映画・テレビ

沖縄とベトナム

2017年8月19日(土)

新宿テアトル 『海辺の生と死

満島ひかり主演ということでチェックしていたが,それ以外にも観たい要素はあった。原作者である島尾ミホは島尾マホの祖父である。島尾マホは自身が高校生の頃に漫画家としてデビューした後,さまざまな雑誌でエッセイを書くなどの活動をしている女性。その父親が写真家の島尾伸三。彼女が娘マホを幼い頃に撮影した『まほちゃん』という写真集が印象的で,随分以前から所有していた。島尾伸三の奥さんも潮田登久子として写真家である。以前,水戸の茨城県立美術館まで,家族展を観に行ったことがある。トークショーに合わせていったのだが,その際の司会というかゲストがホンマタカシだった。

さて,作品だが,舞台は沖縄の離島ということになっている。モデルとされているのは加計呂麻島ということだが,さすがの私も知らない。撮影は奄美大島を中心に行われたらしい。満島ひかり自身沖縄県出身だが,作品ウェブサイトのプロフィールにそのことは示されていない。方言や歌において,出身地は活きているのでしょうか。まあ,ともかく彼女ならではの存在感のある配役でした。地元の子どもたちを使ったと思いますが,その生き生きとした姿もいいですね。

 

2017年8月26日(土)

新宿武蔵野館 『草原に黄色い花を見つける

米国アカデミー賞の外国語映画部門でベトナム代表として選ばれた作品とのこと。1980年代後半が舞台となっています。比較的貧しい農村に住む子どもたちを中心とした映画。前半は子どもたちの生活を淡々と描いていて,ちょっと退屈しますが,後半からは物語が展開していって,なかなかの脚本。子どもたちの想像と,大人社会が作り上げる差別と隠ぺい,ちょっと『ギルバート・ブレイク』などの作品を思い起こさせる雰囲気があります。タイトルも直訳に近いですが,なかなかいいですね。

 

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観光映画2本

2017年7月26日(水)

この日は私の47歳の誕生日。しかし,水曜日であり,早稲田大学は授業があった。例年は誕生日の週には夏休みに入っていたが,半期15回の授業がかなり徹底されるようになり,14回だった東京経済大学も,1回少ない分の補講が要求された。もちろん,給料はそのために増えるわけではない。しかし,この日の授業は午後だけなので,新宿で午前中に映画を観ることにした。しかも,水曜日は武蔵野館系列やテアトル系列はサービスデーで1000円,あるいは1100円。

新宿シネマカリテ 『逆光の頃

最近,高校生の学園ラヴ・コメディは非常に多いが,地方の高校生を中心に据える映画は『うん、何?』以来か。2008年公開の『うん、何?』といえば,主演の橋爪遼氏が逮捕されるというニュースがあったが,あの映画では非常に素朴な演技で好印象だったがゆえに非常に残念。
こちら,『逆光の頃』は京都が舞台。若いキラキラした少年少女(高校生は青年?)が,非常に美しく撮影された今日との風景の中を移動する,まあそれだけの,いわば観光映画。相手役の葵わかなを松本 潤との噂の葵つかさと間違いて,ちょっとよこしまな期待を抱いて観始めたが,葵わかなが登場するなり,この体でAV女優はないだろうと勘違いに気づく。わかなさんはNHKの朝ドラ次期主演に決まっている女優さんとのこと。

 

8月4日(金)

この日は日本地理学会の研究グループの研究会があり,会社を休んで午後から八重洲に行く。せっかくなので,午前中に有楽町付近で映画でもということで,時間を調べると,1本だけ間に合う作品がありました。久しぶりに日比谷シャンテですが,ここもTOHOシネマズになっていますので,たまっていた6ポイントで無料鑑賞。

日比谷シャンテ 『ボンジュール,アン

ダイアン・レイン主演作品ですが,それより驚いたのは,エレノア・コッポラという名前の監督が,フランシス・コッポラの奥さんだということでした。『地獄の黙示録』に関するドキュメンタリー映画を共同で監督したことはあったようですが,単独のフィクションとしては初監督とのこと。主人公は映画プロデューサーの妻で,カンヌ映画祭でカンヌに来た後,撮影現場に移動する夫には同行せず,夫の仕事仲間のフランス人の運転でパリまで行くというストーリー。行く先々で美味しいものを食べ,美しい風景を見るというこちらもフランスの観光映画。 

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47歳になりました

2017年7月1日(土)

立川シネマシティ 『セールスマン
アカデミー賞外国語作品部門を受賞したイラン映画。「セールスマン」というのは主人公が演じる劇中劇の題目。劇中劇のある作品というのは,映画に関するメタ映画的省察が含まれるという意味でも秀作が多いが,本作も非常に洗練された印象を与える。しかし,同時に性犯罪を扱ったサスペンスドラマとしては,その性に関する価値観の異なる国が舞台ということもあり,ラストは若干すっきりとは理解できない。アスガー・ファルハディ監督の作品はいくつか観ていますが,シンプルに映画の魅力を伝える作品を作り続けていますね。今後とも日本での公開が続くと嬉しいです。

 

7月4日(火)

新宿テアトル 『海辺のリア
『春との旅』に続く,小林政広監督と仲代達也の組み合わせ。今回,仲代さんの相手役をするのは,黒木 華。この2人の海辺でのやりとりは面白い。他にも,阿部 寛,原田美枝子,小林 薫と名だたる俳優を使っていますが,イマイチ。リアとはシェイクスピア作品の『リア王』からきています。海辺での仲代さんの一人芝居が上映時間のかなりを占めています。かつて俳優だった少し痴ほう症の進んだ老人。この一人芝居が本作の見どころであるがゆえに,阿部 寛による一人芝居がどうしても比較されてしまう。しかも,ここでいう芝居とは映画的なそれではなく,明らかに演劇的なそれ。どちらも経験豊富な仲代氏に,テレビや映画主体の阿部氏がかなうはずはありません。全体的に,そういう意味で芝居かかった演劇的な作りになっている映画で,個人的には退屈してしまいました。

 

7月23日(日)

新宿武蔵野館 『彼女の人生は間違いじゃない
妻が薦めるので観に行った廣木隆一監督作品。福島を舞台にし,母を亡くし,父は仕事を失い,役所で働きながら週末は東京でデリヘル嬢をするという女性が主人公。確かに,福島の現在の映像もふんだんに用いられ,主人公が暮らす仮設住宅もおそらく実在するものでのロケだと思う。ノンフィクションではなく,あくまでもフィクションとして現在の福島を描くという試みは評価しなくてはならないが,それがゆえの難しさも露呈している作品のようにも思う。確かに,久しぶりに廣木作品を観て,しかも高良健吾君も出ていて,最後にはキタキマユさんを見ることができるという廣木さんらしい作品ではありますが,個人的にはあまり好きになれない作品でした。こういう形で光石 研を使うのもあまり効果的ではないかと。柄本時生君のシーンは個人的に好きです。
 

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朝晩は涼しくて過ごしやすい

2017521日(日)

新宿シネマカリテ 『スウィート17モンスター

いわゆる米国の学園ものだといわれればそのとおりだし,17歳少女の葛藤を描く作品も少なくない。でも,この作品はなかなか独特の雰囲気を放っている。主演のヘイリー・スタンフェルドは今回初めて観たがすでに若手の期待の星で音楽活動もしているとのこと。いわゆる美人ではないが,メイクや服装によって雰囲気がガラッと変わるのはまさに女優という感じ。「モンスター」という邦題は現代にはないものだが,いわゆる日本の「モンスター・ペアレンツ」などに使われる語義として採用されている。自分で勝手に被害者意識が妄想しちゃって周りを困らせるという意味ではなかなかいい邦題。私も子育てをしているが,なかなか自分がこうなってほしい,こういうことはしてもらいたくないというのは言ってもきかないもので,自発的な気づきに任せるしかないというのはよく思うこと。要は年齢には関係ないということですね。これからが楽しみであると同時に不安です。

2017年5月28日(日)

立川シネマシティ 『マンチェスター・バイ・ザ・シー

主演のケイシー・アフレックがアカデミー賞を受賞したという作品。アカデミー賞作品にしては地味な雰囲気で,ミシェル・ウィリアムズも出演していたので,観に行った。いやあ,観てよかった作品。アカデミー賞では脚本賞も受賞しているんですね。マンチェスターというのは英国の都市名しか知らなかったけど,米国にもあるんですね。まさに海のそばにある小さな町ということらしいです。
いきなりネタバレをしてしまうと,主人公は3人の子どもと幸せに暮らしていたが,ある日酔っぱらった夜の日の後始末で自宅を全焼させてしまい,子どもたちを亡くしてしまう。もちろん,離婚し別の町で他人に心を開くこともなく過ごしている,という設定。この設定はちょっと単純だが,その後の話が丁寧に組み立てられていて,主人公の甥,パトリックを演じるルーカス・ヘッジズの存在もこの映画では大きい。人生のマイナス面を強調したり過度な演出をするのではなく,淡々と描きさりげなく希望の光を感じさせる作品。

2017年6月17日(土)

渋谷シアター・イメージフォーラム 『

河瀨直美の最新作。今回もカンヌ国際映画祭に出品した作品。映画祭のニュースで作品の存在を知った。しかも,すでに公開は開始されていて,なんとか映画館で観ることができた。冒頭で近鉄奈良駅が出てきて,嬉しくなる。『2つ目の窓』は鹿児島県の奄美,『あん』は東京が舞台だったが,河瀨監督は奈良県をベースとした作品制作をする日本では珍しい監督だったが,久しぶりに奈良に戻ってきた。
視覚障がい者のための映画の音声ガイドをつけるという仕事をしている主人公。優れた映画監督は,自分がやっている映画制作ということ自体を映画に盛り込むことがよくあるが,本作も映画とは何か,観る者にとって映画とは何かというテーマに向き合った作品といえる。しかも,視覚障がい者にとっての映画ということで,音に敏感になる。河瀨作品は映像だけでなく,音響にもこだわりがあるので,その辺も際立っている作品。さらに,タイトルもそうだし,永瀬正敏演じる男は視覚を徐々に失っていくカメラマンという設定で,光=人生の希望的なところでそれを失うのか取り戻すのかという結末。
主人公の女性の父親が失踪するということとか,残された母親が行方不明になって森の中をさまようシーンとか,河瀨監督の過去の作品のモティーフがいくつか使われていますね。ちょっと後半に盛り上がりの欠ける感じもありますが,それが逆にいいのかもしれません。仰々しくなくさらっと終わっていく。

 

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久しぶり映画日記

以前のように映画のを観た日付もしっかり記録を取らなくなってしまい,1か月に1,2本になってしまったので,blogにかける頃には記憶も薄れてしまって,日付はかなり適当になっています。
 
2017年4月9日(日)
立川シネマシティ『わたしはダニエル・ブレイク
ケン・ローチ監督作品ということで,観に行きました。なんと,監督は私の母親と同い年のようです。80歳でもまだまだ現役ですね。『マイ・ネーム・イズ・ジョー』ってタイトルも1998年にありますが,本作も世間的には無名の個人をたたえる作品です。もちろん,フィクションではありますが。
もう上映が終了してしまった作品なので,いきなりネタバレですが,なかなか難しい作品。主人公が最後に亡くなってしまうという後味の悪さ。映画的な盛り上がりは一箇所ありますが,基本的には理不尽な日常を淡々と描く作品。何かが好転したと思うと,何かがうまくいかない,という社会の在り方をリアルに描きます。
2017年4月14日(金)
府中TOHOシネマ『パッセンジャー
TOHOシネマズの14(とうフォー)シネマズデーに休みを取ったということで選んだ作品。これぞというのはありませんでしたが,ジェニファー・ローレンスを観たかっただけ。地球から別の惑星へと移住が可能になった未来の話。とはいえ,その星までは何光年も離れているので,冬眠技術が発達し,冬眠状態で100年以上かけて移住するという設定。
なのに,主人公の男性は途中で目覚めてしまい,奮闘するというお話。最終的に,カプセルの中にいる女性に一目ぼれし,そのカプセルを故障させ,男女2人が宇宙船で過ごすという内容。まあ,設定は面白いけどそれ以上はかなり無理のある作品。ともかく,ジェニファーちゃんでなければ観るに堪えない映画。その分,彼女の身体的魅力(演技ではなく)は存分に味わえます。
2017年5月6日(土)
立川シネマシティ『カフェ・ソサエティ
連休中に1本は映画を観たいということで,家族で立川に行き,観ることにした。観たい映画はいくつかあったが,時間的制約のなか,ウディ・アレンの新作を選択。今回は若手俳優をキャストに選んでいますが,そのチョイスはいいですね。主人公はジェシー・アイゼンバーグ,相手役はクリステン・ステュワートとブレイク・ライブリー。個人的にはブレイク・ライブリーの出番がもっと多ければよかったけど。
ちなみに,二人の女性の名前がヴェロニカという設定になっている。「ふたりのベロニカ」といえば1991年のキェシロフスキ監督による名作。ウディ・アレンが特定の作品のオマージュを作るという話はあまり知りませんが,本作はそうなのでしょうか?まあ,もちろん作品自体の内容は違いますが,久しぶりに『ふたりのベロニカ』を観たくなりました。ウディ作品にしては普通のラブストーリーですね。もちろん,十分楽しめました。

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新年度です。

2017年2月24日(金)

有楽町ヒューマントラストシネマ 『たかが世界の終わり

最近、非常に評価が高いとされるグザヴィエ・ドラン監督。なぜか、私は彼の作品を観ることがなかったが、本作は主演俳優は知らないものの、マリオン・コティヤールやヴァンサン・カッセル、レア・セドゥなどフランスを代表する俳優たちが出演しているということもあって、観ることにした。

ヴァンサン・カッセルは、1995年の『憎しみ』という作品から知っている。この映画はフランス版『トレインスポッティング』だと勝手に思っていて、その後スターになったユアン・マクレガーとともに思い入れがある俳優。フランス映画『TAXi』シリーズに1作目から出ているとのことだが、彼女をいつどの作品で知ったのかは思い出せないが、英語圏の映画に出演する前から知っていた。1996年の『そして僕は恋をする』という作品にも出ていたらしい。この作品はおそらく観ていたと思うが、マリオンはそんなに主要な役ではないので、そこできちんと記憶していたかどうか。レア・セドゥもいつどの作品で知ったかは思い出せませんが、若かりし頃から知っている女優。

前置きが長くなりましたが、イライラする映画です。主人公の男は「自分の死期」を知らせるために十何年ぶりに家族のもとを訪れるという設定。その間に年の離れた妹は大人になり、兄は結婚している。設定としては、主人公はゲイでそれが故に田舎町を離れ、都会で劇作家として活躍するということになっている。死期が近いというのはゲイであることと関係あるかどうかわからないが、少なくとも「腫れ物に触るように」息子を可愛がる母親と、マスキュリニティむき出してゲイの弟を宇宙人のようにまなざす兄という構図は有り体だ。ともかく、肝心なところを言葉で説明しない一方で、映画は言葉で満ちているという映画。フランス俳優を使っていますが、舞台はアメリカ的風景ということで、フランス語圏のカナダが舞台のようですね。まあ、そのギャップは面白いです。確かに、映画通に受ける理由はわかりますが、かなり苦手な作風です。まあ、他の作品も同様だとは思いませんが。

2017年3月4日(土)

府中TOHOシネマズ 『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険

私の実家に置いてある漫画本を少しずつ持ち帰って、それを息子が読むようになっている。そんなこともあって、最新の映画ドラえもんを息子は楽しみにしていた。早々と前売り券を購入し、公開初日に観に行くことにした。

私にとってドラえもんとはもちろん大山のぶ代な訳だが、そうもいってられない。そもそも原作者の藤子・F・不二雄はとうの昔に亡くなっているのだし。しかし、こういう場合の「原作:藤子・F・不二雄」というのはとても疑問だ。確かにキャラクターグッズにも著作権があるのだから、そのキャラクターを使った他人が作ったオリジナル・ストーリーにも原作者の存在が付きまとうのはしょうがないとは思うが、著作権料の分配などはどうなっているのだろうか。

まあ、ともかく最近昔のテレビアニメ版も観せているわけだが、大山のぶ代さんがドラえもんの声を引退する際に、他の声優もすべて入れ替わったというのは初めて知った。『サザエさん』のように順次入れ替わるのではないというのは面白い。

さて、映画の内容ですが、さすがに大人でも楽しめるようにはできています。しかし、出てくる怪物(?)が宮崎 駿作品のパクリだと思わざるを得ないような感じでちょっと興ざめ。まあ、仕方がありませんね。毎年毎年長編映画を考えるってのも大変ですから、徐々に様々な映画のパロディというか、ツギハギというか、そんな引用は否めません。

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今年に入って観た映画

2017年2月1日(水)

新宿シネマート 『太陽の下で

映画サービスデイに何を観るかと悩み、時間的にもちょうどよかった北朝鮮のドキュメンタリーを選択。ロシアの映画監督が北朝鮮の日常を描くために企画するが、その台本は北朝鮮政府当局が書き、北朝鮮によって演出がなされるといった内容。ドキュメンタリー映画でありながら、北朝鮮の演出家が度々登場し、「ああじゃない、こうじゃない」と指示を出し、やり直しをさせる。

よくメディアなどでも登場する北朝鮮のマスゲームなどに代表されるように、北朝鮮という国は国民全体に対する厳しい統制がなされているという印象を私たちは持っている。この映画はその印象を確実なものにするが、一方では私たちの生活そのものを問い直すことにもなる。

社会学で「役割論」とか「演劇論(ドラマトゥルギー)」という議論があるが、私たちは社会の一員として何かしらの役割を演じることで成員として認められるという。北朝鮮の状態は特異なものだと私たちは思いがちだが、果たしてそうであろうか、また北朝鮮の国民は不幸で、私たちは自由を謳歌していると思いがちだが、果たしてそうであろうか、そういうことを考えさせる映画だと思う。

2017年2月9日(木)

立川シネマシティ 『未来を花束にして

キャリー・マリガン主演ということで、早速前売り券を購入。観終わって、やはり彼女は今私が一番好きな女優だと確信。ヘレナ・ボナム=カーターも主要な人物として出演しているが、最近ティム・バートン監督作品ばかり出ているが、昔はこうした英国の歴史作品に出ていたなあと思い出す。歳は取りましたが、いい味を出しています。メリル・ストリープの出演を知った時は「うーん」と思いましたが、ちょい役だったのでよかった。主人公の夫役にベン・ウィショーが配役されていることも贅沢。

本作は、英国で女性の参政権が獲得されるまでの女性運動を描いています。しかも、当初そうした運動は平和的に行われていましたが、なかなか耳を貸さない男性たちに対して徐々に暴力に訴えていくその段階を中心に描いているところが今日的な映画に仕上がっています。女性たちは街中でテロ行為を繰り返します。といっても、一般市民を犠牲にしないという細心の注意を払って、やることといったら郵便ポストの爆破などと小規模なものですが、最後に描かれるのはちょっとした自爆テロ。こちらも自分は亡くなったがそのほかの犠牲は競走馬ちょジョッキーの負傷といった規模のもの。

しかし、それらを観るにつれ、現代のテロを思い起こさずにはいられません。当時の女性たちは言葉で説明しても聞いてもらえない、ということから世間の注目を浴びるためにテロ行為を行うわけです。しかも、人命に関わるような大きな行為はそれこそ最終手段。そもそも社会の半分を占める成員の声をなぜ聞こうとしないのか、と今日から考えると不思議なことですが、これを英国社会から、全世界に思考を拡張してみましょう。世界の半分がイスラーム教徒とはいいませんが、キリスト教徒の割合と比較しても少ないなんてことはない。しかし、世界はキリスト教を基礎とする欧米によって支配されている。男女の対立をキリスト教 対 イスラーム教に当てはめるのは強引ですが、ともかく「対テロ戦争」とか「テロの封じ込め」というのはまさにこの映画で警察による女性運動の取り締まりと同じように思えます。

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昨年観た映画報告終了

2016年12月29日

新宿テアトル 『この世界の片隅に

前日も新宿に映画を観にきていたので、テアトル新宿にもちょこっと寄って観ましたが、なんと立ち見が出るほどの混雑ぶり。舞台挨拶などあったのかと確認したがないようなので、劇場スタッフに聞いてみたら、平日でもかなり席が埋まっているとのこと。その場で座席指定をしておこうと考えたが、新宿のチケット屋を回っても前売り券を購入することができず、やむなく帰宅してからネットで予約。1800円の通常料金でした。

まあ、本作は『君の名は。』についでロングランで話題になっていますから、細かい解説は必要ありませんが、やはり観て良かったと思える作品でした。あまり前情報を入れませんでしたが、広島から呉へ嫁に行った女性の物語です。呉は軍港ですから、空襲という意味では広島よりも集中的であったということ、爆心地から少し離れた呉という土地から原爆を体験すること。そういう、細かいところまで私自身が知ろうとはしていなかったことを反省させられる内容です。

新宿武蔵野館 『アズミ・ハルコは行方不明

蒼井 優主演作ということで魅力的でしたが、加えて高畑充希も出演しているということで、観に行った。観終わった後は、うーんというイマイチな印象でしたが、内外を含め保守的な映画表現のなかで、ある意味挑戦的な映画だといえるかもしれません。若者の暴走(?)がテーマかといえばそうでもないし、何か社会問題的なものを訴えているかといえばそうでもない。登場人物が魅力的な人間でもないし、どこかに物語のピークがあるわけでもない。かといって、くだらない日常を淡々と描くわけでもない。まあ、捉えどころのない映画といったらいいでしょうか。とはいえ、原作があるんですね。読んでみたいような、みたくないような。

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年末にまとめて映画を観ました

2016年11月26日

新宿ピカデリー 『湯を沸かすほどの熱い愛

前評判もとてもよく、宮沢りえの演技もしっかり観ておきたかったので、公開からかなり経っていましたが観に行きました。とてもいい映画だと思いますが、ちょっと私的にはイマイチと思ってしまいました。間違いなく良かったのは杉咲 花の演技。度胸がある演技で今後も楽しみです。セリフで「?」と思ったのは、ヒッチハイカー役で登場する松坂桃李との会話。北海道からヒッチハイクで日本縦断をしているという彼の言葉を宮沢りえ演じる主人公が嘘だと暴くシーンだが、「北海道出身にしては訛りがない」というセリフがある。北海道には訛りがあるのだろうか?まあ、アイヌ訛りというのはあるかもしれないが、北海道民の中でアイヌはどう考えてもかなりの少数派だ。多くの北海道民は日本全国からの移民であり、まあ集住移民ということで、元の地方の訛りが北海道で変化したことはあるかもしれないが、私の知る限りの北海道出身の人に訛りはない。

本作は、誰に対しても熱い愛を注ぐことで、どうしても愛されてしまう主人公を描いているはずなのだが、本当に主人公はそんなに愛されるべき存在なのだろうかということを素直に信じられない私がいる。入院してからも特に何が起こるわけでもなく、普通に死んでしまうのも、インパクトは少ない。もうちょっと衝撃的なストーリー展開を期待してしまった私なのだが、映画で描かれるのはいたって普通な一女性の死だったような気がしてしまった。

確かに、自分の実子ではない子どもを育て、さらにもう一人引き取ろうというのはそう簡単にできることではない。また、ある意味では本作がわざとらしいドラマティックな展開ではなく、あくまでもリアルに日常を描いたものともいえるかもしれない。

2016年12月28日

新宿角川シネマ 『手紙は憶えている

私の好きなカナダの映画監督アトム・エゴヤンの作品。今回はこの作品の存在をラジオで知りました。最近は家でラジオを流していることが多いのですが、ふとした時に佐藤江梨子の映画紹介のコーナーがやっていて、本作を紹介していたのです。さすが、佐藤江梨子。

主演はクリストファー・プラマーで、認知症を患った老人が戦時中の復習を死ぬ前に果たすという内容。いわゆる「衝撃のラスト」的な展開ですが、予告編でその展開は想像できてしまうところがいいのか悪いのか?まあ、結末がわかった上でのストーリー展開を楽しめるという余裕がエゴヤン的だといえるかもしれません。観客を焦らすいわゆる「サスペンス」ものではありません。ナチスとユダヤ人ものってのは結構多いと思いますが、そういう意味ではとても面白い内容です。

現在では、テロの加害者であり被害者であるというムスリムが、難民を装って入国しテロ行為を起こすというのが世界的な問題となっていますが、戦後世界中で裁かれることになるナチスの将校たちが、ナチスに迫害され、家族を失って身分も証明できないユダヤ人を装って世界中に逃れていたという史実があるかどうかはわかりませんが、いかにもありそうな話です。

新宿武蔵野館 『風に濡れた女

耐震工事のため、休館していた武蔵野館がリニューアルオープンしました。やはり3スクリーン体制まで変更したわけではなく、座席の配置が変更されたところまでにとどまっていました。この映画は日活のロマンポルノを著名監督によって復活させようというプロジェクト。本作は塩田明彦監督によるもの。塩田監督は宮崎あおい主演の『害虫』の監督だということ。懐かしい。

さて、本作は永岡 佑演じる男が、演劇人生を捨て、人里離れた山の奥で自活している。そんな中に間宮夕貴演じる謎の美女がやってきて、彼の生活をかき乱すというハチャメチャな設定で、エロティックにコミカルに描いています。まあ、基本的にこういうしょうもない映画は好きなのですが、やはりロマンポルノということで、エッチシーンが非常に多いのは久しぶりなので、意外に疲れます。

でも、こういう企画は大歓迎。

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3ヶ月前の映画日記ですみません

2016年10月19日

この日は中部国際空港へ出張。正確には出張は翌日からで、早朝からの現地調査ということで、非常勤先の戸塚から空港島内のホテルに移動します。せっかくなので、名古屋で映画を観ることにした。

映画館のあるミッドランドスクエアは駅に隣接した新しいビルでしたが、トヨタ自動車のビルのようで、車のショールームがあったりします。なかなか新鮮。

名古屋ミッドランドスクエア 『何者

選んだ作品はこちら。『桐島、部活やめるってよ』を映画で観て、その視点の鋭さに感心している朝井リョウ。しかし、一度原作を読もうと思って断念している。活字ではちょっと読めないようだ。ということで、映画は注目したい。といいつつ、この作品はあまり観たいと思う内容ではなく、むしろ妻が観たいというので前売り券を購入したのだが、なかなか観に行く機会がなく、私が名古屋に持って行ってしまったという次第。

映画としては色々いいたいこともありますが、やはり原作の魅力によって成立しているのだと思います。就職活動がテーマではありますが、おそらく主題はそこではなく、主人公が演劇をやっていたというところにミソがあります。人間は日常生活においても演技しているというまあ古くからいわれているようなことではありますが、それをTwitterやFacebookのような新しいコミュニケーション手段を用いて暴こうという作品。

2016年11月2日

府中TOHOシネマズ 『永い言い訳

以前から書いていますが、西川美和の作品はデビュー作の『蛇イチゴ』で惹かれてから観るようにしています。でも、正直私の中では『蛇イチゴ』がダントツで、世間的にはもっと有名で評価されている作品はそれほど好きではありません。しかし、ようやく本作は何の違和感もなく、楽しく観られ、それでいて考えさせられる映画でした。実は、配役にも少し不安はあったのですが、観ている間はそんな不安は全く吹き飛び、これ以外の配役が考えられないほどでした。

西川氏はこの作品で、映画監督の師匠でもある是枝監督の得意とする子どもを登場させています。そして子どもの存在が、映画の中で中心となるだけでなく、主人公の心情の中で、また作品の主題として中心にあるのです。子どもという存在そのものではなく、子どもを大人が自分の人生の中でどう扱うのか、子育てというものがどうなのか、という問いです。未婚である監督本人の人生観をある程度、自分とは異性の主人公に投影しているのではないかと思ってしまうほどです。

主人公は小説家であり、夫婦の間で子どもを作り、育てるという行為に人生の多くの時間を費やすということに対する負の効果を真っ先に考えています。しかし、思うように小説はうまくいかず、そんな矢先に妻が事故死し、他人の子育てに関わるようになる。それが小説家としてうまく行っていない自分にはそこから逃避でき、さらには楽しいということでのめり込んでいく。そんなことを担当の編集者に指摘されてまた悩む。みたいな、誰もが自分は今何をすべきかという問いを叩きつける作品です。

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