日本語普及事業を展開し,シリアに住むラマも日本語学習者であった.しかし,2011年以降のシリア内戦により,日本人教師は国外退避となる.ラマは難民とならず,国内に留まるが,「日本語を武力に対抗する武器として,自分を守るツールとして意味づけている」(p.244)だという.
最後に,特集冒頭の伊勢崎賢治と西谷 修による討議「『非戦』のための地政学」に触れておこう.話題としては,「大国の地政学的ゲームの狭間で翻弄される『民族自決』の問題」(p.34)や中国経済によるアフリカの支配(p.37),テロとの戦争,戦争の「民営化」(p.47)やロボット化,など多岐にわたる.2人は現代世界をどうにかしたいという共通認識を持ち,ようやく最後にタイトルにある「非戦(平和ではなく)」へと収斂する.しかし,地政学そのものを批判する意図はなく,むしろ地政学的思考は必要なものだとみなしているように思われる.「地政学」という言葉は数か所で使用されるが,その内実は確たるものではなく,かれらの議論はこの語がなくても成立する.
以上みてきたように,事例としては日本に関わるものが多いが,ロシア,アメリカ,アフラシア,中国,シリア,ハワイなどの話題が提供され,この特集号を通読すると世界情勢についての一定の知識を得ることができる.地政学に対する態度は多様である.古典地政学の観点から現代世界情勢を解読する者,オートゥーホールの20年前の著作に寄りながら批判地政学を解説する者,オルターナティブな地政学を模索する者,こうした複数の立場が混在するのは,雑誌という媒体としては好ましいといえる.
地政学が地理学より知名度を増そうとしている昨今,社会的には地理学者にもそうした知識や発言を要求される場面が訪れよう.

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新しい論文が発表されました。

2001年度から東京経済大学で非常勤講師を始めて17年。現在、早稲田大学でもお世話になっておりますが、こちらのポストには首都圏非常勤講師組合のチラシがたまに入れられています。そんな頃から大学非常勤講師の処遇に関心をもつようになり、また3年前から明治学院大学にもお世話になっていますが、私と同じ講義「社会学6:エスニシティ・地域・境界」を春学期に担当している(私は秋学期)熱田敬子さんという存在が気になり、調べてみると『現代思想』に「専任イス取りゲームをこえて--大学に背をむける非常勤講師たち」という文章を書いていることを知り、早速読んでみた。だんだん自分の処遇について真面目に考える必要性を感じるようになり、日本地理学会会員で所属に大学非常勤講師と記している人に対してアンケートをとることにしました。 その結果を『地理学評論』の「資料」に投稿したのですが、貴重なオリジナルなデータというだけでは受け付けてもらえず、15人というサンプルの少なさ、集計結果の統計学的な不備などを理由に掲載不可にされました。学会員を調査対象としていることもあり、このままではこの学会の出版物だけが発表場所でしたが、幸いその電子ジャーナルである『E-Journal GEO』では丁寧に査読していただき、幸いなことに掲載に至りました。

成瀬 厚 2017. 地理学関連科目を担当する大学非常勤講師の雇用実態と意識.E-journal GEO 12 (2): 280-293.

電子ジャーナルですから、当然ウェブで読むことができます。こちらからどうぞ。

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新しい論文が出ました

数年前に企画があり、かなり前に脱稿していた論文集がようやく出版されました。

ナカニシヤ出版という京都の学術系出版社ですが、最近地理学の本の出版も多いようです。その「21世紀の地域」というシリーズの4冊目です。このシリーズは既出論文をまとめたものもあり、今回の『ライブパフォーマンスと地域』にも既出論文が含まれていますが、私のは書き下ろし。

2012年に『地理科学』に書いた音楽研究の続編です。

http://www.nakanishiya.co.jp/book/b278792.html

成瀬 厚 2017. 音楽的星座:徘徊し,集うミュージシャンとオーディエンス.神谷浩夫・山本健太・和田 崇編『ライブパフォーマンスと地域ーー伝統・芸術・大衆文化』ナカニシヤ出版,86-105.

今回は抜き刷りという形で提供することはできません。よろしければ、所属する大学や近所の公共図書館などで購入していただくとありがたいです。

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研究報告会があります

久しぶりの書き込みになります。昨年11月以来ですが、自宅のパソコンが故障し、妻と共用しているため朝洗濯機を回しながらblog記事を書くという習慣が断たれています。

映画評に関しても、昨年の重要な成果である『永い言い訳』について書けていないのと、読了した図書も10冊以上になってしまい、回復できるかどうかわかりません。パソコンの新規購入も長男の入学準備などで家計が間に合わず、購入はいつになることやら。

さて、来週末にちょっとした研究会があります。私の報告を自信を持ってお薦めできる内容ではないのですが、『君の名は。』が空前の大ヒット中の新海誠の前作を少し大きめのスクリーン(といっても大学の教室でのDVDのプロジェクタ上映ですが)で私的に観ようという企画ですので、この機会に観ておきたいという方がいたら気軽にお越しください。詳細は以下の通りです。

日本地理学会 都市の社会・文化の地理学研究グループ

タイトル:新海誠『言の葉の庭』を観る――アニメ、都市、自然

報告者:成瀬 厚

新海誠監督のアニメーション作品『君の名は。』は昨年劇場公開され、大ヒットとなりいまだ上映中となっている。本報告では、新海作品の前作である中篇アニメーション『言の葉の庭』を鑑賞し、さまざまな観点から議論することを目的とする。

新海アニメ作品は『雲のむこう、約束の場所』(2004年公開)で青森県津軽半島を舞台とし、雲の向こうにエゾ(北海道)をのぞむ。『秒速5センチメートル』(2007年公開)では、東京から栃木までの電車の旅が描かれ、種子島も登場する。『言の葉の庭』(2013年公開)は新宿御苑を舞台とする。『君の名は。』(2016年公開)は東京と岐阜とを描くなど、具体的な地理的想像力を駆使する作家であるといえる。

また、星や雲、雪や雨などの自然物を作品の中核に置き、自然の地理学という観点からもさまざまな論点が見出せよう。同時に、東京では新宿を中心とした細密な都市風景描写においても地理学によって魅力的な素材である。そんな素材を用い、アニメーションの表現から、都市と自然の表象について議論したい。

日時 2017年1月28日土曜日 14:00~

場所 東洋大学5301教室

(白山キャンパス5号館3階、1階に井上円了記念館がある建物です)

http://www.toyo.ac.jp/nyushi/about/campus/hakusan/

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新しい論文リリース(『コミュニケーション科学』2016年)

2015年は論文が出なかった年ですが(ちなみに,1995年も2005年も出ていないので,5のつく年は出ないみたいですね),2016年に入ってとりあえず1本出ました。

成瀬 厚 2016. 表象を忘れない――新聞記事の地理学的研究を通じて考える.コミュニケーション科学 43: 85-106.

2012年に続いて東京経済大学の紀要に掲載させていただきました。この内容は日本地理学会2015年春期学術大会で報告し,『地理科学』に投稿していたものです。何度かやり取りした結果,掲載不可になってしまい,こういう形での発表になりました。

なお,今年は以前に執筆した原稿が論文集として出版されることになりそうです。

再来週3月21日には日本地理学会2016年春期学術大会が早稲田大学で開催され,私も発表する予定です。その際に抜き刷りを用意しますので,読んでみたいという方は声をかけてください。

もちろん,このblogの読者で読んでみたいという方がいれば郵送させていただきますので,メールでお知らせください。

といっても,本誌はウェブ公開もしていますので,しばらくすればPDFでも入手可能です。

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編集専門委員について

日本地理学会の学会誌『地理学評論』の「フォーラム」という雑文のコーナーに以前「学会誌のあり方についての緒論」という文章を掲載した(この文章はまるごとこのblogにも掲載しています→こちら)。このコーナーは文字数も限られているので,以前からいいたかったことを連載のように継続的に投稿していこうと考えていたわけだが,そう,思うようにはいかなかった。

続編として書いた文章はけっこう苦労してデータを集計したりもしたのだが,掲載不可との通知を受け取った。しかし,会員の学会に対する不満を公表する場もないのも民主的ではないと思い,1年前の投稿から読み直し,こうしてこの文章も図付きでこのblogに掲載することとした。まあ,このblogの読者は決して多くはないし,地理学者ではもっと少なくなるだろうが,記録のためにも公にしておきたいと思う。

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編集専門委員について

成瀬 厚

前稿で筆者は他学会での議論を参考に,『地理学評論』の査読・編集のあり方に関していくつかの提言を行った(成瀬 2014).そのこととは直接関係はないと思われるが,20144月から電子ファイルでの投稿が原則となり,論文審査にかかる時間が短縮されることが期待される.よりよい学会誌を目指すために,前稿で指摘した3点のうち,本稿では2点目の編集委員会の役割について,そのなかでも,今回は各委員の状況について考えてみたい.

「閲読者に関する内規」によれば,閲読(いわゆる査読)を行うのは,「編集委員以外の2名の閲読者」(いわゆる外部レフェリー)および担当編集委員の3名となっている.外部レフェリーの選出に関しては個々の投稿論文から編集専門委員会が決定するため,編集専門委員の責任によるところが大きいといえる.「日本地理学会細則」によれば,各専門委員長は理事の内から理事長が指名し委嘱し,その他の委員は各専門委員長が指名し,理事長が委嘱する,とある.つまり,誰が決めるかについては規定されているものの,どのような基準に基づいて選出するかについては明文化されていない.

編集専門委員の氏名は毎号の『地理学評論』に掲載されている.歴代の委員について確認すると,副委員長が次期の委員長になっていることが分かり,上記の細則は字義通りのものではなく,副委員長の決定がすなわち次期委員長の決定となっている実態が分かる.また,委員長,副委員長以外の委員についても,引継ぎの関係からか,23名が2期(1期の任期は2ヵ年度)連続で担当していることが分かる.

日本地理学会は『地理学評論』誌上で各専門委員の活動を報告しており,編集専門委員会についても,現在では8月を除いて毎月開催されている編集会議について報告されている.その報告には毎回の出席委員の姓が記載され,出席率が確認できる.図1は『地理学評論』が隔月発行になってからの3期分6ヵ年度の編集会議への委員の出席状況について整理したものである.これによれば,出席率が6割未満の委員が6割を占めていることが分かる.

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1 編集専門委員の編集会議出席率

こうした傾向からか,編集専門委員の人数は2008-2009年度の17人から,2010-2011年度の18人,2012-2013年度の21人と増加している.日本地理学会では対面による編集会議を重視しているようで,委員は関東地方在住の会員から選出されている.編集会議を欠席した委員に対してどのような報告がなされているのかは不明だが,ほとんど出席しない委員が少なくないことや,委員長と副委員長を含めて4人で開催された編集会議(201312月,201110月,20102月)があったことも確認できる.

委員に選出された会員でも,編集会議への出席が難しければ辞退することも可能であろう.また,受諾後でも任期中に出席しにくい状況になれば退任することはできるのだろうか.『地理学評論』誌上で毎年報告される「地理学評論編集専門委員会から」によれば,近年の年間審査論文本数は130本程度(2011年約130編,2012年約130編,2013年約80編)とされている.委員長・副委員長を除いた16人程度の委員が均等に分担すると考えると,各委員は年間述べ8本程度の審査を行う計算になる.複数の論文を平行して審査することを考えても4割未満の会議出席というのは問題があるものと思われる.その分,出席回数の多い委員への負担が大きいということだろうか.

続いて,選出された委員の資格について考えてみたい.日本地理学会の学会名簿を用いれば委員の年齢を確認できる.それによれば,最年少の委員でも30歳台後半であり,大学院生での委員選出はおそらく例がないと思われる.また,委員の所属のほとんどは大学での常勤職である.

多くの者が指摘しているように,日本地理学会会員は大学への就職前の大学院生時代に学会誌に多く論文を掲載し,就職してからは学会誌への掲載は減少する.矢ヶ崎(2005)によれば,30歳台後半の会員による論文掲載数は20歳台後半に比べて半数以下となる.このことを踏まえれば委員の多くが論文の掲載先を学会誌から別の媒体に変更していると予想することはできる.図2では各委員が『地理学評論』に掲載した論説・総説・短報のうち,単著あるいは筆頭著者の論文本数を示した.

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2 編集専門委員の『地理学評論』掲載論文数 

これによれば,『地理学評論』への論文掲載数が1本以下の委員が6割強を占めていることが分かる.一度も掲載したことのない委員が2割弱いることも確認できる.一方,1995年以降の学会賞(特に奨励賞)を調べてみると,48人の委員のうち7人が学会賞受賞者であり,1965年以降生まれの委員25人の3割を占めることが分かる.学会賞受賞の実績が委員選出の一つの基準となるのだろうか.

もちろん,これは『地理学評論』に限定した論文数であり,各委員の研究業績を示しているわけではなく,当然『地理学評論』への論文掲載数が少なくても優れた地理学者は少なくない.ただ,ここで問題としたいのは,『地理学評論』に投稿された論文を審査するには,自らが投稿した経験をどれだけ有しているかによって大きく左右されるのではないかということである.

『地理学評論』には7つの論文種別がある.掲載論文数が少なければそれだけ執筆した論文種別数も少なくなる.理念的に論文種別について理解しているのと,実際にその種別で執筆した経験を有しているかでは大きな差がある.また,大学院生時代における投稿は,委員会とのやりとりを指導教官と相談のうえで進めることもできる.投稿規程も度々改定されることの意味合いも,継続的に『地理学評論』に投稿している経験を有しているか否かで大きく異なってこよう.

ここまで,最近の編集専門委員について,編集会議への出席状況と『地理学評論』への論文掲載について言及してきたが,筆者は決して委員選出の基準にそれらを盛り込むべきだとは考えていない.無償による編集専門委員の仕事は,年間8編程度と想定される閲読作業など,決して負担の小さいものではない.だからこそ,編集専門委員に対する厳しい意見は抑制されがちであるのかもしれない.しかし, J-STAGEのようなツールを用いれば本稿のような調査は会員誰にでも容易であって,それは毎年『地理学評論』誌上で閲読者の氏名を公表していることから,閲読者についても同様な調査が可能であるということを,編集専門委員や閲読者は自覚して査読を行って欲しいと訴えたい.

文 献

成瀬 厚 2014. 学会誌のあり方についての緒論.地理学評論 87: 73-76

矢ヶ崎典隆 2005. 地理学研究者の論文生産年齢.地理学評論 78: i-iii

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理論地理学ノート

私が博士課程まで所属していた東京都立大学地理学教室(現首都大学東京)の人文地理学研究室が発行していた『理論地理学ノート』という不定期刊の雑誌があります。他大学の地理学教室にも寄贈されているはずですが,広く読まれていないのは事実。私が2001年刊行の12号に論文を掲載していただいた際にも,『人文地理』の「学界展望」には取り上げられなかった。

私の手元には,在籍中にいただいていた7号,9号,10号,12号があるが,今回それ以降の号の在庫分を譲っていただいたので,目次だけでもここで紹介しておきたい。

なお,16,17号については,大学のレポジトリで公開されています。

7号(1990年7月1日発行)

山手線の認知地図再考:若林芳樹

INDSCALによる認知地図の個人差の分析――新潟市を事例として:矢野桂司

多次元尺度構成法(MDS)による認知地図研究の進展――1980年代を中心に:杉浦芳夫

9号(1995年7月25日発行)

エントロピー最大化法による不完全地理行列のデータ推定方法:矢野桂司

2時限回帰分析における統計的推論:中谷友樹

多摩ニュータウンにおける商業地区と消費者の購買行動――”第四の山の手”あるいはノン・カテゴリー・シティの相貌:小堀 昇・杉浦芳夫

10号(1997年12月25日発行)

土地利用と一般チューネンモデル:小長谷一之

「下北沢」という現代の盛り場の創出――若者の街考:三上恭子

モデルからマルクスへ――現代地理学の「再モデル化」に向けての計画に関するノート――デイヴィド・ハーヴェイ(鶴田英一訳)

人文地理学の実践――フォード主義からフレキシブルな蓄積への移行における理論と経済的特性:ハーヴェイ, D.・スコット, A.(鶴田英一訳)

現代資本主義社会におけるマルクス主義地理学の基礎的問題に関するノート――ハーヴェイ(1997),ハーヴェイ・スコット(1997)の解題にかえて:鶴田英一

12号(2001年12月25日発行)

美しが丘の主婦たちは幸せか?――多摩ニュータウン南大沢地区の主婦の生活時間調査から:杉浦芳夫・宮澤 仁

「湘南」イメージを利用した郊外住宅地の創出:天野みどり

この部屋を見て!!――女性一人暮らしのカタログ:成瀬 厚

地理情報科学における「認知論的転回」――NCGIAの研究プロジェクトを中心として:若林芳樹

13号(2003年12月25日発行)

イギリスの地域住宅市場と労働市場格差――地域住宅価格と地域間人口移動の相互関係:磯田 弦

山梨県大泉高原におけるペンション地域の形成と地域社会:大竹 裕

西東京市柳沢住宅にみる旧工場従業者住宅地の変遷と周辺地域への影響:橋本玲未

14号(2004年1月10日発行)

特集「日本の都市地理学と渡辺良雄の中心地研究」

渡辺良雄 都市地理学関係主要著作目録

都市地理学研究の一局面――W. クリスタラーの受容と中心地研究を通しての故渡辺良雄先生の先駆的業績の成立と継承:寺坂昭信

中心地研究への道のり――西日本のフィールドから:森川 洋

盆地研究から中心地研究へ――東北大学を中心とする1960年以前の都市地理学研究の動向:阿部 隆

ある都市地理学の肖像――木内信蔵に焦点をあてて:竹内啓一

1960年代までの京都大学における都市地理学の研究状況:山田 誠

1970年代の名古屋大学における院生の研究動向と渡辺先生の思い出:阿部和俊

渡辺先生の思い出:山本 忠

渡辺良雄と都市研究センター:中林一樹

戦前期の商圏研究――日本における中心地論受容前史として:立岡裕士

外国人地理学者による渡辺良雄の1950年代英語論文の引用について:杉浦芳夫

15号(2006年2月25日発行)

2種の点分布間における空間的適合に関する一考察:石﨑研二

多摩ニュータウンの小・中学校校歌にみる地域性と時代性:藤田直子

ナチ・ドイツにおけるオーバーシュレージエン国境地域における中心地ネットワーク再編計画:杉浦芳夫

16号(2008年12月25日発行)

シチュアシオニスト・シティとしてのパリ――漂流,心理地理学地図,ドキュメンタリー映画:滝波章弘

高崎市中心市街地におけるバブル経済期以降の民間分譲マンション供給と人口推移:古屋泰大

都電をシンボルとした「ジョイフル三ノ輪」商店街の現状と課題:金原慎一郎・杉浦芳夫・原山道子

17号(2013年12月25日発行)

オルネ3000地区とサッカーをめぐって――パリ郊外のシテという領域:滝波章弘

井上 靖の自伝的作品にみる場所感覚――伊豆・湯ケ島の村から北へ:滝波章弘

2000年以降の東京郊外多摩市における民間分譲マンション供給とその居住者:古屋泰大・杉浦芳夫・原山道子

『理論地理学ノート』の発行元は「空間の理論研究会」となっていて,「空間の理論研究会と関わりの深いグレコ会」の活動報告が12号まで巻頭に記されている。私自身もそのグレコ会で初めて修士論文の研究構想を報告している(1994年4月6日)。

今年も日本地理学会春期学術大会の日程にあわせてグレコ会は開催されたが,そこに集まるのは首都大学東京地理学教室に関わりがあった人が中心となっている。ということで,そこで学んだ学生や院生が卒論や修論を掲載することもあったし,杉浦芳夫が中心となる科学研究費の報告を兼ねている場合もある。

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