【読書日記】遠藤 貢・阪本拓人編『ようこそアフリカ世界へ』
遠藤 貢・阪本拓人編(2022):『シリーズ地域研究のすすめ② ようこそアフリカ世界へ』昭和堂,261p.,2,400円.
非常勤先の授業「人文地理学」では,前期に日本地理を,後期に世界地理を教えていて,後期はラコスト『地図で見る国際関係』を中心に世界各地の話題をやっていて,後半にアフリカの回がある。私のアフリカに関する知識は限りなく浅く,はじめの頃はラコストの本でも学びが多かったが,ここ数年は自分自身のアップデートを必要と感じていたが,そんな時にブックオフで本書に出会った。漠然とこれについて学ぼうとした時にどの本を読んだらいいのかはなかなか決めかねるのだが,比較的出版も最近で,多様な分野からの執筆陣を集めている本書は,本当に今私が読むべき本だった。
序章 アフリカ世界の魅力:遠藤 貢
第1章 地理と自然――多様な景観が織りなす大地:藤岡悠一郞
コラム① 多様な生態資源と食文化:藤岡悠一郎
第2章 人々と生活――多様性、連続性、創造性:佐川 徹
コラム② 「正しい法」の承認――外部からの介入が受容されるとき:川口博子
第3章 人々の世界観――ひらかれ、つながる秩序と信念:橋本栄莉
コラム③ 悪魔と妖術師:村津 蘭
第4章 独立前の歴史――複数世界のなかのアフリカ史:中尾世治
コラム④ 歴史を再構成するための手法:中尾世治
第5章 独立後の歴史――国家建設の期待と苦悩:阪本拓人
コラム⑤ モブツ――冷戦の創造物:武内進一
第6章 国家と政治――揺らぐ国家像と政治体制の変容:遠藤 貢
コラム⑥ Extraversion――外向性・外翻:遠藤 貢
第7章 経済と開発――市場のなかのアフリカ:出町一恵
コラム⑦ 統計がないということ:出町一恵
第8章 越境する人々――移動によって広がるアフリカ世界:松本尚之
コラム⑧ アフリカの中華料理:川口幸大
第9章 感染症――アフリカは感染症対策の主役となれるのか:玉井 隆
コラム⑨ 「マラリアなので早退します!」――感染症と共に在る世界での生き方:玉井 隆
第10章 教育――問われる学校の意義:有井晴香
コラム⑩ カンニング――通信環境の発達の影:有井晴香
第11章 社会的包摂と排除――見落とされてきた地域社会の構成員:仲尾友貴恵
コラム⑪ ジェンダー――新たなアフリカの発見にむけて:眞城百華
第12章 国際関係――重層的つながりのなかでの国家:阪本拓人
コラム⑫ 現代アフリカの水政治:hydropolitics――ナイル川をめぐる流域国間の対立:阪本拓人
第13章 日本との関わり――その歴史を辿る:溝辺泰雄
コラム⑬ ナイジェリアの「日本通り:ジャパンロード」:溝辺泰雄
こちらも読了後大分経ってしまっていて詳細に解説できないが,まずは第1章でアフリカの自然地理が,地理学者によって執筆されていることを喜びたい。とはいえ,著者の藤岡さんのことは知らなかった。九州大学所属ということだが,こんなスケールでアフリカの自然について知ることはなかなかないので貴重な読書だった。単なる自然そのものの在り方だけでなく,「人為生態系」などという言葉も使っていて,焼き畑を含む人間活動による自然の変遷も論じている。目次に書いたように,本書には各章にコラムが付けられていて,同じ著者による各論的なものもあれば,違い著者による異なる視点の提供もある。
以前,私は宇佐美久美子さんの『アフリカ史の意味』という1996年に出版された山川出版社の「世界史リブレット」シリーズの小冊子を読んだ。その本も非常に興味深く,特に植民地支配以前の時代について,アフリカは多様でしかも小さな部族同士が交流し,移動していたという史実から,アフリカをダイナミックに捉える視点を与えてくれた。本書でも植民地以前のそうした状況に簡単に触れながら,植民地時代から21世紀の現代までを射程に入れ,政治,経済,感染症,教育,ジェンダー,国際関係と様々な分野についてその現状と課題について議論している。
特に私が知りたかったのは,なぜアフリカの諸国がいまだに政治的に不安定な状況にあるのかということである。もちろん,近代以降にヨーロッパ諸国によって植民地にされた地域は,いずれも政治的に安定していないともいえる。最初期に19世紀前半に独立したラテンアメリカにおいてもそうではあるが,一方では不安定であるからこそ新しい動向を受け入れるという側面もある。例えば,国会議員における女性の比率などは国によっては世界有数の高さだったりする。第二次世界大戦後すぐに独立したアジア諸国はやはり冷戦の影響が大きいが,それでも経済成長は急速に進んでいる。その一方で,終戦から独立まで時間がかかって1960年代以降に多くの国が独立したアフリカではどうだったのか。ラテンアメリカやアジアについてはある程度植民地化と脱植民地化の過程についての書籍を読んでいるので知っているが,アフリカについてはほとんど知らない。その一方で,最近は中国によるインフラ投資などによる進出と移住についての文章をいくつか読んでいて,アフリカについて無知でいることはできないと感じていた。
本書では4章から6章まで第一次世界大戦における宗主国への派兵から,第二次世界大戦におけるドイツやイタリアによる植民地化が進み,独立に向けた動きとその後の国家建設について丁寧に解説されている。まずもって,ラテンアメリカやアジアと違う大きな点は,植民地の住民が自ら独立運動で勝ち取ったものではないということだ。第二次世界大戦で疲弊した欧米を中心とした国際社会が大戦の大きな原因であった領土拡張=植民地支配をやめるということで,消極的に独立に至ったということだ。しかも,アフリカの諸社会がこれまでやっていた社会統治のあり方は植民地支配によって破壊され,西洋的な社会統治および,近代主権国家と同じ規模の大きすぎる単位で国家建設が要請される。当然,他の旧植民地国がそうであったように,国家を担う人物たちは場合によってかつて植民地政府にすり寄るような現地住民集団だったりする。第5章で示されている興味深いグラフは,独立直後は複数政党制による国家建設を進める国が多かったのに,1990年代までより良いものとした考えに基づいて一党政党制に移行する国が増えてきて,また軍事政権も一定数を占めている。複数政党制が圧倒的多数になっていくのは1990年代以降である。また,第6章では大統領一極主義の度合いと汚職の度合いの相関関係を示している。
日本も経済的に豊かだった1980年代には,当時よく報じられていたようにアフリカ諸国に経済開発援助をしてきたように,特に旧宗主国だった先進諸国によるアフリカに対して開発援助が長らくなされてきた。その援助がどんな産業に向けられてきたのかという視点で,第7章は興味深い。先進諸国では,第一次産業が発展して増加する人口を支えるほどの生産量を確保した上で第二次産業が発展してという形で,第一次→第二次→第三次産業と社会形態は進展してきた。そんなこともあり,アフリカでも主に開発援助は第二次産業に向けられたことでアフリカ諸国の産業構造の歪みが生じたと論じている。そんな感じで,第8章以降も興味深い議論が展開され,特に21世紀の今日の状態に向けていろいろ考えさせられる本である。
本書の執筆者の今後の研究・著作に注目しながら,アフリカ研究の動向を追っていきたいと思う。
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