書籍・雑誌

地名学入門

鏡味明克 1984. 『地名学入門』大修館書店,279p.1800円.

 

鏡味完二『日本の地名』それを改訂した鏡味完二・鏡味明克『地名の語源』に続いて,明克氏の単著である本書を読んだ。内容の印象はだいぶ違うが,こうして目次を書くと似通っていて,記憶の中で内容を混同してしまう。
著者の父親である完二氏は地理学者だが,息子の明克氏は言語学者。立場を違えて同じ「地名」を研究している。父親の影響がどの程度かはわからないが,地名研究における地理学の限界を感じて,息子を言語学の道に歩ませたのだとしたらすごいことだ。そして,本書を読むとそれは成功していて,親子で日本の地名研究の一時代を築いたともいえる。

まえがき
第一章 地名とは何か
第二章 地名の調べ方
第三章 地名研究の歴史
第四章 地名の分布図の見方
第五章 地名の文字
第六章 世界の地名研究
第七章 現代の地名研究
付章

本書の第三章でも整理されているように,地名は今も昔も政治的な命名であり,『万葉集』や『古事記』,『和名抄』などの公的な文書でも地名が扱われているし,もちろん近代以降にもそれは変わらない。一方で,学術分野においては柳田国男の民俗学,地理学,金田一京介の言語学などの他分野で扱われてきた。
本書では,これまで私が紹介してきたような本と共通する内容もあるが,言語学の観点から特徴的なのが第五章である。単に地名の文字ということに関しては山口恵一郎の地形図における誤植のような議論もあったが,本書は鏡味完二氏が「分布論」という独特な方法で地名にアプローチしたのに対し,言語学の古語研究という立場からアプローチする。これこそが,地理学者である私が気づきもしない点であった。
まず,「国字」。日本語は漢字が多くを構成しているが,狭義の漢字は中国から輸入されたもので,そうではなく日本で作られた広義の漢字を「国字」という。「凪」や「峠」は日本で作られた字だとのこと。また,第四章の分布論は,単なる完二氏の研究の紹介ではなく,言語学的観点からの解釈が加わっているし,第二章の「語源研究の方法」にもある。すなわち,日本語と一口に言っても,歴史的な変遷があり,また同時に機内を中心とする社会階級の上層部が使う言葉と,地方の民衆が使う方言とは同じ時代でも異なっている。そういう観点から,特定の地名表現の時空間的な特定を行うというのはなかなか興味深い。しかし,そういう言語学的な素養がなければ自身でそういう判断ができるわけではない。
第五章後半は当用漢字や常用漢字と地名との関係,それを行政上・教育上どうしていくべきかという提言になっていて,私の関心からは外れてくる。まあ,それも地名と政治権力というテーマとしては関連するともいえるが。第六章は「世界の地名研究」と題しているが,中心は国際的な地名研究の組織(国際名称科学会議)に著者が日本人として出席してきた経緯の記録である。第七章「現代の地名研究」も新しい研究方法の提言かと思いきや,これまでの地名研究がもっぱら語源のような過去の地名を扱うのに対して,「現代の地名」の研究ということだった。もっぱら今日の地名変更の批判といってよい。
言語学というと私にとってはやはりソシュールの印象が強く,言語地理学からより哲学に近い分野に接近しているのが現代の言語学かと思っていましたが,歴史言語学と名付けえるような具体的な知識を蓄積していく分野があることを本書から学んだ。まあ,考えれば当たり前ではあるが,まだまだ他分野のすそ野は広いことを再認識した。

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日本の地名

鏡味完二 1964. 『日本の地名――付・日本地名小辞典』角川書店,162+64p.160円.

 

本書の改訂版ともいえる鏡味完二・鏡味明克『地名の語源』については,すでにこの読書日記でも書いているが,本書は角川新書の1冊。角川新書を購入するのは初めてだが,地理学者による新書執筆というのは比較的珍しいので,貴重な一冊。しかし,「おわりに」を明克氏が執筆していて,著者は本書の完成を待たずに亡くなってしまったとのこと。

はじめに
第一章 地名学とはどんな学問か
第二章 どうして研究したらよいか
第三章 むずかしい地名の意味をどうして解くか
第四章 地名にはどんなタイプがあるか
第五章 地名はどんな形で分布するか
第六章 地名の発生年代は決められるか
第七章 地名の正しい書き方
第八章 郷土の地名の調べ方
第九章 地名研究の参考書
おわりに

〔附録〕日本地名小辞典

著者の地名研究は,日本地図スケールの分布図を作成するという方法論が特徴だが,その作業の際に資料とされるのが,国土地理院の地形図であるという前提がある。すなわち国の機関が発行する地図に掲載される地名=公的な地名ということだ。そこに記載されなくなる地名というのは,ある意味で喪失であり,記載されるものは格上げということになるのか。なので,その選択が正しいのかという議論へとつながる。そしてある意味では,科学的に地名について研究することが,より正しい地名を公的に保存し,後世に残すという使命ともなる。今となっては懐かしい科学観だともいえようか。

そういう意味でも,地名の問題は難しい。駅名などは地図に載るものではあるが,私的企業の決定によって決まるものであると同時に,公的地名から消滅したものが駅名として残されるということもある。地形図に掲載される地名は行政地名だけではなく,集落名は重要な存在である。しかし,集落名のようなものは私の地名への関心においてはほとんど対象外である。集落名はその土地に関わりがある人にとってのみ意味を成すものだが,私の場合には基本的に不特定多数の人にとって意味を成す地名に関心があり,それは公的地名に限定されない。そういう意味でも,本書は地理学における地名研究の一時代を築いた研究者の成果としては学ぶことが多いが,著者が示した方法に従った研究を私自身がするわけではない。

 

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全航海の報告

コロンブス著,林屋永吉訳 2011. 『全航海の報告』岩波書店,322p.840円.

 

コロンブスの航海日誌は第一次航海のものしか残されておらず,しかもそれはラス・カサス神父が自著のなかで再現したものが現在まで伝わっている。日本語では,それは単独に『コロンブス航海誌』として岩波文庫に収められている。それを使って長らく講義をしていたが,ある年次の学生のレポートで,第二次から第四次航海についても資料があるというレポートがあったことをずっと気にしていた。

たまたま,外出先で持参した本を読了してしまい,帰りに読む本を書店で探していたところ見つけたのが本書。コロンブスの航海日誌自体は第二次から第四次のものは見つかっていないが,いくつかの記録は残されているとのこと。本書の内容は岩波書店の大航海時代叢書に1965年に収録されていたということだが,新しく岩波文庫版としても出版された。

解説
第一次航海の報告
 第一次航海について
 計理官ルイス・デ・サンタンヘルへの書簡
第二次航海の報告
 第二次航海について
 チャンカ博士がセビリャ市へ送った書簡
 ドン・クリストーバル・コロン提督がカトリック両王への伝言としてイザベル市において1494130日,アントニオ・デ・トーレスに与えた,インディアスへの第二次航海中の出来事に関する覚書
第三次航海の報告
 第三次航海について
 ドン・クリストーバル・コロン提督が大陸を発見した際の,その第三回目のインディアスへの航海の経緯について,彼がエスパニョーラ島より国王に送った書簡
 1500年末に,提督がカスティリャ王国のドン・フワン王子の保育女官へインディアスより送った書簡
第四次航海の報告
 第四次航海について
 インディアスの副王兼提督ドン・クリストーバル・コロンが,まことに真摯なるキリスト教徒であり,かつまことに偉大なる我らが主君たるエスパニャの国王並びに女王陛下に,その航海中に起こったことどもや,航海中に発見された土地,諸地方,町,川及びその他驚嘆すべきことども,並びにこの地方には多数の金鉱をはじめ著しい富と価値ある事物のあることを書き認めた書簡
 ドン・クリストーバル・コロンの最後の航海中に起こった出来事について,ディエゴ・メンデスが認めた記録

 

目次がやたらと長いが,正式な航海の報告書というよりは書簡である。コロンブス本人によるものは航海の状況を報告し,補充物資を送ってほしいとか,待遇を改善してほしいなどの要望が多い。また,第二次航海はチャンカ博士という人物が,第四次航海についてはディエゴ。メンデスなる人物による記録である。

書簡とはいえ,本書は,『コロンブス航海誌』よりもコロンブスの現地での苦労や苦悩が伝わってくる。第一次航海の日誌である『コロンブス航海誌』はある意味淡々と書かれた記録であり,あまりコロンブス本人が何を感じたのかという主観が伝わってこない。それはラス・カサスが編集したともいわれるように,「私」という一人称ではなく「提督が」という三人称で書かれていることにもよる。

コロンブスは第一次航海の成功により,富と名声を手に入れたが,その後それが維持されるわけではなかった。いつの時代にもあるように,成功には妬みがあり,またさらなる期待があり,その期待に応えなければすぐに信用は落ちてしまうもの。コロンブスもそうだったようである。しかも,彼の場合弟たちを第二次航海以降同行させ,現地の支配も行わせたり,最後の航海では息子を連れて行ったり,スペインでも自分の息子を王宮に住まわせたりと家族も巻き込んでいた。自分の立場が危うくなるとその影響は家族にまで及ぶのだ。

実際第二次以降の航海では死に迫った状況もあったようである。第一次航海をめぐってはトドロフの『他者の記号論』やヒュームの『征服の修辞学』,グリーンブラットの『驚異と占有』などの解釈があるが,本書を読むと,少し違った見方もできるかなあと思ったりもする。最近は植民地支配の内実についてももう少し勉強する必要性を感じています。

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地名を考える

山口恵一郎 1977. 『地名を考える』日本放送出版協会,226p.600円.

 

地名研究では地理学側から名前の出てくる山口恵一郎。著名な地理学者に山口弥一郎がいたりして,混同していました。山口恵一郎は『地理』に「地名のエコロジー」などの文章を書いていて,アカデミックな地理学者だと思っていましたが,本書で著者の経歴を読んだら,国土地理院から日本地図センターなどでさまざまな役職を務めている人で,どちらかというと地図の専門家ということのようです。

序 地名への誘い
Ⅰ 地名のフィロソフィー
Ⅱ 地名分布と地名群落
Ⅲ 地名の諸問題

しかし,鏡味完二のようなアカデミックな地理学の場で地名研究を行っている人とは一線を画したい,でも地名研究における地理学の重要性は主張したいというところが本書から見え隠れしています。

地名研究はそもそもどちらかというと郷土史的な仕事が多く,理論を体系化しようという試みはあまりない,というか煩雑すぎて類型化とかで精いっぱいという気がしますが,本書は素朴なところから,まさに書名どおり地名とは何かを考えているところが新鮮です。とかく,本書は地図との関係で地名を考えていて,地図という印刷物に掲載するが故に,常用漢字と地名の関係は興味深い。特に面白かったのは地図を編集する上での誤植などが引き継がれ,場合によっては誤植が正式な地名になってしまうこともあるとのこと。

もちろん,地図は縮尺によって掲載する地名が選択されます。この件については,最近の地図学の成果も含め,私自身も今後論じていきたいテーマですが,素朴な問いは本書の中にもあります。

本書が一番強調しているのが,地名を個別に考えるのではなく,まとまりをもって考えること。この件についてはすでに鏡味完二による地名の分布というのがその先駆ではありますが,山口恵一郎はそことは一線を画したいこともあり,「地名群落」と表現します。日本地図で分布を考える鏡味氏とはスケールが異なるといえます。もちろん「群落」というのは彼が地名を生態学との隠喩で捉えようとしているところからきます。スケールに関しても,生態学特有の地理学的(geographical)スケール,地誌学的(chorological)スケール,地勢学的(topological)スケールという三つのスケールです(訳語は私のものですが)。これは一般的な地勢図・地形図のスケールに対応しています。

確かに,山口氏の発想は面白く,またそれなりに徹底して生態学の概念で説明しようという試みは非常に興味深いと思います。本書には生態学の生みの親ヘッケルの名前も出てきますし,ある程度徹底しているとは思うのですが,そもそもヘッケルはドイツにおけるダーウィン学説の紹介者であり,進化論者です。そういう意味でいうと,地名についても自然選択のような考えかたから捉えることはできるのか否かという議論もあってよかったと思う。

でも,ともかく地名に関する私の関心にはそれなりに近く,一気に読み終えることができた。山口氏の地名本はもう一冊買っているので,そちらも楽しみにしたい。

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アメリゴ・ヴェスプッチ(中公新書)

色麻力夫 1993. 『アメリゴ・ヴェスプッチ――謎の航海者の軌跡』中央公論社,228p.740円.

 

私は講義でヨーロッパにおける旅行記およびユートピア小説の歴史なんてテーマで教えている。このテーマでの講義は久しぶりだが,コロンブスの話をする際に,いつもアメリゴ・ヴェスプッチの名前だけ紹介する。その次の授業がトマス・モアの『ユートピア』についてなのだが,こちらにもアメリゴの名前が出てくるので,一度きちんと学ばなくてはと思い,探した次第。実は,アメリゴ・ヴェスプッチに関する日本語の書物は,現在入手できるものは2冊しかない。アメリゴの文書が,岩波書店の「大航海時代叢書」のⅠ巻に収録されていることは知っていたが,手に取ったことはない。

ともかく,中公新書の1冊なら手軽だしいいと思って読んでみた。目次は簡単なので詳細目次まで示したいところだが,まあいいか。

1章 航海者アメリゴ・ヴェスプッチ
2章 近代の予兆
3章 ヴェスプッチ家の人々
4章 アメリゴの航海
インテルメッゾ

あまりにも知らない事実が多かったので,読んでおいてよかったとは思うが,多少疑問の残る読書だった。著者は東大出身の外交官を務めた人物で,オルテガに関する著書もあるとのこと。まあ,新書なのでこれで十分だとは思うのだが,歴史の解釈など鋭い記述もあって,戸惑う。ともかく,巻末に文献がいくつか示されているものの,どういう史料に基づいて話が組み立てられているのかよく分からない。以前,廃藩置県関係の新書を読んだ時にも思ったが,その場に居合わせたような書き方というのはやはり学術的な歴史書ではなく,歴史小説だと思ってしまう。また,第2章と第3章はアメリゴの出身地フィレンツェの当時の状況を説明しているのだが,確かに彼がメディチ家と関係があったことは分かったが,冗長な記述が多く,私自身がこういう家系の話が苦手なこともあり,読み進むのが大変だった。

ともかく,アメリゴが4回の航海を行い,しかしコロンブスのように提督や船長という立場ではなかったということ。アメリゴは公式な報告書を残しておらず,私的な書簡が6つほど残されていて,そのうち2つに関しては同時代的に出版されたが,その他については後の時代になって写本のみが発見されたということ。私的な書簡ということもあり,地名などが明確に示されておらず(航海の情報は機密情報だった)旅程が復元しにくいということ。復元された旅程では,彼は北米には一度行っただけで,彼が乗った航海の主な業績は,南米大陸のかなり南まで達していたということ。そして,その事実から彼がこの大陸はアジアの一部ではなく,「新世界」であると判断したこと。などは基礎的事実として本書から学べた。また,中南米の植民地化はスペインが中心で,現在ポルトガル語が話されているのはブラジルだけだが,なぜ,スペインとポルトガルとの植民地境界線がブラジルにあるのか,という件についても本書に記述があった。これは非常にわかりやすく,納得できるものであった。

アメリゴ・ヴェスプッチに関する2冊目の本は,清水書店の「CenturyBooks人と思想」シリーズの一冊で,刊行年も2016年と新しいので,来年度までに読んでおきたい。

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地名の語源

鏡味完二・鏡味明克 1977. 『地名の語源』角川書店,390p.1300円.

 

とりあえず,手当たり次第な感じで,入手しやすい地名関係の図書を購入しています。この手の本は1970年代後半から1980年代前半に集中しています。ちなみに本書は「角川小辞典」の一冊ということになっています。角川書店は『日本地名大辞典』の出版も行っている。

なお,こういうことは実際に手に取ってみないとわからないことですが,鏡味完二は1964年に角川新書から『日本の地名――付・日本地名小辞典』を出している。本書は鏡味完二の死後,息子であると思われる鏡味明克がここでは付録であった「日本地名小辞典」を採録し,本文からもいくつか流用しながら版を改めた感じで出版されたのが本書。もちろん『日本の地名』も手元にあるのだが,中身はかなりダブっているようです。


Ⅰ どのように研究したらよいか
Ⅱ 地名にはどんなタイプがあるか
Ⅲ 地名の発生年代は決められるか
Ⅳ 郷土の地名の調べ方
Ⅴ 地名の語源の調べ方
地名の語源
地名の読み方
旧国名地図
囲み記事

ということで,本書の本文は72ページまでで,「地名の語源」が約100ページ分。こちらは具体的な地名ということではなく,地名によく使われる語句の解説です。鏡味完二は地理学で地名研究を展開した一人で,地名の分布を武器にしていました(詳しくはこれから勉強しなくてはいけませんが)。つまり,鏡味完二にとって地名は唯一無二の固有名詞というよりは,ある一定の範囲に限定されて分布するもので,そこからその地名を理解する鍵を見出すという方法を確立した人物です。なので,地名辞典がこういう形になるんですね。

ちなみに,個人的には「Ⅳ 郷土の地名の調べ方」は難しかった。基本的にはある地名の語源を調べるということは郷土史の一環であり,その地名にまつわる大小さまざまな地名に関する情報を収集するところから始まり,その地図を作成するという手順なのだが,その具体例が分かりにくい。

ちなみに,全390ページ中,本文は72ページで,辞書部分も前に紹介した山中襄太『地名語源辞典』のように,読み物のような辞書ではないのでなんとなく消化不良な1冊。

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日本地名学を学ぶ人のために

吉田金彦・糸井通浩編 2004. 『日本地名学を学ぶ人のために』世界思想社,350p.2300円.

 

私が地名研究を始めたということは何度か書いているが,今年投稿した1本目の論文はすんなりリジェクトされた。まあ,そのコメントには反論したい気持ちもあったが,リジェクトという判断はある意味正しいといえる。ちょっと心を入れ替えて,いくつか地名研究の基本文献を読むことにした。随分前に読んではいたのだが,関戸明子氏の1988年の論文を読み返すと,彼女が出席した場で報告した内容が恥ずかしくなった。もう30年前の論文なのにとても鋭いレビュー論文だったのだ。

その後の地名研究をまとめたものとしては本書が必須文献になる。関戸氏は人文地理学会編の『人文地理学事典』でも「地名」の項目を執筆していて,「さらに詳しく知るための文献」に本書を挙げている。ただし,編者は言語学者であり,執筆者の多くも言語学者である。鏡味明克氏は言語学者であるが,父親の鏡味完二氏が著名な地名研究者の地理学者である。

本書の執筆者紹介で「地理学」とあるのは,片平博文氏と木下 良氏のみ。そして,以下の目次でもわかるように,片平氏は地形との関係で執筆し,木下氏は交通地名を執筆している。ということで,地理学者の本書への貢献は非常に限定的である。

序章 地名学への誘い
 第一節 「地名学」という学問:吉田金彦
 第二節 日本地名学の魅力――記・紀・万葉地名の転訛・改字例を考える:池田末則
第一章 地名の成り立ち
 第一節 地形と地名――人々の空間認識:片平博文
 第二節 自然地名とその認識:片平博文
 第三節 文化地名:鏡味明克
 第四節 交通地名:木下 良
 第五節 地名の歴史:鏡味明克
第二章 地名学の方法
 第一節 日本語の歴史と地名研究:糸井通浩
 第二節 地名研究の歴史と研究文献:綱本逸雄
 第三節 古代地名と語源研究:吉田金彦
第三章 地名に関する問題と課題
 第一節 山岳・河川等の名:山口 均
 第二節 大・小の字(あざ)名:岡田 功
 第三節 国・郡・郷(保・庄など)の行政地名:辰巳幸司
 第四節 方言と地名――地域人の空間認識:真田信治
 第五節 地名の由来・伝説等:明川忠夫
 第六節 音読みの地名・訓読みの地名:乾 善彦
 第七節 日本の中のアイヌ語地名:村崎恭子
 第八節 日本の中のコリア語の地名:清瀬義三郎則府
第四章 地名学の役割
 第一節 地名研究で見えてくるもの――信仰地名の変容:金田久璋
 第二節 現代の地名に関する課題――地名の保存:安藤伸重
 第三節 隣接の諸学を包摂する地名学――地名学の実践と発見の一例:吉田金彦
 第四節 地名研究の将来――自治体史の中での位置付け:金田久璋
終章 地名研究の基本文献・資料:梅山秀幸・綱本逸雄

序章の第一節で,「地名学の二大先達」と題し,民俗学柳田国男『地名の研究』と歴史地理学者吉田東伍『大日本地名辞書』が挙げられている。しかし,本書で参照されるのは地理学でいえば山口恵一郎などの1980年代の文献までで,民俗学に関してはより近年の民族分類的な研究は登場しない。

一方で,文字歴史の分野について充実しているのが本書の特徴。『古事記』『日本書紀』『万葉集』に始まり,『風土記』,そして『和名抄』については今回知ることが多かった。近世以降についても「地名研究に力を注いだ最初の人は新井白石であろう」(p.117)と述べ,本居宣長の『地名字音転用例』,明治政府の地名に関する資料の作成など,知らない史実も豊富に掲載されている。

そして,私にとって何よりも収穫だったのが第三章第三節の「国・郡・郷(保・庄など)の行政地名」である。また,吉田東伍『大日本地名辞典』のなかの「附録 行政区改正論」についても知識を得た。幸い,非常勤先の大学に『大日本地名辞典』があり,早速該当箇所をコピーしてきた。千田 稔『地名の巨人 吉田東伍』にも該当箇所を見つけたので,再読したい。

世界思想社のこのシリーズは初めて読んだが,なかなかよく編集されています。文字通り,多くを学ばせてもらって,論文を再投稿するまでに読まなくてはいけないものがまだまだある。

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絵はがきの旅・歴史の旅

中川浩一 1990. 『絵はがきの旅・歴史の旅』原書房,208p.2300円.

 

中川浩一さんは私の敬愛する地理学者の一人。結局生前にお会いすることもなかったし,なんらかのコンタクトをとることもなかった。研究者には文章を読んで抱く人物像と実際に会った時の印象とが異なる人がいますが,中川さんはどうだったのか。

ともかく,私のなかでの中川さんは研究という営為を本当に楽しんでいるようで,その発想も自由で豊かである。以前,「先駆的な大衆文化地理学者,中川浩一」のような文章を書こうと思っていて,その頃入手できる彼の著作は手元に置いておこうと購入した一冊。

第一部
1
 ロマンチック街道点描
2
 「うたかたの記」の湖岸をめぐる
3
 「ローレライ」と「ハイデルベルク」をめぐる
4
 「四つの署名」捜索の跡づけ
5 『倫敦塔』実地検証
6 見落とされているモナコ
7 ソ連のシルクロードをたどる
第二部
1 エアラインとエアポート
2 バスのあれこれ
3 ホテルあれこれ
4 駅と駅前旅館
5 海水浴の歴史をたどる
6 青函連絡船回想
* 絵はがきことはじめ
あとがき

中川さんは,地理学者のなかでは珍しく一般読者を対象とした出版界でも活躍した一人。本書は地理学専門書も多く出している出版社からのものだが,一般読者を対象としたもの。書名からすると,素材は絵はがきを中心としたもののように思われるが,学術書のように対象やテーマを限定して文章が展開されるわけではない。非常にゆるい感じの旅にまつわるエッセイだ。とはいながら,古典的な文学作品も取り上げられ,時には地理学者らしい地図を使った綿密な歴史考証もあったりする。

第二部はまたまたマニアックで面白い。特に航空関係の仕事をしている私には「エアラインとエアポート」という文章が楽しめた。また,日本人の海外渡航が限定されている時期の体験記は貴重である。そういえば,私が写真研究で対象としている田沼武能氏もその時期から海外旅行をしている。

エッセイでありながら,アカデミックな研究としても重要な記述が散りばめられている本である。改めて,中川浩一氏の研究史をたどってみたいと思わせる読書だった。

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自然の人間的歴史

モスコヴィッシ, S.著,大津真作訳 1988. 『自然の人間的歴史 上・下』法政大学出版局,751p.39003500円.

 

自然に関する文献研究は細々と続けています。調布に行くときによく立ち寄る古書店で,上下で1000円と破格の値段で出ていたので,迷わず購入。モスコヴィッシの著書は『自然と社会のエコロジー』など知ってはいたが,読むのは初めて。法政大学出版局で上下巻分かれているのに,通しページになっているのは初めて。さすがに読むのは時間がかかりましたが得るものが多い読書でした。

自然の問題
第一部 自然過程と自然状態の継起
 第一章 自然,人間の術
 第二章 労働の創造
 第三章 自然状態の継起(
I
 第四章 自然状態の継起(II
 第五章 自然分割
 第六章 資源の変換
第二部 自然カテゴリーと自然系学問分野の進化
その一 機械的自然と自然的カテゴリーの構造
 第一章 自然的カテゴリーの形成と自然的カテゴリーに属する学問の歴史の統一性
 第二章 技術の独創性
 第三章 技術の期限
 第四章 哲学革命
 第五章 機械の宇宙から宇宙の機械へ(
A 機械哲学者)
 第六章 機械の宇宙から宇宙の機械へ(
B 機械的自然)
その二 科学,発明の仕事,自然の進歩
 第七章 冷たい宇宙と熱い宇宙
 第八章 科学革命の前ぶれ
 第九章 結果の科学
 第十章 自然の人間的歴史のなかで諸科学がもたらした変革
第三部 社会と自然の人間的歴史
 第一章 手と頭脳――自然分割の社会的表現
 第二章 社会の統治と自然の征服
 第三章 事物の開発
まとめ

読み始めは,すっと頭に入ってこなくて,相性の合わない文体と感じましたが,最近地理学でも話題の「物質」に関する議論が続いたので,読み続けました。自然と物質の議論は,エンゲルスの『自然の弁証法』なども登場し,著者が基本的にはマルクス主義だと理解しながら読み進める。時折マルクスが登場するものの,どっぷりとマルクス主義一辺倒ではない感じがします。

第一部はマルクス主義的な観点から労働に関する議論が続きます。労働に関する議論は,後の「技術」に関する議論につながっていくことが理解できますが,私がこれまで読んだマルクス主義的な労働論とは少し観点が違くて読みにくい。少し我慢して読み続けると第二部で科学史的な内容に移行していきます。

科学史の本は結構読んでいる私ですが,本書の特徴は第一部との関連で,「技術」に関する記述が多いということです。もともとの始まりから科学と技術は切り離されていなかったという認識から,人間の知の歴史において技術の果たす役割が大きいということになるのでしょうか。科学史というと著名な哲学者,科学者がいてわかりやすいわけですが,技術史となると難しそうですが,本書を頼りに今後理解を深めていきたい分野です。

第三部は科学史を社会史の一部として理解するという近年ではよくあるとらえ方ですが,原著の出版は1968年であり,先駆的な試みなのかもしれません。独特の論の展開でなかなか刺激的でした。また機会があれば,同じ著者の『自然と社会のエコロジー』も読んでみたいと思います。

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旅のエクリチュール

石川美子 2000. 『旅のエクリチュール』白水社,251p.2400円.

 

『青のパティニール――最初の風景画家』という著作が気になっている本書の著者。ちょっと高価でまだ読んでいませんが,本書が少し安かったので購入。本書のあとがきにもロラン・バルトの名前が登場するが,最近いくつかの翻訳をしているのもこの人です。

私は写真家の研究もしているが,世界中に撮影旅行をする写真家が旅行記のような写真集を出版していて,そういう作品の分析に役立つかと読み始めた。以下に示した目次だけでは分かりませんが,詳細目次を読んだだけでも,ヘロドトスからマルコ・ポーロ,『ガリヴァー旅行記』などが登場し,意外にも今私が某大学で行っている講義内容に関して学ぶことが多かった読書でした。

序章 浦島太郎と旅文学
第一章 いにしえの旅人たち
第二章 風景の創造
第三章 旅行記をめぐって
第四章 旅の時間
第五章 異国へのいざない
第六章 虚構の旅路
第七章 おそるべき旅日記
終章 最後の書物

著者の専門は美術史家と思っていましたが,文学が専門でしかも,自伝に関する著書があるそうです。もちろん,ヨーロッパ文学ということになりますが,冒頭で触れている浦島太郎の話がとても細かくて,まあヨーロッパの文学史を研究している人であれば,日本文学史に関しても守備範囲ということになるのかもしれませんが,冒頭から「この人只者ではない」と思わせる導入でした。

決して文字数の多い本ではありませんが,非常に学ぶことが多く,自分の浅はかな講義内容を恥じてしまう次第。まあ,私の学術的関心はほとんどが独学に近いものですが,中途半端な独学ではなかなかある程度の域には達しないということでしょうか。

さて,内容的には第一章で古代から始まります。そして,中世に関しても言及していますが,ヨーロッパでも昔から物見遊山てきな旅行が多かったこと,そして旅行記の書き方も多くは近代以降と変わりないことが確認されます。そして,風景画家研究もある著者が強調するのが「風景の発見」的な議論です。近代期に風景が発見される以前は,旅人は旅の道中の景色や,美しい自然風景のようなものには全く関心がなく,そういうものを旅行記に書き留めることはなかったといいます。

そしてイタリア。私の理解ではデューラーなど近代初期の画家は必ずイタリア旅行をして絵画の技術を学んだといいますが,当時はイタリアに対するあこがれというのはさほど大きくないと著者はいいます。かといって,旅行先としてイタリアが選択されなかったわけではないというのが面白いですね。また,ヨーロッパにおける旅行先としての「東方」が時代によってその範囲が変化し,また必ずしも時代が下るごとに東へ拡張するわけでもないというのも面白いです。

本書の主題は徐々に旅行記の書き方そのものに集中していきます。まさに本書のタイトルについてですが,出版されるすべての旅行記が基本的には,旅先で書き留められる時点から読者を意識していて,最終的にどこまでが素朴な旅の記録なのか,どこからが演出なのか,虚構なのかがはっきりしないというわけです。モンテーニュの『旅日記』など,読者を意識しない旅の記録がいくつか残されていますが,そういうものの比較から,著者は実証しようとしています。そういう意味では,本書の考証は非常に科学的で,それでいながら,文学研究者らしい読みやすい文体というのが魅力的な本です。

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