学問・資格

新しい論文が出ました

数年前に企画があり、かなり前に脱稿していた論文集がようやく出版されました。

ナカニシヤ出版という京都の学術系出版社ですが、最近地理学の本の出版も多いようです。その「21世紀の地域」というシリーズの4冊目です。このシリーズは既出論文をまとめたものもあり、今回の『ライブパフォーマンスと地域』にも既出論文が含まれていますが、私のは書き下ろし。

2012年に『地理科学』に書いた音楽研究の続編です。

http://www.nakanishiya.co.jp/book/b278792.html

成瀬 厚 2017. 音楽的星座:徘徊し,集うミュージシャンとオーディエンス.神谷浩夫・山本健太・和田 崇編『ライブパフォーマンスと地域ーー伝統・芸術・大衆文化』ナカニシヤ出版,86-105.

今回は抜き刷りという形で提供することはできません。よろしければ、所属する大学や近所の公共図書館などで購入していただくとありがたいです。

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研究報告会があります

久しぶりの書き込みになります。昨年11月以来ですが、自宅のパソコンが故障し、妻と共用しているため朝洗濯機を回しながらblog記事を書くという習慣が断たれています。

映画評に関しても、昨年の重要な成果である『永い言い訳』について書けていないのと、読了した図書も10冊以上になってしまい、回復できるかどうかわかりません。パソコンの新規購入も長男の入学準備などで家計が間に合わず、購入はいつになることやら。

さて、来週末にちょっとした研究会があります。私の報告を自信を持ってお薦めできる内容ではないのですが、『君の名は。』が空前の大ヒット中の新海誠の前作を少し大きめのスクリーン(といっても大学の教室でのDVDのプロジェクタ上映ですが)で私的に観ようという企画ですので、この機会に観ておきたいという方がいたら気軽にお越しください。詳細は以下の通りです。

日本地理学会 都市の社会・文化の地理学研究グループ

タイトル:新海誠『言の葉の庭』を観る――アニメ、都市、自然

報告者:成瀬 厚

新海誠監督のアニメーション作品『君の名は。』は昨年劇場公開され、大ヒットとなりいまだ上映中となっている。本報告では、新海作品の前作である中篇アニメーション『言の葉の庭』を鑑賞し、さまざまな観点から議論することを目的とする。

新海アニメ作品は『雲のむこう、約束の場所』(2004年公開)で青森県津軽半島を舞台とし、雲の向こうにエゾ(北海道)をのぞむ。『秒速5センチメートル』(2007年公開)では、東京から栃木までの電車の旅が描かれ、種子島も登場する。『言の葉の庭』(2013年公開)は新宿御苑を舞台とする。『君の名は。』(2016年公開)は東京と岐阜とを描くなど、具体的な地理的想像力を駆使する作家であるといえる。

また、星や雲、雪や雨などの自然物を作品の中核に置き、自然の地理学という観点からもさまざまな論点が見出せよう。同時に、東京では新宿を中心とした細密な都市風景描写においても地理学によって魅力的な素材である。そんな素材を用い、アニメーションの表現から、都市と自然の表象について議論したい。

日時 2017年1月28日土曜日 14:00~

場所 東洋大学5301教室

(白山キャンパス5号館3階、1階に井上円了記念館がある建物です)

http://www.toyo.ac.jp/nyushi/about/campus/hakusan/

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新しい論文リリース(『コミュニケーション科学』2016年)

2015年は論文が出なかった年ですが(ちなみに,1995年も2005年も出ていないので,5のつく年は出ないみたいですね),2016年に入ってとりあえず1本出ました。

成瀬 厚 2016. 表象を忘れない――新聞記事の地理学的研究を通じて考える.コミュニケーション科学 43: 85-106.

2012年に続いて東京経済大学の紀要に掲載させていただきました。この内容は日本地理学会2015年春期学術大会で報告し,『地理科学』に投稿していたものです。何度かやり取りした結果,掲載不可になってしまい,こういう形での発表になりました。

なお,今年は以前に執筆した原稿が論文集として出版されることになりそうです。

再来週3月21日には日本地理学会2016年春期学術大会が早稲田大学で開催され,私も発表する予定です。その際に抜き刷りを用意しますので,読んでみたいという方は声をかけてください。

もちろん,このblogの読者で読んでみたいという方がいれば郵送させていただきますので,メールでお知らせください。

といっても,本誌はウェブ公開もしていますので,しばらくすればPDFでも入手可能です。

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編集専門委員について

日本地理学会の学会誌『地理学評論』の「フォーラム」という雑文のコーナーに以前「学会誌のあり方についての緒論」という文章を掲載した(この文章はまるごとこのblogにも掲載しています→こちら)。このコーナーは文字数も限られているので,以前からいいたかったことを連載のように継続的に投稿していこうと考えていたわけだが,そう,思うようにはいかなかった。

続編として書いた文章はけっこう苦労してデータを集計したりもしたのだが,掲載不可との通知を受け取った。しかし,会員の学会に対する不満を公表する場もないのも民主的ではないと思い,1年前の投稿から読み直し,こうしてこの文章も図付きでこのblogに掲載することとした。まあ,このblogの読者は決して多くはないし,地理学者ではもっと少なくなるだろうが,記録のためにも公にしておきたいと思う。

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編集専門委員について

成瀬 厚

前稿で筆者は他学会での議論を参考に,『地理学評論』の査読・編集のあり方に関していくつかの提言を行った(成瀬 2014).そのこととは直接関係はないと思われるが,20144月から電子ファイルでの投稿が原則となり,論文審査にかかる時間が短縮されることが期待される.よりよい学会誌を目指すために,前稿で指摘した3点のうち,本稿では2点目の編集委員会の役割について,そのなかでも,今回は各委員の状況について考えてみたい.

「閲読者に関する内規」によれば,閲読(いわゆる査読)を行うのは,「編集委員以外の2名の閲読者」(いわゆる外部レフェリー)および担当編集委員の3名となっている.外部レフェリーの選出に関しては個々の投稿論文から編集専門委員会が決定するため,編集専門委員の責任によるところが大きいといえる.「日本地理学会細則」によれば,各専門委員長は理事の内から理事長が指名し委嘱し,その他の委員は各専門委員長が指名し,理事長が委嘱する,とある.つまり,誰が決めるかについては規定されているものの,どのような基準に基づいて選出するかについては明文化されていない.

編集専門委員の氏名は毎号の『地理学評論』に掲載されている.歴代の委員について確認すると,副委員長が次期の委員長になっていることが分かり,上記の細則は字義通りのものではなく,副委員長の決定がすなわち次期委員長の決定となっている実態が分かる.また,委員長,副委員長以外の委員についても,引継ぎの関係からか,23名が2期(1期の任期は2ヵ年度)連続で担当していることが分かる.

日本地理学会は『地理学評論』誌上で各専門委員の活動を報告しており,編集専門委員会についても,現在では8月を除いて毎月開催されている編集会議について報告されている.その報告には毎回の出席委員の姓が記載され,出席率が確認できる.図1は『地理学評論』が隔月発行になってからの3期分6ヵ年度の編集会議への委員の出席状況について整理したものである.これによれば,出席率が6割未満の委員が6割を占めていることが分かる.

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1 編集専門委員の編集会議出席率

こうした傾向からか,編集専門委員の人数は2008-2009年度の17人から,2010-2011年度の18人,2012-2013年度の21人と増加している.日本地理学会では対面による編集会議を重視しているようで,委員は関東地方在住の会員から選出されている.編集会議を欠席した委員に対してどのような報告がなされているのかは不明だが,ほとんど出席しない委員が少なくないことや,委員長と副委員長を含めて4人で開催された編集会議(201312月,201110月,20102月)があったことも確認できる.

委員に選出された会員でも,編集会議への出席が難しければ辞退することも可能であろう.また,受諾後でも任期中に出席しにくい状況になれば退任することはできるのだろうか.『地理学評論』誌上で毎年報告される「地理学評論編集専門委員会から」によれば,近年の年間審査論文本数は130本程度(2011年約130編,2012年約130編,2013年約80編)とされている.委員長・副委員長を除いた16人程度の委員が均等に分担すると考えると,各委員は年間述べ8本程度の審査を行う計算になる.複数の論文を平行して審査することを考えても4割未満の会議出席というのは問題があるものと思われる.その分,出席回数の多い委員への負担が大きいということだろうか.

続いて,選出された委員の資格について考えてみたい.日本地理学会の学会名簿を用いれば委員の年齢を確認できる.それによれば,最年少の委員でも30歳台後半であり,大学院生での委員選出はおそらく例がないと思われる.また,委員の所属のほとんどは大学での常勤職である.

多くの者が指摘しているように,日本地理学会会員は大学への就職前の大学院生時代に学会誌に多く論文を掲載し,就職してからは学会誌への掲載は減少する.矢ヶ崎(2005)によれば,30歳台後半の会員による論文掲載数は20歳台後半に比べて半数以下となる.このことを踏まえれば委員の多くが論文の掲載先を学会誌から別の媒体に変更していると予想することはできる.図2では各委員が『地理学評論』に掲載した論説・総説・短報のうち,単著あるいは筆頭著者の論文本数を示した.

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2 編集専門委員の『地理学評論』掲載論文数 

これによれば,『地理学評論』への論文掲載数が1本以下の委員が6割強を占めていることが分かる.一度も掲載したことのない委員が2割弱いることも確認できる.一方,1995年以降の学会賞(特に奨励賞)を調べてみると,48人の委員のうち7人が学会賞受賞者であり,1965年以降生まれの委員25人の3割を占めることが分かる.学会賞受賞の実績が委員選出の一つの基準となるのだろうか.

もちろん,これは『地理学評論』に限定した論文数であり,各委員の研究業績を示しているわけではなく,当然『地理学評論』への論文掲載数が少なくても優れた地理学者は少なくない.ただ,ここで問題としたいのは,『地理学評論』に投稿された論文を審査するには,自らが投稿した経験をどれだけ有しているかによって大きく左右されるのではないかということである.

『地理学評論』には7つの論文種別がある.掲載論文数が少なければそれだけ執筆した論文種別数も少なくなる.理念的に論文種別について理解しているのと,実際にその種別で執筆した経験を有しているかでは大きな差がある.また,大学院生時代における投稿は,委員会とのやりとりを指導教官と相談のうえで進めることもできる.投稿規程も度々改定されることの意味合いも,継続的に『地理学評論』に投稿している経験を有しているか否かで大きく異なってこよう.

ここまで,最近の編集専門委員について,編集会議への出席状況と『地理学評論』への論文掲載について言及してきたが,筆者は決して委員選出の基準にそれらを盛り込むべきだとは考えていない.無償による編集専門委員の仕事は,年間8編程度と想定される閲読作業など,決して負担の小さいものではない.だからこそ,編集専門委員に対する厳しい意見は抑制されがちであるのかもしれない.しかし, J-STAGEのようなツールを用いれば本稿のような調査は会員誰にでも容易であって,それは毎年『地理学評論』誌上で閲読者の氏名を公表していることから,閲読者についても同様な調査が可能であるということを,編集専門委員や閲読者は自覚して査読を行って欲しいと訴えたい.

文 献

成瀬 厚 2014. 学会誌のあり方についての緒論.地理学評論 87: 73-76

矢ヶ崎典隆 2005. 地理学研究者の論文生産年齢.地理学評論 78: i-iii

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理論地理学ノート

私が博士課程まで所属していた東京都立大学地理学教室(現首都大学東京)の人文地理学研究室が発行していた『理論地理学ノート』という不定期刊の雑誌があります。他大学の地理学教室にも寄贈されているはずですが,広く読まれていないのは事実。私が2001年刊行の12号に論文を掲載していただいた際にも,『人文地理』の「学界展望」には取り上げられなかった。

私の手元には,在籍中にいただいていた7号,9号,10号,12号があるが,今回それ以降の号の在庫分を譲っていただいたので,目次だけでもここで紹介しておきたい。

なお,16,17号については,大学のレポジトリで公開されています。

7号(1990年7月1日発行)

山手線の認知地図再考:若林芳樹

INDSCALによる認知地図の個人差の分析――新潟市を事例として:矢野桂司

多次元尺度構成法(MDS)による認知地図研究の進展――1980年代を中心に:杉浦芳夫

9号(1995年7月25日発行)

エントロピー最大化法による不完全地理行列のデータ推定方法:矢野桂司

2時限回帰分析における統計的推論:中谷友樹

多摩ニュータウンにおける商業地区と消費者の購買行動――”第四の山の手”あるいはノン・カテゴリー・シティの相貌:小堀 昇・杉浦芳夫

10号(1997年12月25日発行)

土地利用と一般チューネンモデル:小長谷一之

「下北沢」という現代の盛り場の創出――若者の街考:三上恭子

モデルからマルクスへ――現代地理学の「再モデル化」に向けての計画に関するノート――デイヴィド・ハーヴェイ(鶴田英一訳)

人文地理学の実践――フォード主義からフレキシブルな蓄積への移行における理論と経済的特性:ハーヴェイ, D.・スコット, A.(鶴田英一訳)

現代資本主義社会におけるマルクス主義地理学の基礎的問題に関するノート――ハーヴェイ(1997),ハーヴェイ・スコット(1997)の解題にかえて:鶴田英一

12号(2001年12月25日発行)

美しが丘の主婦たちは幸せか?――多摩ニュータウン南大沢地区の主婦の生活時間調査から:杉浦芳夫・宮澤 仁

「湘南」イメージを利用した郊外住宅地の創出:天野みどり

この部屋を見て!!――女性一人暮らしのカタログ:成瀬 厚

地理情報科学における「認知論的転回」――NCGIAの研究プロジェクトを中心として:若林芳樹

13号(2003年12月25日発行)

イギリスの地域住宅市場と労働市場格差――地域住宅価格と地域間人口移動の相互関係:磯田 弦

山梨県大泉高原におけるペンション地域の形成と地域社会:大竹 裕

西東京市柳沢住宅にみる旧工場従業者住宅地の変遷と周辺地域への影響:橋本玲未

14号(2004年1月10日発行)

特集「日本の都市地理学と渡辺良雄の中心地研究」

渡辺良雄 都市地理学関係主要著作目録

都市地理学研究の一局面――W. クリスタラーの受容と中心地研究を通しての故渡辺良雄先生の先駆的業績の成立と継承:寺坂昭信

中心地研究への道のり――西日本のフィールドから:森川 洋

盆地研究から中心地研究へ――東北大学を中心とする1960年以前の都市地理学研究の動向:阿部 隆

ある都市地理学の肖像――木内信蔵に焦点をあてて:竹内啓一

1960年代までの京都大学における都市地理学の研究状況:山田 誠

1970年代の名古屋大学における院生の研究動向と渡辺先生の思い出:阿部和俊

渡辺先生の思い出:山本 忠

渡辺良雄と都市研究センター:中林一樹

戦前期の商圏研究――日本における中心地論受容前史として:立岡裕士

外国人地理学者による渡辺良雄の1950年代英語論文の引用について:杉浦芳夫

15号(2006年2月25日発行)

2種の点分布間における空間的適合に関する一考察:石﨑研二

多摩ニュータウンの小・中学校校歌にみる地域性と時代性:藤田直子

ナチ・ドイツにおけるオーバーシュレージエン国境地域における中心地ネットワーク再編計画:杉浦芳夫

16号(2008年12月25日発行)

シチュアシオニスト・シティとしてのパリ――漂流,心理地理学地図,ドキュメンタリー映画:滝波章弘

高崎市中心市街地におけるバブル経済期以降の民間分譲マンション供給と人口推移:古屋泰大

都電をシンボルとした「ジョイフル三ノ輪」商店街の現状と課題:金原慎一郎・杉浦芳夫・原山道子

17号(2013年12月25日発行)

オルネ3000地区とサッカーをめぐって――パリ郊外のシテという領域:滝波章弘

井上 靖の自伝的作品にみる場所感覚――伊豆・湯ケ島の村から北へ:滝波章弘

2000年以降の東京郊外多摩市における民間分譲マンション供給とその居住者:古屋泰大・杉浦芳夫・原山道子

『理論地理学ノート』の発行元は「空間の理論研究会」となっていて,「空間の理論研究会と関わりの深いグレコ会」の活動報告が12号まで巻頭に記されている。私自身もそのグレコ会で初めて修士論文の研究構想を報告している(1994年4月6日)。

今年も日本地理学会春期学術大会の日程にあわせてグレコ会は開催されたが,そこに集まるのは首都大学東京地理学教室に関わりがあった人が中心となっている。ということで,そこで学んだ学生や院生が卒論や修論を掲載することもあったし,杉浦芳夫が中心となる科学研究費の報告を兼ねている場合もある。

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新しい論文リリース(『人文地理』2014年)

雑誌そのものはまだ到着していませんが,抜き刷りが先に到着したのでお知らせします。

2011年の秋に学会発表してから少しずつ書き続けていた論文が雑誌に掲載されました。当初は「論説」での投稿でしたが,結果的に「展望」になりました。『人文地理』の「展望」での掲載は初めて。

成瀬 厚 2014. 場所に関する哲学論議――コーラとトポス概念を中心に.人文地理 66: 231-250.

人文地理学会会員の方には抜き刷りをお送りしませんが,その他の人で興味のある方はご一報ください。抜き刷りをお送りいたします。

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大衆文化の地理学研究グループ

珍しく、研究上のお知らせです。
あまり学会活動をしていない私ですが、最近珍しく頻繁に参加している研究会があります。日本地理学会の「大衆文化の地理学研究グループ」といって、明治大学の大城直樹さんが世話人をしています。
研究グループといっても、堅苦しい研究報告会もありますが、たまに地理学者が集まってゆる〜く東京の待ち歩きなどもしています。
大衆文化の地理学といっても、かつての私の研究のようなメディア研究が主ではなく、むしろ文化経済学的な内容が中心のようです。といっても、さほど明確なビジョンがあるようではなく、来るものは拒まず的なところがあると思うので、興味がある人は気軽に参加したらいかがでしょうか。
検索してもあまりヒットしないようですので、ウェブサイトのリンクを貼っておきます。

http://www.kisc.meiji.ac.jp/~oshiro/pub_cul.html

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現代地政学

九州大学の高木さんから話をもらって数年前に翻訳に加わった本がようやく出版されます。2006年に初版が出版された『Introduction to geopolitics』が大幅に改訂されて2版が出版されるということで,当初は著者から原稿段階で入手したものを翻訳し,日英同時出版をもくろんでいましたが,あえなく断念。原著は2012年に出版されましたが,日本語版は遅れること2年。

私は第3章「地政的行為の正当化:地政的コードの表象」と

第5章「領域的地政学:世界政治地図の揺らぐ基礎?」を担当しています。

他の章はまだ第1章しか読んでいませんが,なかなか優れた本です。

地政学ということだけでなく,政治地理学の入門として使えると思います。

コーリン・フリント著,高木彰彦編訳 2014. 『現代地政学――グローバル時代の新しいアプローチ』原書房,375p.,3500円

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新しい文章が発表されました

成瀬 厚 2014. 学会誌のあり方についての緒論.地理学評論 87: 73-76.

学会誌には発表されていますが,「フォーラム」という種別で,査読論文ではありません。当然抜き刷りも作っていませんので,全文掲載します。

まあ,こういう文章も著作権的には学会に属するので,こういうことはしてはいけないかもしれませんが,某Y先生もやっているし,学会員に限らず,多くの人に読まれていい文章だと思いますので,いいこととしましょう。

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学会誌のあり方についての緒論

成瀬 厚

「学会誌は学会の顔である」(竹山 1988: 45)という言葉は日本地理学会に当てはまるだろうか.この比喩は学会員の属性によって異なるだろうが,学会の何の役職にもついていない筆者のような会員にとっては,本会への入会意義は自らの研究を投稿し,また他会員の研究に触れる媒体としての『地理学評論』の存在なくして考えられない.

この比喩表現が意味するところが多くの会員の思うところであるならば,より良い学会誌を目指して会員同士が議論すること,あるいは一会員が自らの経験から何かしらの提言を行うことは,より良い学会のあり方を目指す意味でも必要だと思われる.その議論の場として『地理学評論』誌上を用いることも適切だと考える.東京地学協会の『地学雑誌』は1999年に「21世紀の地学関連学会誌を考える」という特集を組み,47学会58誌に対してアンケート調査を行っている(地学雑誌編集委員会 1999).この特集で,当時の日本地理学会編集専門委員長が『地理学評論』の状況について詳しく報告している(杉浦 1999).それから十余年が経過する間に,新たなwebジャーナルとしてのE-Journal GEOが創刊され(2006年),『地理学評論』が月発行から隔月発行になり(2008年),英文誌がwebジャーナル化された(2008年).『地理学評論』の掲載論文も掲載から数年後にJ-STAGEからダウンロードできる状況になっている.

しかし,杉浦(1999)が指摘した『地理学評論』が抱えていた以下の状況は今日でも改善されていないように思われる.すなわち,一つは完成度の低い論文が投稿されるが故に投稿から掲載までの期間が長くなり,それが原稿不足につながるという.完成度が低いのは投稿者の多くが大学院生レベルの若手であることを指摘しているが,杉浦は投稿者に若手が多く中堅が少ないということは問題視していない.もう一つは,『地理学評論』の誌面が学会員の構成を反映していないという指摘である.前者は投稿者に帰せられる問題とされているが,後者については「地理評の改組を検討する時期を迎えている」(杉浦 1999: 704)という提言として主張された.上記のいくつかの変化は改組の一部といえるかもしれない.

筆者は何度かの投稿経験を踏まえ,『地理学評論』の編集のあり方に疑問を抱くようになった.そこで,筆者が考えるより良い学会誌のあり方についての提言をしていきたいと思う.本稿では,他学会におけるこうした議論を紹介し,筆者が賛同するいくつかの提言を示すこととしたい.今日ではJ-STAGEという便利なツールがあるため,関連キーワードで検索することによって,本稿の主題に関わる資料を集めることが容易であると同時に,本稿の読者が同文献を入手することもできる.

まず,学会誌の編集委員長が就任時に所信表明をすることを恒例とする学会は少なくない(大河内 2013; 三野 2004).また,過去の編集長からの意見が寄せられる場合もある(小山 2006; 杉山 2006).そうした学会誌では編集委員長の権限が比較的大きいといえる.『地理学評論』は毎巻最終号に「地理学評論編集専門委員会から」と題し,査読者の名前とともに編集に関わる事項が報告されているが,これはあくまでも事後報告であると同時に,委員長名ではなく委員会名であり,それはある種の匿名ともいえる.また,その内容は定式化しており,編集専門委員会のメンバーが変わっても大きな変更はない.『地理学評論』は編集委員長の権限がさほど大きくないという印象を受ける.このことは,特定の人物が主導するような編集方針というものが,『地理学評論』には明確にはされていないということである.

『地理学評論』の誌面が学会員の構成を反映していないと杉浦は指摘したが,これは必ずしも掲載論文著者の構成が学会員の構成と一致することを意味しないと思う.自身の執筆した論文が掲載されなくても,学会誌を読むことで有用な知見が得られることを期待して入会している会員もいるはずである.そういう場合には,読者としての会員が読みたい内容が『地理学評論』に掲載されるかということが重要だといえる.つまり,学会員の意見を反映した誌面にすることが望まれるのではないか.いくつかの学会では,読者の意見を汲み取るためのアンケート調査を行っている(「エレクトロニクス実装学会誌」編集委員会 2011; 電気学会誌編集委員会 1996).

いうまでもないことだが,学会誌の編集は書店に並ぶような雑誌の編集とは異なり,その主たる機能は論文の審査である.よって,論文審査に関わる議論もなされている.中村(2012)は自身の経験も踏まえているが,一般的な論文審査の理想が整理されている.こうした議論は,初めて投稿する者に投稿規程に書かれない暗黙の了解とされているような重要事項を教えてくれる.江口(2001)は査読者の役割について,主に特定の外国語論文に依拠しながら査読する側とされる側への注意を促している.その内容は10項目にも及ぶが,そのなかから3点ほど列挙しておこう.まず,自分が査読者として適切かどうかを自ら判断し,不適切だと判断したら原稿を送り返す勇気を持つこと.次に,査読者と編集者の役割を明確に区分している.査読者は投稿原稿の採択か否かを判断するのであって,文章の校正をするのではない.最後に,投稿原稿に対する否定的な意見については,査読者が投稿者に対して詳細な説明をすべきだという.

論文審査について実名を挙げながら非常に厳しい議論を掲載しているのが『心の諸問題論叢』である.2009年のVol.4では「論文審査を検査する」という特集が組まれた(酒木 2009).この特集については,後半で詳しく紹介したい.『地理学評論』は論文著者に査読者名を知らせていないが,上述の地学雑誌によるアンケートによれば54誌中10誌は査読者名を著者に知らせている(地学雑誌編集委員会 1999: 747).恐らく,査読者名を知らせないというのは,実名では批判的な意見を出しにくいという風潮から,特定の個人同士の利害関係を生まない形での公正な審査を目指すものだと思われる.また,著者名が査読者に知らされる場合は公正とはいえないとも考えられ,『地理学評論』でも杉浦編集長の時期は投稿者名を外部査読者に伏せていた(杉浦 1999: 698).しかし,明らかにこれは名目上の公正であり,実質的には多くの場合投稿者名は文献表等から分かってしまう.近年のネット社会でも明らかになっている通り,時には人間は匿名の場合により凶暴性を増す.

以上,他学会における学会誌編集に関わる議論を紹介してきたが,それらから筆者は以下の3点について指摘したい.1点目は学会員によって学会誌とはどのような意義を持っているのかを学会が把握すること.2点目は1点目を把握した上で果たすべき編集委員会の役割についてである.3点目は論文審査についてである.

1点目は詳しく論じる必要はない.早急に学会員が望む学会のあり方を把握する必要がある.学会誌に限定しないところでいえば,年に2回行われる学術大会への参加者の動向を把握することなどは今すぐにでもできる作業だが,その情報は学会(集会専門委員会)に属する.学術大会参加者と発表者の関係,発表者の属性,学術大会で発表された内容のうちどの程度が『地理学評論』に投稿され,どの程度が掲載されるのか.後半に列挙したことは学会誌があれば誰でも集計できる.2点目については紙幅の関係上別稿に譲るものとし,本稿では3点目について『心の諸問題論叢』で提示された意見を詳しくみることにしたい.

この特集は心の諸問題考究会で開催されたシンポジウムで報告された内容である.多くの報告者が自らの投稿経験,そして査読者としての経験を提示しながら論を進めている.ただし,ここで提示されている事例は当該学会誌におけるものではなく,心理学を中心としたいくつかの学会誌におけるものである.報告者の多くが提言していることの一つが,「学会の責任において査読者の名前と査読内容を公表するべきである」(酒木 2009: 2)というものである.このことは,「誰に査読されているのか分からない不気味感」(田澤 2009: 14)を解消することとなるが,決して投稿者と査読者が対等な立場になるわけではない.「査読する側が優位にあり,される側が劣位にあるという権力的構造は,揺るぎのないものである」(田澤 2009: 15).つまり,投稿者と査読者は根本的に公正ではありえない.その上でお互いが責任を持った言動を行うことを可能にするのが,査読者の氏名と内容の公開ということになる.

別の観点では,「当該の論文が,その学会の対象としている学問領域の論文であるか否かの判定」(麻生 2009: 62)が論文の採択の大きな理由とされるという.この点は,心理学と地理学の類似点といえるかもしれない.『地理学評論』においても特に「論説」において,投稿論文にはオリジナリティが要求される.オリジナリティの定義については個々の査読者の理解に依存しており問題が多いが,オリジナリティとはいわばこれまでの地理学研究になかった何かを有するということである.よって,オリジナリティとは捉え方によっては「その論文は地理学ではない」という不採択理由にもなりかねない.

この特集のなかで,本学会の編集専門委員にも是非一読していただきたいのは實川(2009)である.タイトルにあるように,心理学関係学会誌に投稿されて不採択となった2編の論文について,その内容と審査資料とを約9万字を費やして詳細に検討している.實川の信念は明確で,「論文の発表は学会員の基本的な権利なのだから,〈研究成果を発表したいという投稿者の願いの実現〉こそが編集者の使命であり,〈平等に会費を負担する学会員の委託に応える〉仕事なのである」(實川 2009: 38-39)というものである.より具体的には,「疑わしきは投稿者の利益に」(實川 2009: 56)という審査の原則の確立が提示されるが,実際の審査では「疑わしきは投稿者の不利益に」(實川 2009: 55)という原則が確立しているという.實川が検討した審査資料における「不採択をはじめ,不利な結論の所見には,不満,非難,要求があふれている.しかし,その根拠はきわめて薄弱であったし,一貫性がなく,矛盾さえ見受けられた」(實川 2009: 53)という.本文には用いられていないものの,キーワードには「アカデミックハラスメント」の語が含まれているように,こうした論文審査の現状を支えている背景には根深いものがあることを實川は指摘している.学会誌に掲載された論文が論文著者の「業績」となり,大学教員の採用基準に用いられる一方で,掲載されてしまえば内容は問われないという風潮があるという.

こうした検討を受けた實川の提言も明確である.「投稿論文の原則的な全編公開と公開での査読を,すべての学会が行えばよいだけである.(中略)これによって,論文の質は確実に向上する」(實川 2009: 55).実は2つ目の事例として検討された論文は2誌への投稿が不採択になったものだが,この『心の諸問題論叢』の当該号に4編の査読論文とともに掲載されている.この『心の諸問題論叢』はまさに實川の提言を実践している学会誌なのだ.

『地理学評論』の審査過程は比較的細かく規定され,明文化されている.しかし,筆者の投稿経験およびわずかな査読経験によれば,査読者(および担当編集委員)は採択を5段階で示すことになっているが,投稿者にはそれは通達されない.また,筆者は同一論文を複数回査読したことはないし,實川が審査途中から査読を依頼された時のように,他の査読者および担当委員の査読結果は通知されたことがないし,最終的な採択結果も知らされていない.

投稿者としての経験では,査読者からの修正意見に対して修正できない理由を細かく説明しても(編集委員会所見ではそれが要求されている),それに対して返答がなされることはあまりない.あったとしてもただ「それでは不十分ですから再度修正を要求します」といった類の意見である.つまり,『地理学評論』の査読審査の過程は細かく規定されているようでいて不明瞭な部分は多く,また「閲読に関する内規」の3項に示されているような,具体的な検討項目は挙げられているものの,その審査の原則については明文化されておらず,個々の査読者の裁量に任されているといえる.

『地理学評論』において審査内容をウェブ公開することは求めないまでも,査読者の氏名および判定結果を投稿者に通知することや,査読者が修正意見に対する投稿者の回答に真摯に対応し,採択が決定されるまでは査読者にもその経緯を報告するというような改善が審議されることを筆者は要求したい.

文 献

麻生 武 2009. “良い論文というものは査読つき学会誌に掲載されるものなのだろうか?心の諸問題論叢 4 (1): 62-65

江口和洋 2001. レフリーの役割について.日本鳥学会誌 50 (1): 46-50

「エレクトロニクス実装学会誌」編集委員会 2011. エレクトロニクス実装学会誌の今後の編集方針について――読者アンケート結果(実装誌Vol.13, No.7, 2010)を受けて.エレクトロニクス実装学会誌 14: 73

大河内 博 2013. 有益な情報提供と新たな発見につながる学会誌をめざして.大気環境学会誌 48 (1): i

小山 修 2006. 学会誌への期待.日本健康教育学会誌 14: 1

酒木 保 2009. 投稿論文審査を〈検査〉する――論文審査に際して起こっていることと体質.心の諸問題論叢 4 (1): 1-4

實川幹朗 2009. どんな論文がどのように不採択となるのか――二つの事例研究から.心の諸問題論叢 4 (1): 27-61

杉浦芳夫 1999. 地理学評論Ser.Aの現状と課題.地学雑誌 108: 696-705

杉山幸丸 2006. 学会機関誌の編集方針についての提言.霊長類研究 22: 29-36

竹山和彦 1988. 学会誌のあり方.図学研究 43: 45-48

田澤安弘 2009. 論文査読の政治学.心の諸問題論叢 4 (1): 11-16

地学雑誌編集委員会 1999. 地学関連学会誌に関するアンケートの結果から.地学雑誌 108: 746-750

電気学会誌編集委員会 1996. 電気学会誌はこう読まれている――13月号読者モニタ調査の結果.電気学会誌 116: 614-615

中村好一 2012. 公衆衛生分野の学術誌における査読のあり方:査読に対する一つの私見.日本健康教育学会誌20: 131-137

三野 徹 2004. 学会誌のあり方の点検と編集の活性化に向けて.農業土木学会誌 72: 273-274

(東京経済大学非常勤講師)

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私の論文ダウンロード

ちょうど7年ほど前に作った私の業績一覧表ですが,たまには更新したいと思います。今年は私が初めて学術雑誌に論文を載せてから20周年記念の年ですし。

ちょうど新しい論文がほぼ同時に2本発表されました。『地理学評論』掲載論文については手元に抜き刷りがありますので,ご希望の方はメールでお知らせください

成瀬 厚 1993. 商品としての街,代官山.人文地理 45: 618-633.⇒「1993.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 1994. わが国の地理学における文化研究に向けて.地理科学 49: 95-108.⇒「culture1994.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 1996. 『Hanako』の地理的記述に表象される「東京女性」のアイデンティティ.地理科学 51: 219-236.⇒「1996.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 1996. 現代吟遊詩人の声を聴く─―甲斐バンド『英雄と悪漢』の分析.地理 41 (12): 46-52.⇒「1996b.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 1997. 地政学的意識と批評.地理学評論 70A: 156-166.⇒「geopolitics.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 1997. レンズを通した世界秩序――世界の人々をテーマにした写真集の分析から.人文地理.49-1:1-19.⇒「1997.pdf」をダウンロード

Naruse, A. 1997. A note on the concept of place. Geographical Reports of Tokyo Metropolitan University 32: 59-68.⇒「place1997.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 1997. 『地と図』を読む.地理科学 52: 107-117.⇒「geoimage1997.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 1999. 小説の時空間分析――クンデラ『冗談』をテクストに.地理科学 54: 81-98.⇒「1999.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 2000. マトリックスから何が生まれるか?――映画『マトリックス』の場所論的解釈.地理科学 55: 107-116.⇒「matrix2000.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 2000. 東京生活のススメ――女性週刊誌『Hanako』が提供する賃貸住宅情報の批判的解読.季刊地理学 52: 180-190.⇒「hanako2000.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 2001. 東京・武蔵野・江戸――写真による地理的表象と自我探求.地理学評論 74A: 470-486.⇒「tokyo2001.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 2001. この部屋を見て!!――女性一人暮らしのカタログ.理論地理学ノート 12: 39-46.⇒「2001.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 2002. 拾い集めて都市と成す――泉 麻人の街歩き.10+1 29: 117-126.⇒「2002.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 2004. 場所の文法――地理学における隠喩論と都市ガイドの分析.地理科学 59: 98-114.⇒「2004.pdf」をダウンロード

成瀬 厚・杉山和明・香川雄一 2007. 日本の地理学における言語資料分析の現状と課題――地理空間における言葉の発散と収束.地理学評論 80: 567-590.⇒こちら

成瀬 厚・香川雄一・杉山和明 2008. 言説概念を介してみる人文地理学者のアイデンティティ――日本の地理学者に対する意識調査の解釈から.空間・社会・地理思想 12: 13-20.⇒「SSGT2008.pdf」をダウンロード

成瀬 厚 2012. 街で音を奏でること――2005年あたりの下北沢.地理科学 67: 1-23.

成瀬 厚 2012. 歩きて街に文字を刻む――ポール・オースター『ガラスの街』の間テクスト分析.コミュニケーション科学 35: 153-177.⇒こちらからダウンロードしてください。

二村太郎・荒又美陽・成瀬 厚・杉山 和明 2012. 日本の地理学は『銃・病原菌・鉄』をいかに語るのか――英語圏と日本における受容過程の比較検討から.E-Journal GEO 7 (2): 225-249.⇒こちらからダウンロードしてください。

成瀬 厚 2013. 地名を用いた公共施設のプロモーション――空港名の愛称化を事例として.E-Journal GEO 8 (1): 78-95.⇒こちらからダウンロードしてください。

成瀬 厚 2013. 遠近法主義に抗う現代風景芸術――芸術を対象とする景観研究.地理学評論 86: 413-435.

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