【映画日記】『金子文子』『オールド・オーク』『急に具合が悪くなる』
本当に久しぶりの映画日記です。こうして記録を観ると、1ヵ月に1本しか観られなくなっていますが、この3ヵ月はかなり濃い作品を観ていることが分かります。
2026年4月20日(月)
渋谷ユーロスペース 『金子文子 何が私をこうさせたか』
1903年に生まれ、1926年に獄中で自死した女性。朝鮮人朴烈と一緒に虚無主義/無政府主義運動に身を投じる、というところまで、そして朴の膝に座った写真を知ってはいた。個人的に無政府主義=アナキストには関心があったので、金子文子についても知りたいとは思っていたが、浜野佐和監督の手により映画化されるという情報が、確かTwitterで流れてきて、製作費をクラウドファンディングで募っているということで、だいぶ前に少額だが出資していた。当時はクラウドファンディングのサイトから頻繁にニュースが流れてきたが、完成・上映開始の情報は何度もは来なかったので、観られるかどうか半ば諦めていたが、何とか観ることができた。以前にも獄中死した日本共産党員、伊藤千代子を描いた映画『わが青春つきるとも』があったが、どうしても似たような雰囲気にはなってしまう。
ただ、本作は金子文子を演じるのが葉菜葉だったというところが大きかった(伊藤千代子を演じた井上百合子さんもとても良かった)。まあ、これだけの人物なので、本作は見どころも多く、十分楽しめた。個人的には洞口依子の出演が嬉しかった。若かりし頃は独特の雰囲気を醸し出す俳優さんだったが、こうして加齢して落ち着いた雰囲気の演技をされている姿を見られたのはよかった。
https://kanekofumiko-movie.com/
2026年5月5日(火、祝)
新宿武蔵野館 『オールド・オーク』
ケン・ローチ監督作品。本作は、『わたしは、ダニエル・ブレイク』『家族を想うとき』に続く三部作ということで、私はこれら2作も観ていて、自分ではケン・ローチのファンだと思っていたが、改めてWikipediaを確認すると、鑑賞した作品は決して多くないことが分かった。1969年の『ケス』をシネ・ヴィヴァン六本木かどこかの再上映で観た時の衝撃が強く、すごい監督がいるもんだと思った。その後、岩波ホールで1995年の作品『大地と自由』を観ているが、当時の私には難しく、『ケス』の監督の作品だと認識していたかどうかは分からない。その後、1998年の『マイ・ネーム・イズ・ジョー』、2002年の『SWEET SIXTEEN』、2004年『やさしくキスをして』、2006年『麦の穂をゆらす風』(キリアン・マーフィー主演)と観てきたが、その後の作品は観たかどうかさだかでない。
まあ、いずれにせよ、観るたびにうなってしまう、作品を世に出し続けている監督であり、私のイギリス像を形成する最も重要な情報源かもしれない。本作は、かつては炭鉱で栄えたが、閉山後すっかりさびれてしまい、空き家になった住宅に支援団体が次々とシリア難民を送り込んでくる。すっかり高齢になった元鉱夫(の息子?)たちは主人公が経営しているパブ「オールド・オーク」に入り浸り、難民たちへのヘイトを繰り返す日々。日本映画でも同じような演出の映画が作れそうだが、多分それをみると、やりすぎだと思うだろうが、英国の観衆にとっては、これがリアルなのだろうか?前二作と比べて、希望の持てるラスト、というのは『しんぶん赤旗』での映画評通りだが、正直な感想としてはちょっと過剰演出な気もする。
https://oldoak-movie.com/
2026年6月25日(木)
府中TOHOシネマズ 『急に具合が悪くなる』
濱口竜介監督作品。Wikipediaをみると、1978年生まれで決して最近出てきたわけではない。私が彼の作品を知ったのは2018年の『寝ても覚めても』だが、主演二人の不倫騒動で柴崎友香原作であることすら話題から遠のいてしまった作品だったが、私のなかには何かが残った。ということで、2021年の村上春樹原作の『ドライブ・マイ・カー』を観たわけだが、この作品で一躍有名になり、同じ年の『偶然と想像』も観た。『偶然と想像』の映画日記にも書いたが、圧倒的な精緻な作品制作が評価されるべきだが、私はその完璧さにどこか不満を感じてしまう。
ということで本作だが、主演のヴィルジニー・エフィラと岡本多緒がカンヌ映画祭で主演女優賞を受賞したということで、また話題となった。とはいえ、3時間を超える作品で観られるかどうか不安もあったが、なんとか観ることができた。しかも、久しぶりに夫婦で観ることとなった。予備知識は、哲学者と人類学者の対談本が原作であるということくらいだったので、長塚京三が一人芝居の俳優を演じるということには心躍った。長塚演じる男の孫で、自閉症の少年を演じる黒崎煌代も注目すべき作品であった。
3時間を超える上映時間を長くさせているのは2人の主人公の対話である。これを抜いて2時間程度の通常上映時間の映画としても一級品だが、原作は読んでいないが、女性二人の哲学対話が本作の真骨頂であり、同時にそれを映画独自の脚色としての2人がそれぞれ高齢者介護と演劇という実社会に見事に結び付けているのが本作の最大の魅力である。そして、2人の対話は多岐にわたるのだが、対話のクライマックスはマルクス主義的解釈による資本主義社会批判であるといえる。だからこそ『しんぶん赤旗』でも大々的に取り上げている。映画では日本人女性がソルボンヌで哲学を学び、フランス人女性が早稲田大学で人類学を学んだという設定だが、人類学にしても哲学にしても、マルクスを読むことは避けられない、そんな発言すらあった。
長塚さんの一人芝居もとても良かった。『ドライブ・マイ・カー』でも劇中演劇があったが、この手法は本当にこの監督の魅力である。長塚さんのフランス語も素晴らしく、また日本語とフランス語の使い分けもこだわりがありつつ自然でよかった。女性二人の日本語とフランス語(二人とも両方を使える)の会話もはじめの頃は日仏まじりあってとても自然だったのだが、後半からマリーはフランス語、真理は日本語になっている。長塚さんのセリフのなかに「感情を込めるときは母国語で」とあったので、二人の会話も遠慮して相手に合わせることを終わりにした時点からお互いに母国語を使う、という暗黙のルールに変わった、と解釈できないことはない。とはいえ、些細な日常会話については日仏入り混じった方がよかったかな、とおせっかいな感想です。
それから、やはり私自身は濱口監督作品にもう少し遊びが欲しいと感じる。美しいものだけでなく汚いものを、整ったものだけでなく乱れたものを、画面に映し込んで、その価値基準をフラットにするような作品になったら、私もより濱口作品を好きになるかな、と思う。
https://www.bitters.co.jp/soudain/


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