学問・資格

『人文地理』の「学界展望」出ました。

人文地理学会の学会誌『人文地理』の最新号(73巻3号)が届きました。この雑誌では,毎年3号に「学界展望」なるものを掲載していて,各分野の研究者に執筆を依頼している。
2020年の研究成果について,私は「文化地理」の担当になりました。規定ページは5ページでしたが,途中まで倍のページと考えていて,締め切り間際に急いで削りました。最終的に,文献表が3ページで,本文は2ページしか書けませんでした。

https://doi.org/10.4200/jjhg.73.03_300

元々は周辺分野の文献も多く盛り込み,地理学分野の文献に関しては辛口のコメントを入れていましたが,最終的には地理学文献中心,差しさわりのない一行コメントとなってしまいました。
ということで,ボツになった原稿がもったいないので,公表します(著作権,大丈夫かな?)。

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2020年学界展望 文化地理
成瀬 厚[*]

学問分野の定義や分野間の境界は時代とともに変化するし,またそれは人によって異なる。本誌「学界展望」を人文地理学の下位分野について執筆することはそのことを強く意識させられる行為である。学界展望の分野区分「民族・文化」が「文化地理」に変更されたのは私が執筆した2000年の52巻からで,2010年の62巻から「政治・社会」が「政治」と「社会」に分割され,現在は「政治地理」と「社会地理」と名称変更されている。2020年72巻の「社会地理」は山下清海が執筆し,文化地理との重複に留意している。「民族」という表現は近年あまり用いられないが,エスニシティ研究は社会地理に含まれ,人類学的研究が文化地理に含まれる傾向にあるといえようか。2020年72巻からは個別に文献表が付けられ,今回から文献に欧文表記も加わった。文献表に一定の誌面が割かれるため,分野間での文献重複は避けるのが好ましいだろう。ますます分野間の境界について意識させられることとなった。
「文化地理」は他分野との重複が比較的多い印象がある。学会ウェブサイトで公表されている「学会展望文献リスト」の電子ファイルを用いて、重複の度合いを4ヵ年分確認した。大平晃久が執筆した2016年(2015年発表文献分)の「文化地理」では56編の文献が紹介され,他分野との重複が36編で64%を占めた。同様に,野中健一が執筆した2017年は128編中重複が41%,福田珠己が執筆した2018年は50編中46%,中村周作が執筆した2019年は62編中44%と,毎年一定数の文献が重複している。やはり半数近い重複は是正することが望ましいだろう。
本稿では2020年の研究業績を振り返りながら,文化地理とは何かを再考するきっかけを読者に提供できればと思う。何をもって文化とし,何をもって地理とし,その文化と地理の関係はどのようなものなのか,を各文献について考えたい。さらにいえば,文化地理(地誌)を描くことは比較的容易だが,それを文化地理学へと推移させるには何を考察・議論する必要があるのだろうか。
2020年に発表された文献で表題に「文化地理」を含むものは,橘 セツ「英国東部サフォーク州オーフォード・ネスにみる20世紀軍事景観の遺産化と自然化をめぐる文化地理学」(空間・社会・地理思想23)が唯一である。景観や自然をテーマとし,ガイドブックを分析するという点で文化地理学を冠しているといえる。加藤政洋『酒場の京都学』(ミネルヴァ書房)は注文・売上カードに「文化地理学」とあり,著者の想いが込められている。本書は一般書であり飲酒文化に特化した京都の歴史地誌といえよう。ドイツ・オーストリア文学を専門とする著者による,平田達治『歩く大阪・読む大阪』(鳥影社)は著者が人生の大半を過ごした大阪を,文学史・思想史を通して描いた歴史地誌である。これら2つの書籍は類似しているが、「文化地理」では人類学に加え,民俗学関連の文献を取り上げるのが通例である。
民俗学関連雑誌への地理学者の執筆としては,今里悟之「田畑一筆の通称地名の変化と継承」(日本民俗学301)と濱田琢司「創作の工芸と地域性」(arts/ 36)が挙げられる。今里論文は著者が継続して行っている地名研究である。「学界展望」には1999年の51巻まで「地誌・地名」があったが,現在は「地誌・地域研究」となっている。行政地名の研究は「政治地理」に含めることができるが,今里論文のような地名研究は「文化地理」で扱うべきだろう。ただし、地名研究は民俗学でも歴史があり、民俗学と地理学の境界についても考えさせられるテーマである。濱田論文は100年前に開始された農民美術運動を現在までたどるもので,後に取り上げるアート研究の一つの方向性だといえる。太田原潤「ヤマアテによるコヨミ認識の一様相」(非文字資料研究20)は高台に据えられた石という物質から,人間-自然関係の民俗知を読み解くもので,物質性というテーマも有する地理学的な研究だといえる。安室 知「民俗学における周圏論の成立過程」(非文字資料研究19)は柳田民俗学と言語地理学の関係を辿っている。言語地理学も文化地理の重要なものであり,この論文は地理学史研究ともいえる。
宗教地理学は文化地理の範疇に含めるべきだと思うが,論じるテーマによっては他の分野に含まれうる。ここで紹介するのは典型的な宗教地理学とはいえないが,川合泰代『聖地への信仰』(古今書院)は著者独自の聖地研究をまとめたものである。著者は聖地への信仰を人間の根源的な感性と捉え,それが社会のなかで形を成すものを信仰文化と呼ぶ。聖地や信仰が人々の感情のよりどころとしてプラスの効果をもたらすとしたら,不安などのマイナスの感情を処理するために生み出された妖怪や怪異は類似した集合表象だといえよう。佐々木高弘『妖怪巡礼』(古今書院)は2014年に出版された「妖怪文化の民俗地理」シリーズの4冊目である。装丁は一般書的だが,文化地理学の一つの重要な方向性を成している。本書は文化地理が人文地理学の一部に区分された下位分野であるだけでなく、人文地理学の本質に関わるものであることを教えてくれる。佐々木とはアプローチがかなり異なるが,同様のテーマを扱う鈴木晃志郎・于 燕楠「怪異の類型と分布の時代変化に関する定量的分析の試み」(E-Journal GEO15-1)の試みも非常に興味深い。民俗学の成果だけでなく、人類学や外国の研究なども参照し、大正時代と現代の怪異現象を地図化している。
外国の事例に特化した人類学関連の成果として,佐藤廉也「森の知識は生涯を通じていかに獲得されるのか」(地理学評論93-5)がある。知識は文化の一部であり,人間-自然関係というテーマを有するが,本論文は積極的に文化地理を論じているものとはいえない。相馬拓也「遊牧民と動物,地図生成への導きのコスモロジー」(ユリイカ52-7)は批評誌『ユリイカ』の地図特集に寄稿されたものであり,世界各地の遊牧民が持つ世界観や空間感覚を概観している。相馬拓也「西部モンゴル遊牧社会における家畜放牧と牧草地利用のヒューマン・エコロジー」(E-Journal GEO15-2)は日帰り放牧を対象にした民族誌調査を定量的に示した試みである。沼崎一郎「ロバート・レッドフィールドにおける「文化」と「文明」」(東北大学文学研究科研究年報 69)のような文化概念を再考する作業は地理学でも継続して行うべきであろう。文化と自然という大きなテーマについては,デスコラ, P. (小林 徹訳)『自然と文化を越えて』(水声社)でさらに考えたい。
外国をフィールドにしている場合でも,『地理空間』13巻3号の特集「地域活性化におけるエスニック資源の活用」のようなものは社会地理寄りだといえる。また,ツーリズム的要素を含む研究も含まれる。文化地理に含め得るものとしては,石井久生「文化の祝祭にみるエスニック資源と地域活性化」(地理空間13-3)であろう。スペインのバスク地方で開催されているブックフェアを取り上げ,バスク語作品のみを扱ったローカル色の強いこのイベントが「開かれたバスク」を世界に発信するものだと論じる。木戸 泉「クロアチア紛争後のコメモレーションによるナショナル・アイデンティティの強化と継承」(E-Journal GEO15-1)のように,モニュメントの表象を考察に含むものは文化地理として扱いたい。テーマはナショナル・アイデンティティを扱った政治地理的なものだが,セルビア国境に近いクロアチアの都市ヴコヴァルに点在するさまざまな記念碑が住民の感情を醸成するという議論は文化地理的である。
博物館・水族館などの施設・展示に関するものとして,熊谷貴史「立体マンダラ小考」(佛教大学宗教文化ミュージアム研究紀要16)はチベット密教で制作される立体マンダラの空間表現を考察したものであり,地理学者の研究プロジェクトに参画した成果である。水谷裕佳「地理的境界と展示活動」(境界研究10)はハワイのワイキキ水族館が,地理的なものを含むさまざまな境界として機能していると論じる。
2020年は東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催が予定されていたこともあり,スポーツ関連の文献も得られた。スポーツを対象とした地理学研究はテーマによって,経済,政治,都市,ツーリズムなどさまざまな分野に含めることができる。とはいえ,スポーツそのものは他の文化的事象との共通性は大きく、他分野に関わるテーマを有しないスポーツの地理学的研究は文化地理として扱ってよいだろう。和田 崇「地域活性化手段としてのスポーツ」(地理科学75-1)はこれまでの日本におけるスポーツ関連の研究動向を整理した。今後、スポーツ地理学研究を進展させるための基礎的作業だといえる。著者自身の事例研究として,和田 崇「1994年広島アジア競技大会の無形遺産」(E-Journal GEO15-2)はスポーツ・イベントにおける地域社会の役割を論じた。ここで取り上げられた公民館単位で参加国の選手をもてなすという一館一国運動は、1988年長野冬季オリンピック大会の一校一国運動へとつながり、さらに2005年愛知万博の一市町村一国フレンドシップ事業へと引き継がれているものである。オリンピックについては『経済地理学年報』で特集「都市・社会とオリンピック」が組まれた。とはいえ,スポーツそのものを論じるものは,山口 晋「速度・知覚・スペクタクルからみる冬季五輪のボブスレー競技とその空間」(経済地理学年報66-1)のみだといえる。特殊な地形・気候のもとで特殊な施設を建設して行われるボブスレーは,時代とともに施設,競技,観戦に関する技術が進展し,著者はその意味の変容を辿っている。
『地理』は「ランニングを愉しむ」という特集を組み,自らランナーだという寄稿者がさまざまな事例を報告している。福田珠己「「走る」ことの地理学研究」(地理65-8)は英語圏の研究動向を簡潔に紹介している。一時期英語圏で盛り上がりをみせたウォーキング研究とともに、モビリティと身体のテーマを有する研究の進展を期待したい。辻横真琴「地理的側面から見る市民マラソン大会」(お茶の水地理59)は日本国内のマラソン大会について概観できる基礎研究である。スポーツの地域への影響については,合宿について調査した吉沢 直ほか「鹿行南部におけるスポーツ合宿の特性と地域間連携の可能性」(地域研究年報42),およびサーフィンの国際大会の事例を論じた平野貴也「観戦型スポーツイベントにおける観戦者の満足度と行動意図に関する研究」(名桜大学環太平洋地域文化研究1)が得られた。スポーツ合宿やスポーツ大会がアウトバウンド集客を主目的とする場合は,ツーリズム研究にも位置付けられよう。地理との関連は薄いが、中尾拓哉編『スポーツ/アート』(森話社)でスポーツとアートとの関係、および文化としての共通性を意識しつつ,アート関連文献に話を移したい。
『空間・社会・地理思想』にはアート関連の論考が複数掲載された。ノヴァック, D. (松井恵麻訳)「ジェントリフィケーションにおけるアート活動」(空間・社会・地理思想23)は米国の研究者が釜ヶ崎での調査を英文で発表した論文の翻訳だが,上田假奈代「現場のわりきれなさと,(あまり)現場にいない言葉たくみな人」(空間・社会・地理思想23)はその被調査者の立場から論じており,現地調査および学術論文を通じたコミュニケーションの難しさを読者に問いかける。中川 真「大きな力と対峙するアーツマネジメント」(空間・社会・地理思想23)はその調停的役割ともいえるが,知らず知らずのうちに調査・研究者がとってしまう特権的態度を内省させられる。こうした対話の場を提供するこの雑誌の存在意義は大きい。
芸術作品はますます都市における展示施設から飛び出し,街や地域、地方をその制作・鑑賞の場とするようになっている。大山エリンコイサム『ストリートの美術』(講談社)が論じるのはいわゆるグラフィティ(本書ではエアロゾル・ライティングと表記される)だけでなく,アートの空間的・都市的・地理的要素の多様な形である。地方のアート・イベントについても多くの論考が発表された。兼松芽永「アートプロジェクトの図地転換」(国立民族学博物館研究報告45-2)は著者が地方の芸術祭にさまざまな立場で継続的に関わった経験から,田んぼに焦点を合わせて議論している。アート・イベントに大学の教員が学生とともに積極的に関わる事例も報告されている。水谷由美子ほか「服飾デザインと地域資源のレジリエンス」(山口県立大学学術情報13)は山口で開催された国際的なイベントである。このイベントを通して、後継者不足で衰退しつつある手仕事や農業などを世界に発信し再生させようという試みである。村山にな「房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス」(芸術研究11)の報告からは,アート・イベント自体が単なる集客的・経営的・芸術的成功だけでなく,批評的意義を含む地域における役割を模索していることが分かる。ドゥルーズとイリガライ,そしてダーウィンを通じて芸術の根源について哲学的に考察した,グロス, E. (檜垣立哉監訳)『カオス・領土・芸術』(法政大学出版局)にも芸術と地理の関係について考えるヒントがある。
アート関連については,漆 麟「「藝術空間」としての日中戦争期における中ソ文化協会」(人文学報115)のような歴史的研究もある。この論文はこれまで社会主義イデオロギーの観点から論じられてきた中ソ文化協会を「文化的空間」という語を用いて,戦時下の重慶という都市における文化施設の配置の問題を、その展示された作品の表現とともに議論している。人類学におけるアート研究も盛んである。山越英嗣「アートによる「生活空間の脱植民地化」をめざして」(国立民族学博物館研究報告45)は前半のレビューで近年のアートへの公的支援を「生活空間の植民地化」と批判的に論じている。本編のメキシコの事例では,アートによる政治的抵抗運動を考察している。人類学に比して日本の地理学におけるアート研究は盛り上がりを欠くが,地理写真という独自の分野には進展がみられた。青砥和希「写真による福島県西郷村川谷地区の地域表象研究」(理論地理学ノート22)は「ヴァナキュラー写真」に着目した地理写真研究である。表象分析に民族誌的調査を加え,福島県の戦後開拓以降の推移を辿っている。
文学地理学にも新たな進展があった。水野 勲「プリンス・エドワード島の「可能世界」」(お茶の水地理59)はモンゴメリ『赤毛のアン』(1908年)を地理学内外のさまざまな学説を駆使し,その空想地誌を考察している。荒木優太『有島武郎』(岩波書店)は有島の札幌農学校から米国留学時代の経歴を重視し,その頃に身につけた環境論的考え方から後の作品群を考察している。迫田博子「葉石濤作品のなかの「日本」」(人間文化創成科学論叢22)は日本に関わるポストコロニアル文学研究ともいえよう。1966年に台湾で発表された「獄中記」に描かれる日本を,1925年生まれの作家の経歴から考察している。金 雪梅「詩人尹東柱における故郷」(クァドランテ22)も同様に,1917年生まれで日本への大学留学中に27歳で客死した朝鮮の詩人の作品を故郷の観点から解釈している。彼の故郷である北間島は朝鮮半島の付け根に位置し,中国と朝鮮,そして日本に翻弄された地であった。文学ではなく映画を対象としたものだが,小栗宏太「ホラー映画と想像の地理」(言語・地域文化研究26)は返還前の香港映画に描かれた東南アジアを考察している。正確な情報が容易に入手できる現代にあっても,特定のジャンルでは現実離れした想像の地理が作品制作に動員される。地理学的主題を有する文学研究としては,エコクリティシズムという分野が進展しており,小谷一明『環境から生まれ出る言葉』(水声社)はその名を冠した叢書の一冊である。
食をめぐる地理学研究は日本でも行われているが,食文化に関するものは「文化地理」で取り上げるべきであろう。『地理』は特集「飲食文化の地理学」を組み,中村周作らが日本の多様な事例を報告している。初学者に対するこの分野への案内となろう。金田章裕『和食の地理学』(平凡社)は書名から期待する内容ではなかったが,「文化的景観」を用いて日本全国の和食食材の解説をしている。人類学を中心とした他分野を含む食の地理学的テーマについては,河合洋尚「フードスケープ」(国立民族学博物館研究報告 45-1)から学ぶことが多い。小林直樹「長野県伊那市における昆虫食の実態と多様性」(E-Journal GEO15-2)はこれまで地理学でも行われてきた昆虫食に関する事例研究だが,食資源としての昆虫に向けられた近年の期待を基礎としており,昆虫食の今後の動向とともに研究の進展も期待したい。堀川 泉「調理方法と食育の取り組みからみる小学校給食と地域との関り」(人文地理72-4)は学校給食における食育が地域との関りを生みだすという観点からの基礎研究となっており,今後の展開に期待したい。
近年,池田真利子を中心に夜間経済の研究が進められているが,『地理』は音楽に特化した特集を組んだ。池田真利子「コロナ時代の「夜」の地理学」(地理65-10)はその学問的意義を簡潔に主張している。青嶋 絢「サイトスペシフィックな音楽/音の表現」(arts/ 36)は京丹後市で開催された電車の車内を用いた音楽イベントを紹介し,音楽のサイトスペシフィックアートを論じている。地域の祭りを扱ったものとしては,木村由梨「地域アイデンティティの再興」(お茶の水地理59)が川口市の初午太鼓を考察した。伝統的な地域文化の現代的変容の典型だといえよう。池田彩乃・淡野寧彦「愛媛県鬼北町における座敷雛の発祥と地域的特色」(地理空間13-2)は地方の特色のある雛人形飾りを調査したものだが,ローカルな人的ネットワークの説明に終始していて,他地域との結びつきや座敷雛そのものの分析が欲しいところ。坂本優紀・渡辺隼矢・山下亜紀郎「長野県上伊那地域における奉納煙火の現代的変容」(地理空間13-1)は地域の祭りを,旧来の文化地理学のテーマである文化伝播という観点から考察している。古いテーマを現代の事例で更新できる工夫があると今後の進展が期待できる。
日本文化論も文化地理に含まれうるが,単なる国民性を論じるものではなく,グローバルな視点から諸外国との関係や日本国内の差異に着目してこそ地理学的な研究といえよう。シラネ, H.(北村結花訳)『四季の創造』(KADOKAWA)は日本文化研究者によるものだが,批判的な観点から日本文化の自然観を論じており,地理学的視点も有している。日本文化論ではないが,同様の日本歴史文学研究として,湯本優希『ことばにうつす風景』(水声社)はベルク, A. (荒又美陽訳) 「北海道のイメージ」(空間・社会・地理思想23)は1980年の著書の一部であり,北海道を植民地という批判的観点から考察している。現在のベルクによる風土学については,国際シンポジウムの成果である法政大学江戸東京研究センター編『風土(Fudo)から江戸東京へ』(法政大学出版局)で様々な議論が展開された。前半は和辻哲郎『風土』(1935年)を読み直し,風土学の観点から東京を考察している。後半は,フランスからの登壇者がイタリアからは風景・景観研究の基礎文献が届けられた。ダンジェロ, P. (鯖江秀樹訳)『風景の哲学』(水声社)は英語圏以外のヨーロッパ風景論の多様性を教えてくれると同時に,環境美学の観点からの風景の考察が新鮮である。河合洋尚『景観人類学入門』(風響社)からも地理学と共通する景観へのアプローチを学ぶことができる。大倉健宏『エンゲージ(Engage)された空間』(学文社)は文化地理分野の新しいテーマとして紹介したい一冊である。本書はペット飼育率の高い米国で,ドッグパーク利用者へのアンケート調査に基づく報告である。主たる目的の一つは飼い主と飼い犬との間の歯周病伝播という地理学との関連も薄いものではあるが,広いテーマとして地域におけるペットと人間社会の共生を論じている。
これまで触れてきたように,2020年は『地理』誌上で「文化地理」にとって興味深い特集が3つ組まれた。個別の論考まで紹介することはできなかったが、いずれもそのテーマに取り組もうとする者にとって基礎的な知識を提供してくれよう。1996年に『地理科学』に私が書いた文化研究に関する小論でも,『地理』に掲載された記事は多いが学会誌に掲載される論文は少ないことを指摘した。また,本稿で取り上げた地理学雑誌に掲載された論文のなかには卒業論文や修士論文を基にしたものが少なくない。いくつかの著者は大学院に進学していて研究の進展が期待されるが,すでに研究を離れた者もいる。この分野の発展についていえば,少し残念なことだ。
文献調査をする際,私は他分野に注意を向けることが多い。本稿の文献調査は地理学文献のなかに「文化」を,他分野の文化研究のなかに「地理」を探す作業だった。地理学外の広大な他分野のなかから「文化」研究を見出すわけだから,ここでいう文化研究の「文化」は所与ではない。一方で,地理学雑誌に掲載された地理学文献における「地理」は所与のものとしがちである。しかし,他分野と比べて地理学文献がより「地理」を論じているかどうかは,自省的に今一度確認する必要があろう。
本稿の選別作業から,民俗学や人類学といった学問分野,スポーツや文学を含アートという事象,風景・景観,言語や知識,人間-自然関係といったテーマを「文化」として規定することとなった。しかし,かつてカルチュラル・スタディーズが主張していたように,文化の研究は経済でないもの,政治でないものを扱うためや,それらを選り分けるために必要なわけではない。文化経済学という分野や文化政治学という表現があるように,文化は至る所にある。時には多くの人々が目に触れるものを文化で覆い,その背後にある政治や経済を隠されている事象・現象もある。
本稿を執筆している時点で,東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催の有無はまだ見通せていない。今回の長きにわたる騒動によって,このイベントがスポーツによる平和の祭典などと信じさせる根拠はほとんど崩れ去っている。あいちトリエンナーレ2019の騒動についても然りであり,スポーツやアートを素朴に文化的なものとしてのみ研究することはできない。また,2020年は観光とともに,文化・芸術の社会(経済)における役割について深く考えさせられた。

文 献
青嶋 絢 (2020). サイトスペシフィックな音楽/音の表現―場と音を接続する―. 民族藝術学会誌 arts/ , 36, 50-54. [Aoshima, A. (2020). Site specificity in music/sound contexts: Connecting sound to site. Journal of Society for Arts and Anthropology, 36, 50-54.]
青砥和希 (2020). 写真による福島県西郷村川谷地区の地域表象研究―開拓誌の写真と家族写真の比較を中心に―. 理論地理学ノート, 22, 125-146. [Aoto, K. (2020). Photographic representation of region: A case study of the Kawatani district, Nishigo Village, Fukushima Prefecture. Notes on Theoretical Geography, 22, 125-146.]
荒木優太 (2020). 『有島武郎―地人論の最果てへ―』岩波書店. [Araki, Y. (2020). Arishima Takeo: Chijin-ron no saihate e. Iwanami Shoten.]
池田彩乃・淡野寧彦 (2020). 愛媛県鬼北町における座敷雛の発祥と地域的特色. 地理空間, 13(2), 73-85. [Ikeda, A. and Tanno, Y. (2020). Origins and regional characteristics of “Zashikibina” (one of the doll festivals) in Kihoku Town, Ehime Prefecture. Geographical Space, 13(2), 73-85.]
池田真利子 (2020). コロナ時代の「夜」の地理学―音楽と音の紡ぐ未来―. 地理, 65(10), 4-12. [Ikeda, M. (2020). Korona jidai no “yoru” no chirigaku: Ongaku to oto no tsumugu mirai. Chiri, 65(10), 4-12.]
石井久生 (2020). 文化の祝祭にみるエスニック資源と地域活性化―スペイン・バスク州ドゥランゴにおけるブックフェアの事例―. 地理空間, 13(3), 197-214. [Ishii, H. (2020). Ethnic resource and regional revitalization in cultural festival: A case of Durangoko Azoka in Durango, the Basque Country, Spain. Geographical Space, 13(3), 197-214.]
今里悟之 (2020). 田畑一筆の通称地名の変化と継承―長崎県平戸島の事例から―. 日本民俗学, 301, 35-66. [Imazato, S. (2020). Preservation and alteration of folk plot names for farmland: A case study of Hirado Island, Nagasaki Prefecture. Bulletin of the Folklore Society of Japan, 301, 35-66.]
上田假奈代 (2020). 現場のわりきれなさと,(あまり)現場にいない言葉たくみな人―大阪・釜ヶ崎で喫茶店のふりをするアートNPOココルームを研究者はどのように語るか―. 空間・社会・地理思想, 23, 199-205. [Ueda, K. (2020). We who work in the field everyday are not good with words: Researchers who are good with words don't often (need to) come to the field. Space, Society and Geographical Thought, 23, 199-205.]
大倉健宏 (2020). 『エンゲージ(Engage)された空間#ペットフレンドリーなコミュニティの条件』学文社. [Okura, T. (2020). Engage sareta kukan: #Petto hurendori na komyunithi no joken. Gakubunsha]
太田原潤 (2020). ヤマアテによるコヨミ認識の一様相―沖縄県久米島町のウティダ石のもつ意義を中心に―. 非文字資料研究, 20, 105-124. [Otahara, J. (2020). One example of ways for recognizing seasonal changes using the Yamaate technique: A study focusing on the significance of the Utida Ishi in Kumejima Town, Okinawa Prefecture. The Study of Nonwritten Cultural Materials, 20, 105-124.]
大山エリンコイサム (2020). 『ストリートの美術―トゥオンブリからバンクシーまで―』講談社. [Oyama, E. I. (2020). Sutorito no bijutu: Tuonburi kara Bankusi made. Kodansha.]
小栗宏太 (2020). ホラー映画と想像の地理:香港南洋邪術映画を題材に. 言語・地域文化研究, 26, 493-509. [Oguri, K. (2020). Horror films and imagined geographies: Hong Kong cinema of Southeast Asian black magic. Language, Area and Culture Studies, 26, 493-509.]
小谷一明 (2020). 『環境から生まれ出る言葉―日米環境表象文学の風景探訪―』水声社. [Odani, K. (2020). Kankyo kara umareru kotoba: Nichibei kankyo hyosho bungaku no fukei tanbou. Suiseisha.]
加藤政洋 (2020). 『酒場の京都学』ミネルヴァ書房. [Kato, M. (2020). Sakaba no Kyoto gaku. Mineruva Shobou.]
金田章裕 (2020). 『和食の地理学―あの美味を生むのはどんな土地なのか―』平凡社. [Kinda, A. (2020). Wasyoku no chirigaku: Ano bimi wo umunowa donna tochi nanoka. Heibonsha.]
兼松芽永 (2020). アートプロジェクトの図地転換―田んぼの「棚田化/アート化」から考える―. 国立民族学博物館研究報告, 45(2), 383-422. [Kanematsu, M. (2020). Figure-ground reversal of art projects: Thinking from the process of a rice paddy field becoming a "rice terrace" or "art". Bulletin of the National Museum of Ethnology, 45(2), 383-422.]
河合洋尚 (2020).フードスケープ―「食の景観」をめぐる動向研究―. 国立民族学博物館研究報告, 45(1), 81-114. [Kawai H. (2020). Foodscape: A new trend of "food landscape" in anthropology and its related academic fields. Bulletin of the National Museum of Ethnology, 45(1), 81-114.]
河合洋尚 (2020). 『景観人類学入門』風響社. [Kawai H. (2020). Keikan jinruigaku nyumon. Fukyosha.]
川合泰代 (2020). 『聖地への信仰―地理学からのアプローチ―』古今書院. [Kawai, Y. (2020). Seichi eno shinkou: Chirigaku karano apurochi. Kokon Shoin.]
木戸 泉 (2020). クロアチア紛争後のコメモレーションによるナショナル・アイデンティティの強化と継承. E-Journal GEO, 15(1), 74-100. [Kido, I. (2020). Reinforcement and transmission of national identity through commemoration after the Croatian War. E-Journal GEO, 15(1), 74-100.]
木村由梨 (2020). 地域アイデンティティの再興―川口鋳物,初午太鼓,サードプレイス―. お茶の水地理, 59, 21-30. [Kimura, Y. (2020). Reconstruction of regional identity: Foundry industry, Hatsuuma-taiko drum, and the third place in Kawaguchi City. Annals of Ochanomizu Geographical Society, 59, 21-30.]
漆 麟 (2020). 「藝術空間」としての日中戦争期における中ソ文化協会. 人文学報, 115, 1-25. [Qi, L. (2020). Sino-Soviet Cultural Association: A modern "art space" during the Second Sino-Japanese War in Chongqing. Journal of Humanities, 115, 1-25.]
熊谷貴史 (2020). 立体マンダラ小考―展示に基づく空間表現への視座―. 佛教大学宗教文化ミュージアム研究紀要, 16, 1-18. [Kumagai, T. (2020). Essay on display of three-dimensional mandala. Bukkyo Daigaku Syukyo Bunka Myujiamu Kenkyu Kiyou, 16, 1-18.]
グロス, E. (檜垣立哉監訳) (2020). 『カオス・領土・芸術―ドゥルーズと大地のフレーミング―』法政大学出版局. [Grosz, E. (2008). Chaos, territory, art. Columbia University Press.]
小林直樹 (2020). 長野県伊那市における昆虫食の実態と多様性. E-Journal GEO, 15(2), 332-351. [Kobayashi, N. (2020). Current situation and diversity of entomophagy in Ina, Nagano Prefecture. E-Journal GEO, 15(2), 332-351.]
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平野貴也 (2020). 観戦型スポーツイベントにおける観戦者の満足度と行動意図に関する研究―ウインドサーフィン・ワールドカップのサービスクオリティに着目して―. 名桜大学環太平洋地域文化研究, 1, 11-18. [Hirano, T. (2020). A study of the spectator satisfaction and the behavioral intentions in spectator sports event: Focusing on service quality in the Windsurfing World Cup. Meio University Pacific Rim Studies, 1, 11-18.]
福田珠己 (2020). 「走る」ことの地理学研究―身体,空間,社会―. 地理, 65(8), 65-70. [Fukuda, T. (2020). “Hashiru” kotono chitirigaku kenkyu: Shintai, kukan, shakai. Chiri, 65(8), 65-70.]
ベルク, A. (荒又美陽訳) (2020). 北海道のイメージ(『稲と流氷―北海道の植民地化と文化変容―』所収,第7章). 空間・社会・地理思想, 23, 103-121. [Berque, A. (1980). Lʼimage de lʼîle. In La rizière et la banquise: Colonisation et changement culturel à Hokkaidô. Publications Orientalistes de France, 123-147.]
法政大学江戸東京研究センター編 (2020). 『風土(Fudo)から江戸東京へ』法政大学出版局. Hosei University Research Center for Edo-Tokyo Studies ed. (2020). Edo-Tokyo seen from Fudo. Hosei University Press.]
堀川 泉 (2020). 調理方法と食育の取り組みからみる小学校給食と地域との関り. 人文地理, 72(4), 403-422. [Horikawa, I. (2020). Relationship between elementary school meals and communities: Examining school lunch systems and dietary education. Japanese Journal of Human Geography, 72(4), 403-422.]
水谷裕佳 (2020). 地理的境界と展示活動―ワイキキ水族館における環境と文化の展示を事例として―. 境界研究, 10, 23-43. [Mizutani, Y. (2020). Geographical boundaries and exhibition: Presenting the environment and culture at the Waikiki Aquarium. Japan Border Review, 10, 23-43.]
水谷由美子・高橋潤一郎・下川まつゑ・田村奈美 (2020). 服飾デザインと地域資源のレジリエンス―スーパーグローバル・ファッションワークショップ2019とアグリアート・フェスティバル2019を事例として―. 山口県立大学学術情報, 13, 27-59. [Mizutani, Y., Takahashi, J., Shimokawa, M. and Tamura, N. (2020). Clothing design and resilience of regional resources: Case studies of the Super Global Fashion Design Workshop 2019 and the Agri-arts Festival 2019. Archives of Yamaguchi Prefectural University, 13, 27-59.]
水野 勲 (2020). プリンス・エドワード島の「可能世界」―地誌としての『赤毛のアン』―. お茶の水地理, 59, 1-10. [Mizuno, I. (2020). "Possible worlds" of Prince Edward Island: Anne of Green Gables as a chorology. Annals of Ochanomizu Geographical Society, 59, 1-10.]
村山にな (2020). 房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス―地域の前進性とアートの後進性の擦り合わせ―. 芸術研究:玉川大学芸術学部研究紀要, 11, 17-31. [Murayama, N. (2020). Reflecting on Ichihara Art × Mix: Negotiation between progressive local visions and nostalgic art. Studies in Art: Bulletin of Tamagawa University College of Arts, 11, 17-31.]
安室 知 (2020). 民俗学における周圏論の成立過程―言語地図から民俗地図へ―. 非文字資料研究, 19, 89-117. [Yasumuro, S. (2020). The formation process of the periphery propagation theory, or Shuken-ron, in folklore studies: From linguistic maps to folk culture maps. The Study of Nonwritten Cultural Materials, 19, 89-117.]
山口 晋 (2020). 速度・知覚・スペクタクルからみる冬季五輪のボブスレー競技とその空間. 経済地理学年報, 66(1), 60-72. [Yamaguchi, S. (2020). Bobsleigh events and its space in Winter Olympics from a view of speed, perception and spectacle. Economic Geographers, 66(1), 60-72.]
山越英嗣 (2020). アートによる「生活空間の脱植民地化」をめざして―オアハカの民衆聖像崇拝とアクチュアリティの共鳴―. 国立民族学博物館研究報告, 45(2), 359-382. [Yamakoshi, H. (2020). Aiming at "living world decolonization" by art: Oaxaca's popular holy statue worship and resonance of "actuality". Bulletin of the National Museum of Ethnology, 45(2), 359-382.]
湯本優希 (2020). 『ことばにうつす風景―近代日本の文章表現における美辞麗句集―』水声社. [Yumoto, Y. (2020). Kotoba ni utsusu fukei: Kindai nihon no bunsho hyogen niokeru bijireiku shu. Suiseisha.]
吉沢 直・綾田泰之・山口桃香・武 越・李詩慧・浅見岳志・封 雪寒・張 羚希 (2020). 鹿行南部におけるスポーツ合宿の特性と地域間連携の可能性. 地域研究年報, 42, 77-92. [Yoshizawa, N., Ayada, Y., Yamaguchi, M., Wu, Y., Li, S., Asami, T., Feng, X. and Zhang, L. (2020). The characteristics of sports camps and potential regional cooperation in the southern part of Rokko-area. Annals of Human and Regional Geography, 42, 77-92.]
和田 崇 (2020). 地域活性化手段としてのスポーツ―日本におけるスポーツの地理学的研究のレビューから―. 地理科学, 75(1), 19-32. [Wada, T. (2020). Sports as a regional revitalization tool: A review of geographical studies on sport in Japan. Geographical Sciences, 75(1), 19-32.]
和田 崇 (2020). 1994年広島アジア競技大会の無形遺産―一館一国運動の25年―. E-Journal GEO, 15(2), 175-188. [Wada, T. (2020). Intangible legacy of the 12th Asian Games Hiroshima 1994: Community center activities over 25 years. E-Journal GEO, 15(2), 175-188.]
[*] 独立研究者

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2020年の「文化地理」関連文献16

金 雪梅 (2020). 詩人尹東柱における故郷―生まれ育った場所「北間島」を中心に―, クァドランテ, 22, 197-212.
この論文は1917年生まれの朝鮮の詩人、尹東柱の作品をタイトル通り、その故郷から解釈するものである。彼の故郷北間島は現在の中国と北朝鮮の国境付近に位置する。前半では彼が20年間を過ごした時期の北間島について概観する。現在も中国の領土であり、清朝の時代には朝鮮からの移民を受け入れる場所で、尹の祖父がその初期の移民だという。知られるように、1910年には朝鮮を日本が併合し、その後は満州国が建国される。そんな時代に小学生として過ごすが、1929年に中国共産党の影響下で小学校が人民学校になり、尹一家は籠井に居を移し、ここで中学校生活を過ごす。ここでキリスト教と民族教育を受けた尹は平壌の専門学校に進学し、大学は日本の立教大学へ、そして後に同志社大学に進学する。だが、在日中に特高警察に逮捕され、そのまま福岡拘置所で死因不明の最期を27歳で遂げる。そうした、彼の故郷の地政学的な状況と個人史とを重ね合わせた上で、これまでの研究であまり注目されていなかった作品を、故郷という観点から解釈する。トゥアンも引用しながら、その故郷感は少し素朴だが、孤独な詩人を支えた郷愁というのはある程度普遍的なものなのかもしれない。

 

石井久生 (2020). 文化の祝祭にみるエスニック資源と地域活性化―スペイン・バスク州ドゥランゴにおけるブックフェアの事例―. 地理空間, 13(3), 197-214.
地理空間学会の学会誌『地理空間』の20203号はオンライン版で、「地域活性化におけるエスニック資源の活用」という特集を組んだ。編者は昨年の『人文地理』学界展望「社会地理」を担当した山下清海であることもあり、特集論文の多くは「社会地理」で取り上げてもらうことにしよう。テーマ的にはツーリズムで取り上げるべきものもあるかもしれない。そんななかで、この論文はぜひとも「文化地理」で取り上げたい。石井さんのスペイン研究は、私も2020年の『空間・社会・地理思想』に掲載してもらった論文で批判地名学研究としていくつか取り上げた。実際に読んでみると、やはりとてもしっかりした議論の展開で安心感がある。この論文はスペインのバスク州、ドゥランゴという都市で毎年開催されているブックフェアについて論じている。ブックフェアといっても、本だけでなくCDなど音楽作品も取り扱い、当日会場ではコンサートなども開催されるという。前半では、主催者が実施した来場者710人から回収したアンケートを利用している。このイベントは観光に結び付くようなものではなく、本とCDといっても、バスク語によるもののみを扱い、同じ州でもバスク語利用者の多い県からの来場者が多いという特徴を持つ。また同時に、若い年齢層、高い教育水準を特徴とする。中盤では、スペインにおけるバスク地方の歴史が概観され、このブックフェアの存在意義を論じている。これはある意味では閉じられたナショナリズムを喚起するイベントであるが、それと同時にグローバル社会のなかである意味マイノリティとしての文化資源を発信していく場になっているという。

 

今回で2020年「文化地理」文献の紹介は終わりにしたい。結局,このブログでの文献紹介は35,000字余りに達した。取り上げる論文は最終的に42編となり,書籍は17冊となった。書籍のブログ記事もあわせればかなりの文字数となろう。本文の方が今のところ英語表現付きの文献表も入れて12,000字程度となっている。

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2020年の「文化地理」関連文献15

小林直樹 (2020). 長野県伊那市における昆虫食の実態と多様性. E-journal GEO, 15(2), 332-351.
地理学における昆虫食の研究といえば,野中健一氏の研究で知られる。私は野中氏のいくつかの論文を読んだだけだが,野中氏の研究は民俗学に依拠していたわけではないが,それと似たような雰囲気を持ち,今回のこの論文でも海外のものも含め「民族昆虫学」と位置付けられている。日本に関してはちょっと珍しい食文化が地方に残っていて,徐々に廃れつつある,という論調であった。しかし,この論文では冒頭で「昆虫の飼料および食料資源としての可能性」によって,「昆虫は新たな食資源として注目を集めている」というところが新しいように思う。この論文では伊那市の3つの地区(全体で948世帯)で住民にアンケート調査を行っている。世帯単位で調査票を配布したことで,回答者の年齢が上がってしまい,最近の若い世代の昆虫食の実態はあまり把握できていないが,数十年前との違いも聴き取っていている。伊那市における昆虫食は,現在でも食されているのはイナゴ,ハチの巣,ザザムシ,カイコのサナギの4種類ということで,これらの生産から消費までの形態の違いを明らかにするのもこの論文の目的となっている。いずれに関しても,生産・消費それぞれで縮小傾向にあるというのは予測できるが,イナゴに関しては地域だけでなく国内でも需要に対する供給が追い付かずに中国から輸入しているというのは驚いた。また,カイコに関しては養蚕業との関係が深いというのも納得する。この論文の著者は金沢大学の院生で,伊賀聖屋さんは2014年に金沢大から名古屋大に移ってしまったが,伊賀さんの影響でこの先進められれば,面白い研究になっていくように思う。

 

池田彩乃・淡野寧彦 (2020). 愛媛県鬼北町における座敷雛の発祥と地域的特色. 地理空間, 13(2), 73-85.
第一著者の卒業論文を指導教官が加筆・修正して論文化したもの。淡野は観光地理学を専門とするため、冒頭のレビューは地域文化を観光資源として捉える研究がし紹介されているが、この論文の事例はそれほど観光的要素とは結びつかないもののようだ。前半では、この鬼北町における座敷雛展示の訪問者に対するアンケート調査を行っている。全体の訪問者は分からないが、アンケートの回答者は130人で、9割以上が愛媛県内で、鬼北町内よりも近隣の宇和島市の方が多い。淡野はこの座敷雛の製作過程を単独で別論文にしているが、この論文でもこのイベントの保存会のメンバーについての記述がほとんどを占める。地理学雑誌には掲載されたものだが、正直言って地理学的考察がなされているとはいえない。

 

坂本優紀・渡辺隼矢・山下亜紀郎 (2020). 長野県上伊那地域における奉納煙火の現代的変容. 地理空間, 13(1), 43-57.
この論文は地域文化の一つの事例として長野県の上伊那地域で行われている「三国」という煙火を取り上げる。煙火というのは1m強の紙筒から直接火薬を噴射するもので、基本的には神社のお祭りで奉納されるものである。煙火自体はこの地方で広く行われるものだが、「三国」という名称を有する形態は南部に限定されているという。その中から三地区を選定して詳細に調査することで、三国という形態の細かい違いとその関係性を把握し、それを文化伝播という観点から考察している。1930年代の折口信夫らの民俗学や、近年の内田忠賢氏のよさこい祭の研究、レイモンド・ウィリアムズのなぜか『長い革命』が参照されて議論されている。確かにこの論文は文化地理学的な研究だといえるが、何か物足りなさを感じる。

 

木戸 泉 (2020). クロアチア紛争後のコメモレーションによるナショナル・アイデンティティの強化と継承. E-journal GEO, 15(1), 74-100.
東京学芸大学で修士課程を終えて企業に就職した人の修士論文とのこと。実際にフィールドワークを行った調査報告で、良くまとめられている。前半では非常に複雑なバルカン半島の歴史と旧ユーゴスラヴィア紛争から各国の独立までを簡潔に整理し、クロアチア国内のヴコヴァルという都市における紛争に関連する行事やモニュメントを分析している。既存の研究もよく整理されていて、アンダーソンの『想像の共同体』をはじめとして、ナショナル・マジョリティのアイデンティティに関わる議論が多いが、この論文では、セルビア国境に近いヴコヴァルを選定することで、クロアチア人とセルビア人との関係を議論している。モニュメントに関してはクロアチアでマイノリティであるセルビア人のものもあるものの,圧倒的にはクロアチア人のナショナリズムを喚起させるものであり,逆にセルビア人のものはクロアチア人の反発を呼ばないようなひっそりとしたものであることを確認し,後半ではマイノリティに焦点を当てて議論している。ここは主に文献に依拠した考察だが,そんななかでも現地で知り得た情報(ヴコヴァルでは幼稚園・小学校がクロアチア人とセルビア人とで完全に分離している)も踏まえて記述されている。また,最後には両民族の橋渡しをするような草の根運動に関しても触れている。

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2020年の「文化地理」関連文献14

漆 麟 (2020). 「藝術空間」としての日中戦争期における中ソ文化協会. 人文学報, 115, 1-25.
Cinii
で「文化地理」と検索したら出てきた論文。「文化地理学」をわざわざ銘打った論文も多くないし、それ以外だと「文化地理」という言葉を論文で使用することは少ない。この論文は1935年に設立された「中国・ソ連文化協会(中ソ文化協会)」について論じるものである。戦前のソ連と戦後共産党政権による建国がなされた中国との文化的組織だということで、既存の研究ではこの協会が開催したいくつかの展示会から、そのイデオロギー性を強調するものが多かったという。この論文は、この協会についてさまざまな側面から詳細に検討することを通じて、既存研究が作り出してきた共通の理解を覆そうとするものである。日中戦争期の戦時首都であった重慶に、1938年にこの協会は移転した。文化的組織としては官民両方の側面を持った規模の大きなもので、中国内9か所に分会が置かれたという。重慶には「新運模範区」という文化の中心的な地区があり、芸術展の開催はそちらの方が多いが、商業的な結びつきが強く、それに対して中ソ文化協会はその芸術性が強調されていたという。この論文の後半はこの協会を重慶という都市の「文化的空間」のなかに位置づける作業をしており。東から政治に特化した空間、中央に協会が位置する文化的空間、そして西には商業に特化した空間があり、そのなかでこの協会は独自の役割を果たしたという。部分的に財政的に公的支援を受け、「藝術空間」としてのその施設では無差別に芸術展示がなされ、併設されたレストランなどは文化交流の場ともなったという。まさに地理学的な考察。

 

相馬拓也 (2020). 西部モンゴル遊牧社会における家畜放牧と牧草地利用のヒューマン・エコロジー. E-journal GEO, 15(2), 374-396.
モンゴルの放牧民に関する人類学的研究というのはなんとなく想像できますが,この論文はそういうイメージで何となく知っている季節移動ではなく,「日帰り放牧」というものを対象にしている。そして,それを担うのが慣例的には幼い子どもだったという事実も知ることができる。そして,この論文ではそうした移動に調査者が同行し,牧夫にはGPSを携帯してもらい,1日の行動を記録し,地図上に可視化することを行っている。他の研究では衛星画像を使った遊牧地域の自然環境の変化などの研究もあるらしい。ともかく,1日の道程で牧夫が何をしているのか,また家畜に対してどのように働きかけているのかといったことも動向調査で記録され,数量化され,図化されている。そういう形での実態把握は確かに斬新かもしれない。

 

堀川 泉 (2020). 調理方法と食育の取り組みからみる小学校給食と地域との関り. 人文地理, 72(4), 403-422.
京都大学の院生による,修士論文とのこと。前半では学校給食の歴史を概観し,現在の状況を全国的に把握する試み。まずは,単独調理方式と共同調理場方式,その併用とあるとのこと。市区町村でその違いを地図化しているが,なんと各市区町村の公立小学校のウェブサイトで上記方式を確認してデータベース化している。その地域差の要因として,人数規模や小学校の粗密,また平成における市町村合併の有無や財政力指数との関係から考察している。また,地域について学ぶ食育の有無についてもウェブサイトで調査している。ともかく,前例のない研究であるため,かなり力技でなんとかまとめている印象は否めない。

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2020年地理学雑誌掲載論文一覧

『人文地理』の「学界展望」で「特に目をお配りください」と明記されている地理学雑誌10誌の2020年掲載論文を一覧にしました。

 

人文地理72巻(人文地理学会)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jjhg/list/-char/ja

竹内祥一朗「貝原益軒による藩撰地誌の編纂と地理的知識の形成」
王 君香「外邦図にみる黄河下流域における渡口の分布」
松宮邑子「ウランバートル・ゲル地区における居住者の就労と生活戦略」
前田竜孝「定点観察による漁業活動の分析―大阪府岬町深日を事例に―」
阪上弘彬・渡邉 巧・大坂 遊・岡田了祐「「空間的な市民性教育」の研究動向とその特質―欧米の地理教育・社会科教育を中心に―」
酒川 茂「清酒の需要開発に向けた酒造・酒販ネットワークの展開―広島県を事例として―」
森川 洋「地方創生政策とその問題点」
山元貴継「日本統治時代の台湾東部における日本人移民村の集落構造とその変化」
谷本 涼「生活の質にかかわるアクセシビリティ研究の成果と課題―1980年代以降の動向を中心に―」
市道寛也「大規模住宅団地の住民による「初期不良」問題の克服―泉北ニュータウン泉ヶ丘地区を例に―」
堀川 泉「調理方式と食育の取り組みからみる小学校給食と地域との関わり」

 

地理学評論(日本地理学会)
和文誌93
https://www.ajg.or.jp/criticism/no93-1/

張 耀丹「東京大都市圏における中国人ホワイトカラー層の住宅の購入動機と選好パターン─インタビュー調査を用いて─」
勝又悠太朗「愛知県瀬戸陶磁器産地における産業用陶磁器生産の変化と流通構造」
甲斐智大「東京都における保育所の経営主体からみた保育労働市場の特性─新卒保育士の採用を中心に─」
山内昌和・西岡八郎・江崎雄治・小池司朗・菅 桂太「沖縄県の合計出生率はなぜ本土よりも高いのか」
中澤高志「地方都市の若手創業者にみる雇われない働き方・暮らし方の可能性─長野県・上田での調査から─」
埴淵知哉・中谷友樹・上杉昌也・井上 茂「インターネット調査と系統的社会観察による地理的マルチレベルデータの構築」
堀 和明・清水啓亮・谷口知慎・野木一輝「石狩川下流域に分布する三日月湖の湖盆形態と底質」
谷本 涼「二段階需給圏浮動分析法によるアクセシビリティ指標を用いたシナリオ分析─大阪府高槻市の保育施設の事例─」
川添 航「在留外国人の社会関係形成・維持における宗教施設の役割─茨城県南部におけるフィリピン人を事例に─」
松岡由佳「英語圏の人文地理学におけるメンタルヘルス研究の展開」
加藤秋人「試作関連ネットワークの形成を通じた機械工業集積の維持・強化―京都と四日市の地域間比較を通じて―」
池田千恵子「町家のゲストハウスへの再利用と地域に及ぼす影響―京都市東山区六原を事例に―」
佐藤廉也「森の知識は生涯を通じていかに獲得されるのか─エチオピア南西部の焼畑民における植物知識の性・年齢差─」
宋 弘揚「中国人技能実習生の増加鈍化期における送り出し機関の方針転換─中国山東省青島市を事例に─」
安藤奏音「秋芳洞内の小気候と観光客への影響」
山田周二「高解像度DEMを用いた山頂周辺の起伏と平均傾斜に基づく世界の山の険しさの評価」

英文誌Geographical review of Japan series B 93
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/geogrevjapanb/list/-char/ja

Thi Khanh Van Mai, Doo-Chul Kim「The Effects of Vietnam’s Tourism Development and Payments for Forest Environmental Services Policies on Local Livelihoods in Phong Nha-Kẻ Bàng National Park Areas」
Gen Shoji, Kunimitsu Yoshida, Satoshi Yokoyama, Eric C. Thompson
Transition of Farmland Use in a Japanese Mountainside Settlement: An Analysis of the Residents’ Career Histories」
2
号未刊

E-journal GEO
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/ejgeo/_pubinfo/-char/ja

重野拓基・澤田康徳・埼玉県熊谷市政策調査課「熊谷市の小・中学校における熱ストレスによる保健室来室者割合の地域性―来室者割合と気温・湿度との関係に関する定量的把握の試み―」
酒井扶美・立見淳哉・筒井一伸「農山村における移住起業のサポート実態―兵庫県丹波市を事例として―」
畠山輝雄「公共施設へのネーミングライツの導入と地理学的研究の可能性」
尾方隆幸・大坪 誠・伊藤英之「与那国島のジオサイト―台湾島を望む露頭が語る地形形成環境―」
鈴木晃志郎・于 燕楠「怪異の類型と分布の時代変化に関する定量的分析の試み」
木戸 泉「クロアチア紛争後のコメモレーションによるナショナル・アイデンティティの強化と継承」
荒木俊之「都市居住の安全確保に配慮した居住誘導区域の設定に関する問題点」
埴淵知哉・川口慎介「日本における学術研究団体(学会)の現状」
小川滋之「種苗交換会の可能性と課題―埼玉県日高市の農家ネットワーク「たねのわ」を事例に―」
佐々木智章「ブエノスアイレス近郊の日系農家による花卉栽培の展開」
和田 崇「1994年広島アジア競技大会の無形遺産―一館一国運動の25年―」
夏目宗幸・安岡達仁「職能武家集団の移住にみる千町野開発の意義と実態」
岩間信之・浅川達人・田中耕市・佐々木 緑・駒木伸比古・池田真志・今井具子・瀬崎彩也子・野坂咲耶・藤村夏美「縁辺地域における住民の買い物環境評価」
海津正倫「ハザードマップを補う地形分類図と陰影起伏図の活用」
𠮷田国光・甲斐智大・室谷洋樹「教員採用試験からみた教員養成課程における地理学教育への要求とは―20152019年度A県教員採用試験・地理の問題分析から―」
篠原弘樹・坂本優紀「メキシコ合衆国ハリスコ州テキーラにおける観光地の形成」
畔蒜和希「マッチング型ベビーシッターサービスにみるギグエコノミーの実態」
牛垣雄矢:久保 薫・坂本律樹・関根大器・近井駿介・原田怜於・松井彩桜「アクアライン開通後における木更津市の地理的特徴・構造と地域的課題―特に交通的・人口的・商業的側面を中心に―」
吉田圭一郎・宮岡邦任「ブラジル北東部における水分条件の季節変化に対するカーチンガ構成樹木の葉フェノロジーの応答」
前田竜孝「漁協主導による遠隔地への水産物出荷の展開―兵庫県南あわじ市南淡漁協を事例に―」
小林直樹「長野県伊那市における昆虫食の実態と多様性」
野澤一博「北東イングランドにおける権限移譲と地域の変容」
相馬拓也「西部モンゴル遊牧社会における家畜放牧と牧草地利用のヒューマン・エコロジー」
福井一喜「観光の経済効果の地域格差―観光政策による格差再生産とCOVID-19―」

 

経済地理学年報66巻(経済地理学会)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jaeg/_pubinfo/-char/ja
https://www.economicgeography.jp/journal/nenpo-66-2/

成瀬 厚「メガ・イベント研究からオリンピック研究へ―地理学的主題の探求―」
荒又美陽「グローバル・シティのオリンピック―脱工業化,リスケーリング,ジェントリフィケーション―」
大城直樹「東京オリンピック19642020―都市(再)開発の様相に関するメモランダム―」
山口 晋「速度・知覚・スペクタクルからみる冬季五輪のボブスレー競技とその空間」
岡田 功「五輪レガシーの再生の試み―モントリオールとシドニーの五輪スタジアムを事例に―」
小泉 諒「東京都心周辺埋立地の開発計画とその変遷」
杉山和明「東京五輪・パラリンピックに向けた新たなセキュリティ対策の展開と公共空間の変容」
太下義之「持続可能な観光のための「プラス・トーキョー」戦略―2020東京五輪を契機とする新しい観光流動創出の制作―」
小室 譲「ウィスラーにおける能動的国際移動者の実態―国際山岳リゾートにおける地域労働市場構造解明に向けて―」
森川 洋「年齢階級別人口移動からみたわが国都市システムにおける大都市の現状」
勝又悠太朗「富山県高岡銅器産地における新製品開発の進展――産業支援事業に着目して」
3
号未刊、4号未刊

 

歴史地理学62巻(歴史地理学会)
http://hist-geo.jp/index.html

鈴木 允「地理学習における地域の変容過程の教材化―学園都市「国立」の成立と発展についての授業実践を事例に―」
藤田裕嗣「神戸大学における講義の受講生を通じてみた「地理総合」の課題と問題点―再編された「全学共通授業科目」の2018 年度担当講義を中心に―」
阿部志朗「GISを利用した高校地理学習における古地図の教材化」
花木宏直「明治 30 年代初期における海外移民送出の事務的管理―福岡県八女郡下広川村を事例に―」
豊田紘子「日本産蜜柑の満州輸出の展開」
前田一馬「大正・昭和戦前期の軽井沢における「千ヶ瀧遊園地」の開発と別荘所有者の特徴」
加藤政洋・河角直美「近代京都における主要商店街の店舗復原」
兼岡真子「登米伊達家中による新田開発と耕地所持」

 

地理科学75巻(地理科学学会)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/chirikagaku/list/-char/ja

田中健作「徳島県上勝町における高齢女性のモビリティ」
和田 崇「地域活性化手段としてのスポーツ―日本におけるスポーツの地理学的研究のレビューから―」
森川 洋「北海道における年齢階級別人口移動」
佐藤彩子「介護福祉士確保への取組みと就業特性―大分市の特別養護老人ホームを事例として―」
竹内 峻・後藤秀昭「斜面崩壊の微地形とその形成要因―平成307月豪雨による広島県南部を事例に―」
後藤秀昭・山中 蛍「平成307月豪雨による広島県南部の建物被害と土砂災害の指定区域」
岩佐佳哉・熊原康博「広島県東広島市における枕崎台風と平成307月豪雨災害に伴う土石流分布と被害」
丸山雄大・松多信尚・後藤秀昭・中田 高・田中 圭「倉敷市真備町における平成307月豪雨の痕跡高分布からみた浸水の特徴」
石黒聡士・川瀬久美子「平成307月豪雨による愛媛県における浸水と斜面崩壊発生とその地形的条件」
楮原京子「平成307月豪雨における山口県の斜面崩壊とその背景」
黒木貴一「福岡県内の平成307月豪雨災害の特徴」
小山拓志・土居晴洋・古賀精治「地域の災害リスクを踏まえた大分県立特別支援学校における教職員の防災・減災意識の現状」
番匠谷省吾・岩佐佳哉・熊原康博「過去の土石流災害の復元に関する高校地理の授業実践―枕崎台風と西日本豪雨で被災した江田島市切串地区を事例に―」
小山耕平・岩佐佳哉・熊原康博「「地理総合」における防災教育の授業の開発と実践―平成307月西日本豪雨で被災した広島市安芸区矢野を事例に―」
弘胤 佑「水害碑を活用した防災教育―歴史学の視角をふまえて―」
4
号未刊

 

季刊地理学72巻(東北地理学会)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/tga/_pubinfo/-char/ja

三條竜平・大月義徳「北海道屈斜路カルデラにおける後カルデラ期の地形面形成」
山田浩久「東日本大震災の被災地における居住地移動と市街地再編との関係─東北地方の被災県に着目して─」
神田兵庫・磯田 弦・中谷友樹「人口減少局面における日本の都市構造の変遷」
佐川大輔・中谷友樹「鉄道路線の廃止が沿線自治体の人口・所得水準変化率に及ぼす影響」
伊藤晶文・佐藤菜々美「2011年東北地方太平洋沖地震津波後に宮城県蒲生干潟の潟湖底・干潟堆積物から見出された珪藻群集」
3
号未刊、4号未刊

 

新地理68巻(日本地理教育学会)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/newgeo/_pubinfo/-char/ja

北﨑幸之助「中学校における旅行者視点の防災・減災教育の実践-神奈川県鎌倉市の校外学習を例として-」
三橋浩志「文部科学省による各種通知と地理教育の関係について-情報提供-」
河合豊明「オンライン授業の取り組み」
今野良祐「ZOOMを用いたオンライン授業の取り組み」
中谷佳子「オンラインホームルームの取り組み-新たな空間「Teams」での学級づくり-」
柴田祥彦「地理教材共有化サイトの構築について」
3
号未刊

 

地学雑誌(東京地学協会)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jgeography/list/-char/ja

王 天天「転換期中国における都市空間の形成・再編と郊外住宅地の発展」
工藤 崇・檀原 徹・岩野英樹・山下 透「八甲田カルデラ東方,八幡岳火山群の地質と火山活動史」
長谷川 遼・磯﨑行雄・堤 之恭「破片化した過去の前弧堆積盆地─関東・南東北に散在する和泉層群東方延長の白亜系・古第三系砂岩─」
久井情在「中心核なき合併市町村の地域振興政策における地域イメージ戦略─山梨県北杜市を事例としたスケール論からの考察─」
柳田 誠・青柳恭平・下釜耕太・岡崎和彦・佐々木俊法「2008年岩手・宮城内陸地震の震源域における活構造評価」
高橋尚志・須貝俊彦「関東地方,荒川狭窄部における河成段丘発達過程および荒川本流の河床縦断面形変化史に関する再検討」
松本 良・青山千春「日本海東縁,上越沖のメタンプルームによるメタン運搬量見積もりの検証」
鈴木純子「伊能忠敬の測量事業にともなった学術的交流」
紺野浩幸「伊能忠敬の『山島方位記』について」
八島邦夫「伊能図の海図への利用─日本の正しい形・位置を世界に伝えた英国海図を中心に─」
岩井優祈・村山祐司・猪原紘太「GISを援用した伊能図の空間分析─最近200年間の国土変化に着目して─」
星埜由尚「伊能忠敬全国測量の諸問題」
中村 士「伊能忠敬の全国測量と天文観測」
野上道男「伊能忠敬による月食観測を用いた経度測定とその精度」
海津 優「伊能忠敬の求めた1度あたり子午線長と測量の不確かさ─測地度説のデータに基づいて─」
野上道男「伊能忠敬の地図作成における「緯度差128.2里」問題」
菱山剛秀「伊能図の投影に関する疑問」
川又基人・菅沼悠介・土井浩一郎・澤柿教伸・服部晃久「氷河地形調査と表面露出年代測定に基づく東南極宗谷海岸南部Skarvsnesにおける氷床後退過程の復元」
吉田幸平・高木秀雄「高等学校理科「地学基礎」「地学」開設率の都道府県ごとの違いとその要因」
宇都宮正志・水野清秀・納谷友規・小村健太朗・長井雅史「千葉市の地下2038 mのテフラ層と房総半島の下部更新統黄和田層最下部Kd48の対比」
丸山誠史・山下 透・林田 明・平田岳史・檀原 徹「三瓶火山から噴出した浮布テフラと阪手テフラの関係の検討」
長谷川 遼・磯﨑行雄・山本純之・堤 之恭「白亜紀西南日本の前弧砂岩と後背地の経年変化─砕屑性ジルコンのU–Pb年代測定─」
中岡裕章「谷川岳周辺地域におけるエコツーリズムの導入意義と課題」
吉田圭佑・松澤 暢「近年の地震観測により得られた東北日本の応力場の不均質性と断層強度および地震発生機構の関係」
大橋聖和・竹下 徹・平内健一「断層帯と断層レオロジーの進化」
野田博之「断層滑りの支配的な変形機構の遷移を考慮に入れた動的地震サイクルシミュレーション」
松本 聡・飯尾能久・酒井慎一・加藤愛太郎・0.1満点地震観測グループ「超多点稠密地震観測による断層帯発達過程の解明に向けて―2000年鳥取県西部地震域への適用―」
吉田武義・高嶋礼詩・工藤 健プリマ オキ ディッキ A.・前田純伶・吉田圭佑・岡田知己・三浦 哲・高橋友啓「東北日本弧における後期新生代の火成活動と地殻構造―内陸地震活動の背景―」
大橋聖和・大坪 誠・松本 聡・小林健太・佐藤活志・西村卓也「九州中部の第四紀テクトニクスと2016年熊本地震―地質–地震–測地の複眼的視点から―」
菅沼悠介・石輪健樹・川又基人・奥野淳一・香月興太・板木拓也・関 宰・金田平太郎・松井浩紀・羽田裕貴「東南極における海域–陸域シームレス堆積物掘削研究の展望」
遠藤匡俊「有珠山の噴火プロセスに対するアイヌの人々の認識―迷信と科学的思考─」
渡邊瑛季「宿泊施設・合宿団体・旅行会社間の関係からみたスポーツ合宿地の存続形態─山梨県山中湖村平野地区を事例に─」
山本真也・中村高志・芹澤如比古・中村誠司・安田泰輔・内山 高「富士山北麓・河口湖の湖底湧水と水の起源」
林 武司「富士山北部における地下水流動機構の解明の課題と展望」
内山 高「富士火山北麓および富士五湖の水文地質構造と水文学的特徴」
鹿園直建・大友一夫・浅井和由・中田正隆「溶解カイネティックス–流動モデルとクロロフルオロカーボン(CFCs)濃度による富士山地域の地下水水質の解釈と滞留時間の推定」
丸山茂徳・佐藤友彦・澤木佑介・須田 好「最古型生命が生息する白馬地域の温泉水の分類と生命の起源の解明における冥王代疑似環境生態系の重要性」
戎崎俊一・西原秀典・黒川 顕・森 宙史・鎌形洋一・玉木秀幸・中井亮佑・大島 拓・原正彦・鈴木鉄兵・丸山 茂「原子炉間欠泉に駆動された冥王代原初代謝経路」
馬場知哉・柿澤茂行・森 宙史・車 兪澈・黒川 顕・大島 拓「最小ゲノム―細胞が生きるために必要な遺伝子数はいくつか―」
成廣 隆・NOBU Masaru K.LENG Ling・玉木秀幸「[NiFe]ヒドロゲナーゼ類縁エネルギー保存システムの分子進化」
蟻 瑞欽・ファーレンバック アルバート・本郷やよい「電離放射線が駆動する化学進化」
五十嵐健輔・柿澤茂行「硫化鉱物による化学進化と鉄イオウタンパク質の誕生」
市橋伯一「原始生命の細胞構造を探る」
鶴巻 萌・齋藤元文・丸山茂徳・金井昭夫「生命の起源研究におけるCPRバクテリアの重要性」
武山尚生・高橋佑歌・永田祥平・澤木佑介・佐藤友彦・丸山茂徳・金井昭夫「真核生物の起源における原核生物の重要性と当時の地球環境」

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2020年の「文化地理」関連文献13

月刊『地理』の特集第三弾。「コロナ時代の「夜」の地理学―音楽と音の紡ぐ未来―」という特集は地理空間学界のシンポジウムを中心にしている。最近この分野の牽引役である池田真利子さんがオーガナイザーとなり,所属する筑波大学だけでない,また地理学に限らない人々を集めて,最近盛り上がりを見せている。

池田真利子 (2020). コロナ時代の「夜」の地理学―音楽と音の紡ぐ未来―. 地理, 65 (10), 4-12.
日本観光研究学会の支援による共同研究や,シンポジウムでの報告に基づくこともあり,巻頭言は学術的ないちづけが広く整理されている。学術雑誌では網羅的な文献の紹介が求められるが,主要な業績のみの提示で大まかな流れを示することができるというのもこうした商業誌のいいところかもしれない。日本の「夜」についての歴史も概観され,「夜間経済」と訳すことのできる「Night-time Economy」の表現的な整理もされていて,初学者にも優しい。

池田真利子・田中順也・小竹輝幸・小林 愛・アセファ テメスガン (2020). コロナ時代の夜間音楽経済. 地理,65 (10), 13-19.
こちらは音楽に特化したものになり,共著者の田中,小竹,小林はナビタイムジャパンの社員とのこと。一人は筑波大学出身ということで,そのつながりなんでしょう。東京大都市圏におけるライブハウス,クラブ,ミュージックバーの分布を把握するためにナビタイムが保有する位置情報を活用し,分布図を作成し,口絵として掲載している。「夜間音楽経済」を施設面からいかに定義するか,という点を法律の点からも議論している。

太田 慧・飯塚 遼・杉本興運・池田真利子 (2020). 夜のウォーターフロントの再編とナイトライフ. 地理, 65 (10), 20-27.
こちらはウォーターフロントの(再)開発を夜のエンタテイメントという観点から,東京,アムステルダム,ハンブルク,ロンドンと概観している。この分量の文章で4つのグローバル都市を論じるという無謀さも商業誌なら許される。ジュリアナ東京も芝浦の倉庫を改装したものだったんですね。いわゆる「ロフト文化」としているが,簡単にでもこの概念についての説明が欲しい。本文には「インクスティック鈴江ファクトリー」とあるが,私は高校生の頃にインクスティック芝浦にいったことがある。このバブル期のウォーターフロント文化に直に接する機会はあまりなかったが,当時ラジオ少年だった私は曜日替わりで女性タレントがパーソナリティをつとめる番組を視聴していた。5人全員は覚えていないが,今井美樹と網浜直子,そして鈴木保奈美がいたことは覚えている。その番組の公開イベントに応募して当選したのだ。今井美樹と網浜直子のステージがあったのはもちろん,司会がなんと鈴木保奈美だったのだ。まだ『東京ラブストーリー』などテレビドラマで人気になる前の駆け出しの女優という感じで,初々しい感じが印象に残っている。また,口絵に写真が載っているT.Y.HARBORは数年前に大学の先輩の結婚式の二次会で行ったところ。こういう風に近年のウォーターフロント再開発の代表例などとして登場するとなんか不思議な感じがする。芝浦の辺りはライブによく通っていた頃も一度イベントライブで行ったことがあるが,街全体がにぎわっているという雰囲気ではなく,ひっそりとした住人の少ない街にある店舗のなかで賑わっているという印象が私にはあるので,それがナイトライフを盛り上げるウォーターフロント再開発だといわれてもピンとこない。

坂本優紀 (2020). 夜と音楽が演出する空間:メキシコ・グアナファト. 地理, 65 (10), 28-34.
著者は『地理学評論』や『地理科学』にもサウンドスケープに関する論文を持つ地理学者だが,最近はラテンアメリカをフィールドとし始めたらしい。ということで,この文章はメキシコに行ってみましたの報告。メキシコのグアナファトという都市では,夜間に観光客も目当てにした,音楽隊が演奏しながら町を練り歩くというイベントが毎夜開催されているということで,そのレポート。

卯田卓矢・東恩納盛雄 (2020). 沖縄音楽の多様性と夜. 地理, 65 (10), 35-42.
こちらは沖縄県名護市の公立大学名桜大学の教員二人による沖縄音楽の話。コザと呼ばれていた現在の沖縄市が占領期から米兵を中心とした文化があったというのは何となく知っていたが,そこで演奏していた人たちから沖縄音楽が全国区になったという。また民謡酒場の存在が説明されているが,確かに東京にある沖縄料理屋でも,生演奏をするお店が多いのはその名残ということか。私は会社の出張で以前はよく那覇市に出張していた。社員は代わる代わる那覇空港事務所に出向していたりしていたので,そういう社員につれられて夜の街に繰り出すこともあった。まあ,地方都市共通の特徴かもしれないが,やはり沖縄独特の雰囲気もあった。それはともかく,この論文では音楽を使ったまちづくりなどについても説明されている。

坂本優紀・池田真利子・磯野 巧・卯田卓矢・柿沼由樹 (2020). 自然のなかの光と音の観光. 地理, 65 (10), 43-50.
こちらは執筆陣各自が個別に研究しているもの,調査に訪れたものの羅列。石垣島の星まつり,三重県熊野市の星空観光,長野県阿智村の星空観光,長野県松川村のスズムシイベント,長崎県伊王島の夜間ウォーキングイベント,といった5つの事例が紹介される。いずれも夜のものではあり,ほとんどが星空イベントだが無理やり音に絡めたり,統一性がない。

池田真利子・モーグナー クリスティアン・レレンスマン ルイーゼ (2020). コロナ時代の研究とフィールドワークの再考. 地理, 65 (10), 51-55.
イギリス人とドイツ人との共著となっているがほぼ池田さんが執筆した様子。この特集では確かにウォーターフロント再開発の話題でロンドンとハンブルクも登場したが,なんか唐突な感じの話題。コロナ禍で変更を余儀なくされた学術調査・研究のあり方の覚書。

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2020年の「文化地理」関連文献11

山越英嗣 (2020). アートによる「生活空間の脱植民地化」をめざして―オアハカの民衆聖像崇拝とアクチュアリティの共鳴―. 国立民族学博物館研究報告, 45, 359-382.
オアハカというのはメキシコ南部の州であり、全国平均25%の先住民人口に対して34.2%という高い値を示す土地だという。この論文では、2006年に起きた、全国教育同労者組合によるストライキを州政府警官隊が強制排除したという事件後に、民衆組織APPOが抵抗運動を起こし、その一部として登場したストリート・アートを事例としている。その前提として、英国をはじめとして行われているコミュニティ・アート団体への支援を「生活空間の植民地化」と名付け批判することから始める。日本でも、このコロナ禍でアートに対する風当たりは厳しい状況にあるが、確かにアートに支援する傾向は日本でも強い。この論文に書かれている通り、地方では地域活性化の手段になりつつある。それにしても、そんなに人類学の論文を読むわけではないが、いつも理論的な基礎付けがコンパクトながらうまくまとまっていると感心する。この論文でもそうしたアートへの支援、アートによる地域活性化を「参加型アート」と呼ぶが、それへの批判とオルタナティブなアートによる抵抗運動を論じることの意義に関する議論が見事である。冷静に考えると先進国の参加型アートとメキシコのこの事例の格差を感じたりもするが、ともかく聖母をモチーフにしたストリート・アートの事例を次々と示しながら、明確な論旨で引き込まれる。おそらく同じような事例は日本にもあって、ホームレスを支援するアーティスト集団や、今も反五輪を掲げる主体にアーティストも含まれる。ただ、そうした試みが「生活空間の脱植民地化」というものにつながっていくのか、その概念自体がどのくらいの力の大きさを想定しているのか、この論文だけからではよく分からない。

 

平野貴也 (2020). 観戦型スポーツイベントにおける観戦者の満足度と行動意図に関する研究 ウインドサーフィン・ワールドカップのサービスクオリティに着目して. 名桜大学環太平洋地域文化研究, 1, 11-18.
2020
年は東京オリンピック開催予定年だったこともあり、スポーツに関する地理学的研究が例年より多かった。そんなことで、『人文地理』学界展望の「文化地理」の中核テーマとして取り上げようと思っている。そんななかで見つかったのがこの論文。ともすると、スポーツによる地域活性化というテーマは、観光分野との深いかかわりを有してしまうので、あえて「文化地理」として取り上げる必要がない場合もある。この論文はそういう意味では微妙だが、2017年に神奈川県横須賀市で開催されたウィンドサーフィンのワールドカップ大会を事例としている。当日、観戦者にアンケート調査を行い、396名からの回答を得ている。この種のアンケート調査としては理想的な形で、質問項目の設定、倫理審査、回答の統計学的分析が示されている。サーフィンの大会ということで、かなり特殊であり、回答者のうち神奈川県在住者が7割強、横須賀市在住者が35%、同じく35%がサーフィン実践者となっている。それでも、3割弱の外来者で2割弱が宿泊者、平均宿泊日数も2泊となっていて、このイベントの観戦(しかも、競技の性格上、無料のアウトドア観戦である)以外にも観光行為を行っていることが確認されている。この論文が依拠しているものがスポーツ経営学であり、観戦者の満足度というところがメインであり、地理学的な主題というのはそれほど強くないが、同様の研究は地理学でも行われてもいいと思う。

 

兼松芽永 (2020). アートプロジェクトの図地転換―田んぼの「棚田化/アート化」から考える―. 国立民族学博物館研究報告, 45 (2), 383-422.
アート研究は人類学で一定の蓄積を重ねている。特にこの論文のように、地方の芸術祭は地理学でも同じような成果が出せると思うが、調査している人は数人しかいない。この論文は、地方の芸術祭でも1996年から形を変えながら継続されているもので、日本におけるアートプロジェクトの先駆的存在である越後妻有「大地の芸術祭の里」を対象としている。著者は2008年から2016年まで十日町市松代地域に住んでいて、さまざまな形でこのプロジェクトに関わってきた経験を活かした形でまとめられている。特に、田んぼを使ったサイトスペシフィックアートに焦点を合わせて、論じている。棚田一般の写真作品から、外国人芸術家によるインスタレーション、そして2011年の長野県北部地震によって被害を受けた棚田の復旧計画までを分かりやすく整理している。分量の多い論文ではあるが、事例の紹介だけでなく、前提となる議論の整理や事象の解釈までしっかり議論されている。

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2020年の「文化地理」関連文献10

地理専門書を出版する古今書院の月刊誌『地理』では,「文化地理」をテーマにした特集を2020年にいくつか組んでいる。それを紹介しておこう。

まずは8月号の特集「ランニングを愉しむ」というもので,すでに2014年の『経済地理学年報』特集号でランニングに関する論文を掲載している福田珠己さんが,関戸明子さんとともに巻頭言を書き,それを含めて8編の文章が掲載されている。

関戸明子・福田珠己 (2020). 「ランニングを愉しむ」特集にあたって. 地理, 65 (8), 18-19.
「本特集の執筆者はみな,ランナー/ランニング実践者である。」(p.19)とあり,「ランニングにはさまざまな愉しみがある」といたって楽観的な論調である。前半ではコロナ禍でマラソン大会がエリート部門の実施に縮小されたことを残念がり,オンライン開催となった事例を紹介している。

山西哲郎 (2020). 走る楽しさを求めて:ランニング文化の歴史から学ぶ―人々は「なぜ走り,いかに走ったか」―, 地理 65 (8), 20-27.
こんな人いたんですね。まあ,ランニングやマラソンに関する著書があり,群馬大学では箱根駅伝の監督もしていたようですから,知っている人にとっては有名なのかもしれませんが。関戸さんつながりで寄稿がかなったのでしょうか。まあ,この文章はダイジェスト版ですが,著書を読みたくなるような内容です。内容はタイトル通りですが。

関戸明子 (2020). マラソン・ブームの行方―「全日本マラソンランキング」を読む―, 地理, 65 (8), 28-33.
ここでは,雑誌『ランナーズ』が公開している「全日本マラソンランキング」のデータベースを用いて,2004年度以降に記録されたマラソン完走者のデータを分析している。このデータは1歳毎に,延べ人数と同一人物を同定した数とで記載されているとのこと。雑誌『地理』の限られた紙面でこういうデータ分析には無理があるとも思ったが,単純集計の報告に徹していて,それはそれで面白い。

松岡憲知 (2020). マラソンコースを地形学で読み解く. 地理, 65 (8), 34-42.
山岳研究を専門とする地形学者でランナーということで,一般的なマラソン大会ではなくアップダウンの激しい,公道ではなく登山道をいくようなトレイルランニングが紹介される。著者の研究は日本アルプスだけでなく,欧州アルプス,南極,北極,チベットにまで及ぶそうで,この文章でもスイスの大会も紹介されている。カラーの口絵写真や3Dマップも駆使してコースの地形紹介をしている。

松本 大 (2020). スカイランニング―空と地球が出会う場所へ駆け登る―. 地理, 65 (8), 43-50.
著者は日本スカイランニング協会代表理事という肩書を持つが,群馬大学で地理学を学んだということで,こちらも関戸さん経由で寄稿がかなったのだろう。スカイランニングとは私もはじめて聞いた言葉だが,簡単にいうと登山を徒歩ではなくランニングで行うもの,ということのようだ。当然大会は個人ではなく大勢で同時に走るということになる。最近では都市の高層建築物の階段もコースになるという。著者が協会の理事だということで,後半は日本での大会開催の難しさが指摘されている。

関戸明子 (2020). 明治期の旅をランニング・スタイルで体験する. 地理, 65 (8), 51-56.
冒頭に著者のランニング歴が書かれている。フルマラソンを始めて10年,シーズンには月1回フルマラソンを走り,オフシーズンにはトレイルランニング,スカイランニング,ウルトラマラソンの大会に出場しているという。失礼だが,確か年齢は私よりも10歳弱上で,60歳近かったはずだ。著者の専門は近代期の歴史地理学であり,タイトル通り歴史的人物の記録を基に,その人物が辿った経路をランニングで辿るという試み。

秋房麻理・福田珠己 (2020). マラニックをつくる―明智光秀の足跡をたどって―. 地理, 65 (8), 57-64.
今度はマラニックという概念が登場。広義のランニングに含まれるものとしてマラソン以外にさまざまな概念が今回の特集に登場したが,最後はマラソン×ピクニック=マラニックだとのこと。まあ,地理でいうところの巡検を,徒歩ではなくランニングで移動するというところといえようか。確かに,徒歩だと時間がかかって1日では終わらない行程でも,ランニングにすれば回れるというのはいいかもしれない。第一著者は立命館大学の地理学出身で個人的にマラニックの企画・運営をしていて,それに福田さんが参加した形。NHKの大河ドラマ『麒麟がくる』にちなんだいくつかの企画を立てたということで,その企画段階から実施までの報告。

福田珠己 (2020). 「走る」ことの地理学研究―身体,空間,社会―. 地理, 65 (8), 65-70.
特集の最後にふさわしい,簡潔でまとまったレビュー論文。福田氏は2014年にも『経済地理学年報』にランニングに関する論文を掲載しているが,スポーツ地理学を提唱するジョン・ベールだけでなく,ここでは重要な英語圏の地理学研究を手際よく紹介している。

さすが,関戸さんと福田さんという優れた研究者による特集ということもあり,非常に読み応えのあるものだった。これを全て個別に「学界展望」に紹介するわけにはいかないが,これからこのテーマの地理学研究に臨む研究者にとっては必読の特集となるだろう。ただ,普段は知ることをしない私のような読者からすると,学術研究としてやっていく際にはもう少し負の側面にも踏み込む必要があるように思う。

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2020年の「文化地理」関連文献09

2020年に発行された『お茶の水地理』第59号には文化地理に関わる論文が多く掲載された。読んだ順に紹介しておく。

辻横真琴 (2020). 地理的側面から見る市民マラソン大会―全国データベースの分析およびランナー調査をもとに―. お茶の水地理, 59, 31-40.
明記はされていないが、著者は㈱ゼンリンの所属となっており、この論文は卒業論文だと思われる。日本全国で開催されている市民マラソン大会を独自の基準でデータベース化し、20191月から12月の亜大に開催された802件の分析をしている。また、8月から11月に開催された7大会については、自ら会場に足を運び、出場ランナーにアンケート調査を行っている。回収数は330というなかなか意欲的な研究である。日本全国のデータベース分析に関して特徴的なのは、コース図を分析して、地形や土地利用に関する分類と、折り返し・周回・ワンウェイというコース形態の分類をしている点であり、それを都道府県別の傾向を考察している。7大会のアンケートについては回収数の330が大会毎の数としては示されていないのが残念だったが、参加者の居住地、交通手段、参加の決め手などの項目による考察がある。宮古島大会に関しては、マラソン大会が宮古島観光の動機の一つであり、参加者は他の観光行為を併せて何泊もの旅行をしているという点が面白い。

水野 勲 (2020). プリンス・エドワード島の「可能世界」―地誌としての『赤毛のアン』―. お茶の水地理, 59, 1-10.
この論文は、数理地理学を専門とする著者が、地理学の教員として長らく教えてきた「地誌学」の授業の際に考えてきたことを改めてモンゴメリ『赤毛のアン』(1908年)を題材に論じたものである。標題にある「可能世界」はクリプキからとられているが、フィクション地誌という以上の意味合いはないように思う。とはいえ、20世紀初頭のフランスの地理学者ヴィダル=ド=ラ=ブラーシュの地誌学、1970年の軽量地理学トブラーの議論、同じ時代のトゥアンの人文主義地理学、フェミニスト地理学のホーム論、バシュラールの想像力論などを駆使し、日本における『赤毛のアン』研究や自然地理学、歴史地理学によるプリンス・エドワード島(『赤毛のアン』の舞台)なども参照しながら自在に作品を解読していくこの論文は非常に刺激的な読書であった。ただ、文学研究にもこうした空想地誌学的研究は少なくなく、私自身も1999年のクンデラ論文でそうした議論を展開しているので、それに参照がないのは寂しい限りである。ただ、『赤毛のアン』の原著タイトル『グリーン・ゲイブルズのアン』に関して、「グリーン・ゲイブルズ」という固有地名がフィクション名でありながら一般名でもあること、『赤毛のアン』というタイトルのおかげで日本でこの作品が世界のなかでも圧倒的な人気を誇っているが、作品中では意外にアン自身の赤毛が話題になることは少なく、むしろ現実の自然地理的特徴としての赤土の方が作品中で際立っていることなど、この作品に関する鋭い指摘は少なくない。

倉光ミナ子 (2020). 「お茶っこ」に関する一考察―岩手県陸前高田市の訪問から―. お茶の水地理, 59, 51-55.
『お茶の水地理』の59号掲載論文を紹介しているが、私が読んだ論文のうち4編はいずれも10ページきっかりで【論文】という種別になっており、そのうち3編はどうやら卒業論文のようだ(1編は明言している)。そして残りが所属教員による執筆で、この論文は5ページの【短報】という種別になっている。形式的には論文的だが、内容的にはフィールドノートといってもよい。短いながらも論旨はしっかりしていて、最後には「「お茶っこ」をめぐる感情の地理学」への発展をにおわせていて興味深いが、いずれにせよ本格的な調査を始める前の準備作業といった内容。内容としては、最後の章の冒頭に書かれている通り、「先行研究と陸前高田への訪問を通して,東北地方には「お茶っこ」という独自の習慣/文化があること,そして,どうもそれが震災直後から支援活動の一部に組み込まれてきたことが明らかになった.」(p.54)という一文に簡潔に示されている。補足すると、「お茶っこ」とは主に女性たちが自宅の縁側などに集い、お茶を飲みながら会話をするというもので、震災を機に変容している。それは女性と男性という性差関係や自宅や集会所といった開催場所に関するもの。ということで、著者は復興研究の対象として考えているようだ。

木村由梨 (2020). 地域アイデンティティの再興―川口鋳物,初午太鼓,サードプレイス―. お茶の水地理, 59, 21-30.
こちらは卒業論文だと明記された論文。埼玉県の川口市といえば、鋳物工業が盛んなのは私でも知っているが、その従事者社会で生まれた「初午太鼓」という郷土芸能の現代までの変容をこの論文は辿っている。卒業論文らしく、丁寧に対象地域の歴史を含む説明が簡潔になされ、この芸能が現代ではコンクールとして活発化していることが示されている。その解釈も分かりやすく、かつては産業従事者の生活と深く結びついていたお祭りだが、その産業自体が衰退し、従事者自体が減少するなかで、この「初午太鼓」という行事は変容し、産業従事者と関りがない人でも参加できるようなコンクール形式に変容したという。それはおそらく日本各地にあるよさこい祭りと同様に、元々ある地縁集団ではなく、さまざまな結びつきの集団が、人前でパフォーマンスをするということにモチベーションを持って取り組むということで、新しい活力を見出したものと思われる。現在では女性の参加者が7割を占め、幼稚園児から高校生まで、子ども・未成年の参加も多いという。アンケートや聞き取り調査も行い、参加者の動機を「サードプレイス」という概念によって考察している。ただ、この概念が孫引きであるのが残念で、家でも職場でもない居場所という理解で終わってしまっている。

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2020年の「文化地理」関連文献08

迫田博子 (2020). 葉石濤作品のなかの「日本」―「獄中記」を中心に―. 人間文化創成科学論叢, 22, 77-84.
このお茶の水大学の紀要は、PDFには2019年と書いてあって、年報としては2019年度のものである。しかし、発行年月は20203月であり、これを2020年の成果とするかどうかは判断が難しい。それはともかく、内容的には「文化地理」として扱うことのできるものだと思う。文学地理学は「文化地理」以外に取り上げる分野はない。この論文は1925年生まれの台湾の作家、葉石濤による1966年に発表された作品「獄中記」を対象にしている。日本統治下の台湾に生き、好き嫌いを別として、彼のアイデンティティには日本語と日本文化が染みついているという。「獄中記」の物語は日本統治期に東京帝国大学に学んだ主人公が、後に厦門にわたって抗日組織の工作員になる。しかし、逮捕されて台湾に押送され独房での生活を余儀なくされ、それがタイトルになっている。そこで、彼を取り調べた人物が大学で同期だった人物であった。そんな設定で、作中には日本の地名や和歌が登場し、その表象を分析している。トゥアンの場所概念をナイーヴに用いたり、認知科学の潜在意識と顕在意識などの議論を援用しているが、当時の台湾と日本の関係に関する歴史研究なども参照し、丁寧に作品を読み解いている。

 

水谷由美子・高橋潤一郎・下川まつゑ・田村奈美 (2020). 服飾デザインと地域資源のレジリエンス―スーパーグローバル・ファッションワークショップ2019とアグリアート・フェスティバル2019を事例として―. 山口県立大学学術情報, 13, 27-59.
この紀要論文は国際文化学研究科のゼミ担当教授と院生3人による報告であり、毎年のように報告を出しているようだ。研究科の名前は学術的な印象を受けるが、この教授が各種イベントをプロデュースしていて、参与観察的な学術研究というよりは社会実践を主眼においたゼミだといえる。3章構成となっていて、タイトルにあるように、第2章でスーパーグローバル・ファッションワークショップ(SGFW2019という服飾関係のイベントが、第3章でアグリアート・フェスティバル(AAF2019という2つのイベントが院生の手で紹介され、第1章はそれを第一著者である担当教授が学術的に位置づけるといった内容。レジリエンスという言葉は最近見かけるがちゃんと読んだこともなければ素朴に調べたこともなかった。「しなやかに立ち直る力」と表現する既存研究に基づき、この論文では「再生する力」と定義している。民芸運動などに言及しながら、地方に伝承されながら、後継者不足で廃れていく手仕事や農業などを、外部の手を入れて再発見し、グローバルな市場に配信することで、地域活性化につなげようという試み。この教授の人的ネットワークで、地元の生産者、UIJターンしてきた若い実業家、ゼミの学生・院生、フィンランドの研究者などとの交流のなかからイベントを開催している。ワークショップでは、フランス、フィンランド、中国、韓国、ハワイなどから参加者が集まっている。AAFは長門市のイベントで7年間、SGFWは大学を中心に3年間継続しているイベントで、棚田や手すき和紙、藍染めなどの地場産業を用い、ファッション関係ではモンペをモチーフにしたブランドを立ち上げたりしている。まあ、学術的な知識・思考を織り交ぜて一定の成功を収めた事例だといえる。

 

河合洋尚 (2020). フードスケープ―「食の景観」をめぐる動向研究―. 国立民族学博物館研究報告, 45 (1), 81-114.
タイトル通りの内容であり、中国をフィールドとする人類学者が、フードスケープという概念で語られる研究動向を、概念の検討から始め「食の景観food landscape」として物質的側面に着目して整理している。英語圏を中心に地理学者による貢献にも目配りしながら、フードスケープ研究を潮流Aと名付ける「食のグローバリゼーションと〈空間〉力学」および、潮流Bと名付ける「食の〈場所〉論とエコヘルス」という2つの動向として区分している。要するに、空間論と場所論とを区別して、景観を論じている。この論文でいう「空間」とは「政治的に境界づけられ、特定の意味やイデオロギーが付与される資源領域」と、「場所」を「人間の記憶、感情、社会関係が埋め込まれた生活領域」と定義している(p.85)。前者はアパデュライの『さまよえる近代』における5つのスケープ論に依拠しているとのこと。この論文では、フードスケープ(学問領域での使用は1996年の地理学者によるものだとのこと)という言葉を使う前の研究についても同じような事象を取り上げ、議論を行っている先駆的なものを紹介しているところにも特徴がある。英語圏の地理学者の研究には言及があるものの、残念ながらフードシステム論を展開する荒木一視さんの業績には言及がない。ともかく、食をめぐる地理学的な研究(著者は人類学者だが)が手際よく整理されており、学ぶことは大きい。この論文の意義を著者の言葉でまとめるならば、「「食の景観」というトピックは―これまで正面から注目されることが少なかったが―実際には人類学とその隣接領域に限定しても,すでに研究蓄積が少なくないということである。」(p.105)そして、潮流ABとを結びつけていく仕事が必要なのだという。

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