書籍・雑誌

地名の歴史学

服部英雄 2000. 『地名の歴史学』角川書店,244p.2600円.

ここまで何冊か地名研究本を読んできたが,とりあえず本書で最後にしたい。地理学は鏡味完二と山口恵一郎のものを,千葉徳爾は地理学者だが,柳田国男の地名研究を受けた民俗学的な地目研究と位置付けたい。また,鏡味明克は鏡味完二の息子だが,本職は言語学で,単著はまさに言語学的な地名研究である。論集『日本地名学を学ぶ人のために』(2004)は最新の地名研究書であり,さまざまな研究者が寄稿しているが,本書は歴史学の立場から書かれたものである。千田 稔『地名の巨人 吉田東伍』と同じ角川叢書の1冊である。

序 章 地名の解釈法
第一章 地名の史料学
第二章 地名を歩く
第三章 歴史地図の読解
第四章 地名による歴史叙述
終 章 地名の調査と保存

帯に「歩き,み,ふれる歴史学」とあるように,本書の著者は歴史学者でも郷土史研究者に近いのだろうか,フィールドをとても重視している。本書に関しても以下のようにある。「本書では地名を二つの視点から考えたい。第一には歴史学的アプローチ。…もう一つは地誌的なアプローチである。」(p.3)そして,「地名の多様性・歴史性・地域性を語ってみたい」(p.32)という。

第二章のタイトルにあるように,気になる地名のある土地に出向き,老人に話を聞く。そう,著者は単にその地域にのみ残る史料を探し出すということだけではなく,今もその土地に住む老人から記憶を引き出すという仕事をしているのだ。ある意味では民俗学の仕事に近い。そして,一方では「景観復元」のような言葉もよく使い,歴史地理学に近いところもある。

本書の難点としては文献が巻末などに文献表としてまとめられておらず,本文中で言及されていること。さらに,その言及に関しても著者名と書名のみの提示となっている(雑誌論文の場合はもう少し詳しい)。さすがに,これまで読んだ地名研究本とは異なった視点だったが,私の関心に対して得るところはあまり多くなかった。

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新・地名の研究

千葉徳爾 1983. 『新・地名の研究』古今書店,266p.2200円.

文化地理学を標榜しておきながら,千葉徳爾を初めて読むというのはお恥ずかしい話。ちなみに,書名の「新」はやはり柳田国男『地名の研究』を意識したもので,千葉自身による2冊目の地名書というわけではない。本書も著者が19411982年まで書き溜めていた地名に関する文章を集めて編集されたもの。私は日本の地名研究が1970年代後半に盛り上がりを見せ,1980年代前半には一通りの成果が出そろって,それ以降の発展があまり見られないと考えているが,本書もそこに位置づけられそうだ。本書は出版社からのすすめにより作られたものだという。既出論文から成るが,かなり手は加えられたものらしい。

はしがき
第一章 地名とは何か―その研究法
第二章 海の地名と山の地名
第三章 社会的地名としての単位集落呼称
第四章 自然的地名と社会的地名―石見中部高原の地名と土地制度
第五章 カイトについて―三河地方の歴史的小地名
第六章 水田地名と生活
第七章 山岳地の小地名
第八章 壱岐島における触集落
第九章 二,三の地名研究の試み
第一〇章 古代地名の統計的考察

千葉徳爾は地理学者であり,民俗学者でもある。特に地図の専門家である山口恵一郎にとって,地名とはまず地形図に掲載される公的な地名であるが,千葉にとっては地図にも載らない,その土地の住民の通称を現地調査によって聞き取ることを地理学的な(そして民俗学的でもある)地名研究としている。よって,本書が対象とするのは,私の対象外である「小地名」であるのだが,それが故に学ぶことも多い。

まず,著者は自らが関わる対象を小地名に限定し,「土地の状態との関係がはっきりしない広域の地名についても,まったく論じていない」(p.4)としている。さらに,地名の種類を「地点名称,地域名称,広域名称と,その階層秩序に応じて,それぞれに,地名をつけて土地を区分している」(p.17)と分けている。広域地名に関しては,「標準化して付近地名を総括代表するような地域名に上昇していくような性格」(p.94)としており,柳田国男の地名観と類似している。武蔵野という広域地名に関しても,「武蔵の国に存在する広大な原野を指すに止まって,どこからどこまでといったはっきりした境域が定まっていたわけではない」(p.208)としている。広域地名の研究に関しては,「小地名の中から政治権力が行政的な公称地名を選定して,特定範囲の総称として利用させる傾向をもち,広域地名の発生的な考察を試みる場合には,より小範囲の原地名の位置とその原意味を明らかにする必要」(p.219)を認識している。

この政治権力の行為を歴史的資料からきちんと特定するのは難しいかもしれないが,地理学的課題として今日であれば十分に成立すると思う。

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地名の研究

柳田国男 1968. 『地名の研究』角川書店,316p.240円.

ついに読みました。柳田国男の『地名研究』。ちなみに,本書はもともと古今書院から昭和111936)年に出版されています(私の母親の生まれた年か)。しかも,断片的に本書に収められたのは日本地理学会の学会誌『地理学評論』に掲載されていたものもあるということは知っていた。古今書院は今でもある出版社だが,地理学が中心でたまに人類学の本も出したりするが,柳田国男の本を出しているというのが多少不思議だった。その謎も読んだら解けました。初版あとがきを書いている山口貞夫は地理学者だが,彼が柳田国男の地名に関する文章を集めて編集し,出版したということらしい。『地理学評論』に掲載された文章も,日本地理学会が招待した講演での内容を収録したものだという。

柳田国男は郷土研究会なるものを主宰していて新渡戸稲造なども参加していた。確か,ここには幾人かの地理学者も参加していたと思う。そんなことから,柳田は民俗学の立場からも地名に関心を持っていたし,地理学者とのかかわりも生まれたのだと思う。

自序
地名の話
地名と地理
地名と歴史
地名考説
大唐田または唐千田という地名
アテヌキという地名
和州地名談
水海道古称
初版あとがき(山口貞夫)
解説(大藤時彦)

本書は「地名考説」が中心で,ここに55の文章が含まれている。それこそ郷土研究会が出していた雑誌『郷土研究』に掲載された文章をはじめ,『民族』や『土俗と伝統』,『考古学雑誌』,そして『歴史地理』などに掲載された文章から成っている。個々の文章は個々の地名に関する各論であり,「地名の話」から「地名と歴史」までが総論と位置付けることもできるが,じゃあ,そこで少し抽象的な議論がなされているかというとそうではなく,やはり民俗学ってのはそういうものなのかなと思わざるを得ない,雑駁な文章である。まあ,元が講演なのだから当たり前か。

そして,いまでも民俗学的な地名研究がそうであるように,小地名が彼の関心の中心である。とはいえ,それが故に広域地名に関しても一定の考えを持っていて,地名の本質は小地名で,非常にローカルな状況からその名前が付けられるが,その後必要になる広域地名は小地名から採用されていくというものである。

この角川文庫版は,古今書院版の出版以降に発表された地名に関する文章も収録されており,それが「大唐田または唐千田という地名」以降の4つの文章である。特に個人的には「和州地名談」には柳田の地名観が色濃く反映しているようにも思う。一読できちんと理解できたわけではないので,再読したいと思う。

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ニッポン 旅の絵本

田中 薫 1978. 『ニッポン 旅の絵本』伝統と現代社,197p.1500円.

人名間違いで随分以前から手元にあった本。同じ出版社の同じシリーズで,中川浩一『旅の文化誌』という名著があったため,間違えて購入したもの。田中 薫とは地理学者でもいて,『地学写真』という著作がある。私は写真の研究もしていたから,「地理写真」を提唱していた石井 實氏の文章も読んでいたが,そのなかに田中 薫氏の名前があり,覚えていたのだ。

本書の著者は出版当時,毎日新聞社出版局に勤務しながらイラスト・ルポを書いているという人物。せっかくなので,最近旅行記をいくつか読んでいたが,その現代日本版として読むことにした。この人はイラストも描くということで,絵になる風景を求めているということで,目次にあるように一定のテーマがあり,ピンポイントで旅行をしている。

Ⅰ 西洋館のある町
 1 函館〔北海道〕
 2 神戸〔兵庫県〕
 3 長崎〔長崎県〕

Ⅱ 街道を行く
 1 七ヶ宿街道〔宮城県〕
 2 木曽路〔長野県〕
 3 吉備路〔岡山県〕

Ⅲ 蔵と民家と
 1 喜多方〔福島県〕
 2 川越〔埼玉県〕
 3 高山〔岐阜県〕
 4 今井町〔奈良県〕

Ⅳ 城跡のある町
 1 上田〔長野県〕
 2 小浜〔福井県〕
 3 津和野〔島根県〕
 4 萩〔山口県〕

著者は新聞社勤務ということで,休日が土日なのかはわからないが,本書によると大抵の旅は23日程度の一人旅だという。しかも,遠距離は仕方がなく空路を用いるが,目的地が決められているとはいえ,その道中も楽しみたい人らしく,鉄道やバスでの旅を好んでいる。そして,お目当ては比較的狭い範囲期ということで,最寄り駅につくとレンタルサイクルを借りていることが多い。確かに,私が高校生の時に行った修学旅行でも,奈良でレンタルサイクルを借りている。最近も都心でビジネス用に活躍しているレンタル(シェア?)サイクルを見かけるが,マイカー所有(免許取得)率の低い時代には観光の主たる手段だったのかもしれない。なお,著者は徒歩も得意なようで,時間に余裕があるときは結構な距離を歩いている。

私は旅好きではないが,スタイルとしてはこの著者の旅に非常に共感できるので,しかも味気ない写真ではなくイラストなので,モノクロ印刷の書籍でも十分に楽しめる旅行記だった。ちなみに,巻頭には口絵としてかなりの枚数のカラーイラストも掲載されている。

著者が訪れる場所は,目次からもわかるようにいわゆる古き良き時代の日本を感じ取れる場所が多い。でも,著者の語り口はそれほど強くはない。自分自身がいっとき通り過ぎるだけの旅人であることに対する謙虚さがある。しかし,文章の書き方は現代に入り,かなり一般的な旅行記のスタイルを踏襲しているといえる。このスタイルがどのように獲得されるのか,なかなか実証は難しいテーマだとは思うが興味を惹かれる。

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地名の論理

山口恵一郎 1984. 『地名の論理』そしえて,236p.1800円.

山口恵一郎の地名本2冊目。正直言って,ここまで何冊か読んできた地名の本だが,目次構成がどれも似たりしていて,どの本に何が書いてあったかが混同しつつある。本書も冒頭に「地名とは何か」とあり,「またか」という感じだったが,とりあえず読み進む。

Ⅰ 地名とは何か
 1 地名と現代生活
 2 地名をどう理解するか
Ⅱ 地図と自然地名
 1 自然地域の名称
 2 火山の図式
 3 日本列島――その陸と海
Ⅲ 地名の類型と地名相
 1 古代産業と地名
 2 発生からみた地名の四つの類型
 3 地名集団の生態学
 4 国郡の変転と地方・県名譚
Ⅳ 現代地名論
 1 “ウェット”か“ドライ”か――地名統一論
 2 水部地名余論
 3 地名の特異な文字の物語
 4 地名のかな書きと漢字書き
 5 文化のレベルダウン論――外国地名の書き方の問題
 6 日本式かヘボン式か――地名のローマ字表記論
 7 Tokyo-wanかTokyo
Wanか――ローマ字注記則の問題
主要自然地域名称図

そういうこともあり,目次をきちんと読めば分かるのだが,本書のⅡが「自然地名」を扱っているように,巻末の「主要自然地名称図」を掲載するのが本書にとってけっこう重要なようだ。前の読書日記にも書いたように,著者は生粋の地理学者というよりも,国土地理院や地図センターで務めた地図業界でのお偉い方です。そういう意味では,彼がいう地理学が自然地理学なのか,人文地理学なのかは判然としないが,やはりどちらも扱う地図を中心としているために,そちらも分け隔てなく関心や知識があるのかもしれません。現代においてアカデミックなレベルで自然と人文を双方扱うというのは地理学史研究でない限り非常に難しいが,著者についてはアカデミックというより一般向けと考えた方がよさそうです。しかし,それだからこそ,この手の本には貴重な主張や知識,考え方が残されているかもしれません。

実際,そういう意味では第Ⅰ部はよく聞いた話だし,第Ⅱ部は私の関心外,第Ⅳ部は地名保存という観点における現代の問題の列挙,という感じであり,残った第Ⅲ章に私にとっての得るところがあった。第Ⅲ部は地名研究の中心である歴史考証ということになるが,「4 国郡の変転と地方・県名譚」は下記のような展開で,地方自治の歴史が概観される。
畿とその設定
道の成立(「みち」ではなく東海道などの道)
国の変遷(こちらももちろん武蔵野国などの旧国)
郡の興亡
府県の誕生
府県の確定
などと続く。ただ,残念なのは各項目が図版も入れて2ページずつ程しかなく,浅く広くという感じ。そして,参考文献もほとんど示されていない。

ただ,同じ地名でも小地名だけでなく,国名や府県名といった広域地名に目配りしてあり,しかもその歴史的経緯について記述してあるというのは非常に貴重である。この成果を文献で補いつつ,現代の地名の階層関係という私の主たる関心に引き寄せていくという方向性が見えてきました。

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イタリア紀行Ⅰ(サド)

マルキ・ド・サド著,谷口 勇訳 1995. 『イタリア紀行Ⅰ 17751776フィレンツェ・ローマ』ユー・シー・プランニング,322p.2600円.

 

ヨーロッパの近代旅行記を読む,第三弾。マルキ・ド・サドの旅行記が翻訳されていたんですね。訳者の「解題」によれば,この旅行は《少女たちとの事件》を引き起こして,逮捕から逃れるための逃避行だったという。また,訳者の解釈によると(というか,原題によると),本書は架空の伯爵夫人に宛てた手紙の体をした哲学的論考だったという。訳者がいうところの「哲学的」というのが,出版当時サドが自書につけた意図も含めてどのようなものであるかは,サドの小説作品も併せて読まないと理解はできないが,素直に読む限り,とても哲学的論考には読めない。目次に示すように,ごく普通の旅行記に思える。

 

ラ・コストからフィレンツェまでの旅程
フィレンツェ
フィレンツェからローマへの旅程
ローマ 第一部
ローマ 第二部

 

まず,移動中の記述は非常に詳しい。どこに向けて,どのくらい進み,宿泊する場合にはどのような経緯で宿泊場所が決まり,どのような宿だったのか,などが詳しく説明されている。当時の旅行だから,フランスからイタリアへの旅でも移動中に何度も宿泊を要するのだが,何のための記録なのかよくわからないほど詳しい。
イタリア都市での滞在記は目次にあるように,フィレンツェとローマ。こちらも一つ一つ訪れた場所について建築物や美術品など非常に詳しく解説がなされている。それどころではない。個人が見た物以上が非常に詳しく書かれているのだ。つまり,単純な旅行記ではなく,地誌書,歴史書の類だと思われるほどだ。誰か現地で解説員がついて解説していたのか,あるいはサド自身が調べたのか。しかも,それをどうやって調べたのか。誰かに聞いたのか,書かれた文書を読んだのか。ともかく,補足的な資料がないと書きようがない詳しいことが書き込まれている。
いかにも,現代の旅行記とは違うが,そういえば,マルコ・ポーロの『東方見聞録』も,トマス・モアの『ユートピア』も,旅行者の主観というよりは,客観的な記述になっている。それがいかにも不自然だと思っていたけど,意外に歴史的にはそれが自然なのかもしれない。

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フロベールのエジプト

ギュスターヴ・フロベール著,斎藤昌三訳 1998. 『フロベールのエジプト』法政大学出版局,333p.3500円.

スタンダールの『イタリア紀行』に続いての近代旅行記。しかし,スタンダールが1817年だったのに対し,フロベールの旅行は1849-1850年。旅行先もタイトル通りエジプト。スタンダールの小説作品は読んでいないが,フロベールは『ボヴァリー夫人』と『感情教育』を読んだことがある。

訳者あとがきによれば,本書は「オリエント旅行記」と題して出版されていたが,姪の手によって改変がなされていたという。それが,20世紀に入って原文が発見され,フロベールが書いたままの形で出版されたものの翻訳だという。下記の通り,非常に詳しい旅程に従った目次で構成されている。

1 出発――クロワッセからパリへ
2
 ナイルの川船――パリからマルセイユへ
3
 海を越えて――マルセイユからアレキサンドリアへ
4
 ナイルのデルタ地帯――アレクサンドリアとロゼッタ
5
 カイロ
6
 ピラミッド群,サッカーラ,メンフィス
7
 カイロ
8
 ナイル川を行く――ブーラックからルクソールへ
9
 ナイル川を行く――エスナからアスワンへ
10
 ヌビア――第一急湍(第一カタラクト)からワディ・ハルファへ,ナイル川を上る
11
 ヌビア――ワディ・ハルファからアスワンへ,ナイル川を下る
12
 上エジプト――アスワンからルクソールへ,ナイル川を下る
13
 テーベ
14
 クセールの砂漠――ケナから紅海へ
15
 ナイル川を下る――ケナからブーラックへ
16
 カイロ,アレキサンドリア――エジプトを離れる

正直,私はエジプトについての知識はほとんど皆無だった。アフリカでありながら古代文明があって,黒人は思い浮かばないという程度だったが,パレスティナ問題についての知識を得るにしたがって,隣国エジプトも大きくかかわっていること。また,アブー=ルゴド『ヨーロッパ派遣以前』でもイスラム勢力の一部として過去に大きな発展の一部を担っていたことを知る。

しかし,本書でさらにエジプトの内部について知ることとなった。スタンダールのイタリア紀行がイタリアの様々な都市を,その風景や都市構造については全く語らずともその風俗の多様さを語っていたように,フロベールのエジプトも旅程としてはエジプト全土に及ぶものではないが多くの知識を読者に与えてくれる。
また,本書は当時の観光旅行の状況,観光地としてのエジプトの状況についても知らせてくれる。もちろん,当時はまだマス・ツーリズムというのは登場していないし,大陸をまたいだ旅行が完全に安全だとはいえないことは分かる。ともかく本書には,フランスを立つ際に主要な人物と別れを告げ,そのシーンが非常に大げさだと思うほどしばしの別れを嘆き悲しむのだ。それは帰路に就く際も同じである。まあ,往路の場合は無事に帰還すれば再開できるわけだが,帰路の場合には二度と会うことはない。しかし,それほど現地でかかわった人との関係も深いということだ。
この旅行は友人のマキシム・デュ・カンが同行している。また,身の回りの世話をする人や,現地では通訳やガイドも雇っていたりする。マルセイユからアレキサンドリアに船で地中海を渡り,カイロからナイル川を上ってヌビアへというルートは当時のヨーロッパからの旅行者にとっては一般的なルートだったのだろうか。恥ずかしながらアレキサンドリアの位置も今回初めて知った。古代の天文学者であり地理学者であるプトレマイオスが活躍した地だということになっているが,当時からエジプトは地中海世界の一部であったということか。
もちろん,ピラミッド観光もルートに含まれている。そして,いたるところでピラミッドを訪れた先人たちの書名(まあ,落書きだ)がなされていたというから,すでに観光名所としての歴史もあるということもわかる。同行者も含め,体調を崩すということもあるので,現代よりは安全な移動とはいえないが,移動手段や宿泊先がなくて困るという記述はあまりない。かといって,いわゆるホテルのような宿泊先は特定の場所に限られているということでもあったようだ。
本書の特徴の一つは,姪が出版に際して削除してしまったという性的な記述の多さである。行く先々でフロベールは女性を買っている。というよりは,行く先々でヨーロッパ旅行者に対して性を売るシステムが確立しているというべきか。フロベールの文学という観点では,『ボヴァリー夫人』で描かれる性的描写がここで養われたという見方もできるようだ。ともかく,やはりこうした旅行記から学ぶことは多い。

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イタリア紀行(スタンダール)

スタンダール著,臼田 紘訳 1990. 『イタリア紀行――1817年のローマ,ナポリ,フィレンツェ』新評論,296p.3600円.

旅行記およびユートピア小説を題材とした,某大学での授業で中間レポートの課題図書として選んだ一冊。以前,このレポートでは「現代の旅行記」として受講者に自由に作品を選んでもらっていたが,今年度は思い立って「近代期の旅行記」と題し,こちらから課題図書を選んだ。
課題図書の選択には全面的に石川美子『旅のエクリチュール』に依拠している。サイード『オリエンタリズム』からも同様の作品が追加できるかと思ったが,やはり再読しないと選べないし,再読するのもしんどいので,5作品にとどまった。

本書には目次はないが,「ベルリン 1816年10月4日」といった具合に,日記調に構成されている。しかし,『旅のエクリチュール』が出版される旅行記の必然と主張するように,自分だけが読む日記として書き留められたものではない。この辺りは,本書の訳者による注釈や解説にも書かれているように,実際の旅程とは合わないだけでなく,数々の矛盾が存在し,本書そのものが当初から読者を想定した創作であるといえる。
まあ,そのことは地理学者である私にはあまり関心がなく,むしろフランス人である作者アンリ・ベールが,ドイツ人騎兵士官ド・スタンダールというペンネームでイタリアを訪れ,それをフランスとイギリスの読者に対して出版するということの意味を考えたい。まず,著者本人アンリ・ベールにとってのイタリアとは,17歳の時にナポレオンのイタリア遠征に参加したところから,その魅力にとりつかれたという。それから何度かのイタリア訪問があっての1817年ということになっている。
しかし,その異国の魅力とは,現代の私たちの観光旅行としてのそれとは異なっている。本書には風景に関する記述などほとんどないのだ。また,イタリアといえば古代の建築物なども魅力の一つだが,そういうことにも著者はほとんど関心がない様子。冒頭から毎日のように続くのは劇場通い。ほとんどがオペラの作品批評,そこで会った人の話という社交の問題である。しかし,当時としてはイタリアでしか鑑賞することができない文化作品というのもあったのだから,それを人間の移動の目的とすることは十分に理解できる。ルネサンス期には多くの画家が絵画に関する知識や経験を得るためにイタリアに旅行に出たのだから。それに,著者はイタリアにおいて魅力のあるものは音楽だけであり,絵画は大したことはないなどと書いている。また,本書の表題にあるローマ,ナポリ,フィレンツェ以外にもミラノ,ヴェネツィア,ボローニャなど他の都市も多く訪れており,イタリアの多様性(当時,まだイタリアは政治的に統一されていない)を著者も意識して移動しているし,読者に対してもそれを訴える旅行記だともいえる。しかし,その多様性を表現する言葉として「文化」という概念は用いられていないし,そもそも「多様性」に対する「統一性」や「全体性」という観点もない。何かに照らし合わせて多様と考えるのではなく,違っているのが当たり前なのだ。

この手の本は読むこと自体に刺激はほとんどないが,歴史的文脈に照らし合わせて書かれていることについて施行をめぐらすことは非常に刺激的である。

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地名学入門

鏡味明克 1984. 『地名学入門』大修館書店,279p.1800円.

 

鏡味完二『日本の地名』それを改訂した鏡味完二・鏡味明克『地名の語源』に続いて,明克氏の単著である本書を読んだ。内容の印象はだいぶ違うが,こうして目次を書くと似通っていて,記憶の中で内容を混同してしまう。
著者の父親である完二氏は地理学者だが,息子の明克氏は言語学者。立場を違えて同じ「地名」を研究している。父親の影響がどの程度かはわからないが,地名研究における地理学の限界を感じて,息子を言語学の道に歩ませたのだとしたらすごいことだ。そして,本書を読むとそれは成功していて,親子で日本の地名研究の一時代を築いたともいえる。

まえがき
第一章 地名とは何か
第二章 地名の調べ方
第三章 地名研究の歴史
第四章 地名の分布図の見方
第五章 地名の文字
第六章 世界の地名研究
第七章 現代の地名研究
付章

本書の第三章でも整理されているように,地名は今も昔も政治的な命名であり,『万葉集』や『古事記』,『和名抄』などの公的な文書でも地名が扱われているし,もちろん近代以降にもそれは変わらない。一方で,学術分野においては柳田国男の民俗学,地理学,金田一京介の言語学などの他分野で扱われてきた。
本書では,これまで私が紹介してきたような本と共通する内容もあるが,言語学の観点から特徴的なのが第五章である。単に地名の文字ということに関しては山口恵一郎の地形図における誤植のような議論もあったが,本書は鏡味完二氏が「分布論」という独特な方法で地名にアプローチしたのに対し,言語学の古語研究という立場からアプローチする。これこそが,地理学者である私が気づきもしない点であった。
まず,「国字」。日本語は漢字が多くを構成しているが,狭義の漢字は中国から輸入されたもので,そうではなく日本で作られた広義の漢字を「国字」という。「凪」や「峠」は日本で作られた字だとのこと。また,第四章の分布論は,単なる完二氏の研究の紹介ではなく,言語学的観点からの解釈が加わっているし,第二章の「語源研究の方法」にもある。すなわち,日本語と一口に言っても,歴史的な変遷があり,また同時に機内を中心とする社会階級の上層部が使う言葉と,地方の民衆が使う方言とは同じ時代でも異なっている。そういう観点から,特定の地名表現の時空間的な特定を行うというのはなかなか興味深い。しかし,そういう言語学的な素養がなければ自身でそういう判断ができるわけではない。
第五章後半は当用漢字や常用漢字と地名との関係,それを行政上・教育上どうしていくべきかという提言になっていて,私の関心からは外れてくる。まあ,それも地名と政治権力というテーマとしては関連するともいえるが。第六章は「世界の地名研究」と題しているが,中心は国際的な地名研究の組織(国際名称科学会議)に著者が日本人として出席してきた経緯の記録である。第七章「現代の地名研究」も新しい研究方法の提言かと思いきや,これまでの地名研究がもっぱら語源のような過去の地名を扱うのに対して,「現代の地名」の研究ということだった。もっぱら今日の地名変更の批判といってよい。
言語学というと私にとってはやはりソシュールの印象が強く,言語地理学からより哲学に近い分野に接近しているのが現代の言語学かと思っていましたが,歴史言語学と名付けえるような具体的な知識を蓄積していく分野があることを本書から学んだ。まあ,考えれば当たり前ではあるが,まだまだ他分野のすそ野は広いことを再認識した。

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日本の地名

鏡味完二 1964. 『日本の地名――付・日本地名小辞典』角川書店,162+64p.160円.

 

本書の改訂版ともいえる鏡味完二・鏡味明克『地名の語源』については,すでにこの読書日記でも書いているが,本書は角川新書の1冊。角川新書を購入するのは初めてだが,地理学者による新書執筆というのは比較的珍しいので,貴重な一冊。しかし,「おわりに」を明克氏が執筆していて,著者は本書の完成を待たずに亡くなってしまったとのこと。

はじめに
第一章 地名学とはどんな学問か
第二章 どうして研究したらよいか
第三章 むずかしい地名の意味をどうして解くか
第四章 地名にはどんなタイプがあるか
第五章 地名はどんな形で分布するか
第六章 地名の発生年代は決められるか
第七章 地名の正しい書き方
第八章 郷土の地名の調べ方
第九章 地名研究の参考書
おわりに

〔附録〕日本地名小辞典

著者の地名研究は,日本地図スケールの分布図を作成するという方法論が特徴だが,その作業の際に資料とされるのが,国土地理院の地形図であるという前提がある。すなわち国の機関が発行する地図に掲載される地名=公的な地名ということだ。そこに記載されなくなる地名というのは,ある意味で喪失であり,記載されるものは格上げということになるのか。なので,その選択が正しいのかという議論へとつながる。そしてある意味では,科学的に地名について研究することが,より正しい地名を公的に保存し,後世に残すという使命ともなる。今となっては懐かしい科学観だともいえようか。

そういう意味でも,地名の問題は難しい。駅名などは地図に載るものではあるが,私的企業の決定によって決まるものであると同時に,公的地名から消滅したものが駅名として残されるということもある。地形図に掲載される地名は行政地名だけではなく,集落名は重要な存在である。しかし,集落名のようなものは私の地名への関心においてはほとんど対象外である。集落名はその土地に関わりがある人にとってのみ意味を成すものだが,私の場合には基本的に不特定多数の人にとって意味を成す地名に関心があり,それは公的地名に限定されない。そういう意味でも,本書は地理学における地名研究の一時代を築いた研究者の成果としては学ぶことが多いが,著者が示した方法に従った研究を私自身がするわけではない。

 

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