育児

初年越しの昭君

最近はほとんど粉ミルクを使わなくなった。ちょっと体重増加は緩慢になった気がするが,毎日オシッコもウンチもたっぷりしているので問題はないと思う。夜中に私が起こされることも少なくなり,妻が工夫して夜中の授乳をしてくれているせいだ。最近は夜中にあまりウンチをしないので,紙おむつを交換しなければ,添い寝授乳をすることで,ほとんど泣かれることもないようです。布おむつだと吸収できるオシッコの量は限られているが,さすが紙おむつはオシッコをジェル状にして吸収するので,かなりの量を吸収できる。そして朝はたっぷりウンチをする。息子なりに少しずつ1日のリズムを覚えつつあるということだろうか。
しかし,それはそれで寂しいところがないでもない。妻と息子は完全に授乳と睡眠のサイクルが出来上がっているのだが,そこに私が参加していくのが難しくなっているということ。泣いていても,それがおっぱいを欲しがっているのか,おむつなのか,ねんねなのか,イマイチ分からなくなってしまった。
まあ,それはともかく,息子は確実に成長している。布おむつを使うようになったのは1ヶ月を迎える前後だったと思うが,いただいたおむつカバーは新生児用の50cm用が2枚しかなかったので,新しく2枚買い足したのだが,2ヶ月を過ぎる頃から,50cm用はきつくなってしまった。もちろん,50cmの肌着もそうだ。しかし一方では,まだまだ着れないと思い込んでいた,もらい物のベビー服がけっこう着られることを発見。すでにもう着れないものもあったりして。女の子用が多いですが,かまわず着せています。
Photoこんなお姫様のような服も活躍

また,感覚も少しずつ変化しているようです。以前は,泣き止ませる音といったらレジ袋をシャカシャカすることくらいでしたが,最近はもらいものの鈴入りぬいぐるみをチリンチリンならしても,喜ぶようになった。ちなみに,レジ袋の話はおそらく『伊東家の食卓』か『はなまるマーケット』で数年前に得た情報でしたが,今では定番化しているようですね。ベビー雑誌を見ても,レジ袋を自分でしゃかしゃかやって喜ぶ子どもの姿や,市販のおもちゃでも,子どもが触るとシャカシャカいうものが売ってたりします。一説によると,その音はお母さんのお腹になかにいた時に聴いていた音に近いとか。いろんな周波数の音が混在しているところが良いようですね。かといって,それを録音してエンドレスで流すということは難しいようです。結局,簡単な録音機器では記録できる周波数に限界があるでしょうから。
そんなことで,いただいたおもちゃでも少しずつ喜ぶようになったし,ご機嫌な時にはウーウーうめき声を出すので,こちらも言葉を返してやるとそれなりにコミュニケーションが取れるようになっています。最近,中古で購入したcombiのハイローチェアも活躍していて,このなかでも長いときには2時間ほど寝てくれるようで,妻が家事をするときなど,かなり助かっています。

それから,意外に嬉しいのが近所づきあい。以前は挨拶をする程度だったのですが,さすがに子どもが産まれるというので,退院の前日にお茶をもって隣の家と上の家に挨拶に行ったのです。すると,その後は夜泣きとかで相当迷惑をかけていると思うのに,マンションの入り口で会ったりする時に声を掛けてくれたり,ちょっとしたおすそ分けをしてくれたりで,一人暮らしを始めて20年経ちますが,初めて近所づきあいらしきものができています。やはり,迷惑をかけていたとしても,実際に子どもの顔を見せてあげると許すしかなくなっちゃうんでしょうね。やはり子どもってすごい,というかずるい。

さて,そんなわが家の昭君ですが,あまりの可愛さで誰に見せても評判上々ですが,果たして私たち両親のどちらに似ているのか。まあ,産まれた時からの一致している意見は,目が父親似,口から顎にかけてが母親似ということになっていますが,果たして鼻は?助産師さんの話だと,赤ちゃんの鼻はおっぱいを吸う時に邪魔にならないように潰れていて,しかもそれでいて呼吸ができるように小鼻が横を向いているとのこと。人によっては昭の鼻を高いといったりするので父親似か?ちなみに,耳の形も父親似らしいし,決定的なのが小指の形。私の小指は確か祖父譲りだったと思いますが,内側に曲がっています。それは息子にも遺伝したようです。産まれた瞬間にそれに気づき,間違いなく私の遺伝子を持った子だと確信。写真では分かりにくいとは思いますが,こんな感じです。
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久し振り吉祥寺

12月5日(日)

息子のお風呂上りには,ベビーオイルを使って毎日マッサージをしている。使用しているベビーオイルは助産院で購入したものだが,「生活の木」のもの。一ヶ月でなくなってしまったので,買いに行くことに。本当は私が一人で買いに行くつもりだったが,天気もいいので息子をスリングに入れて,「生活の木」のショップがある吉祥寺まで出かけた。幸い,調布からはバスが出ているので,それに乗ってのんびりと。結局,休日のバスどおりは混雑していて,家を出てから1時間かかってしまったが,息子は相変わらず眠ったまま。
今回はかなりの長距離移動なので,途中で授乳することも考え,あえて哺乳瓶と粉ミルクは持たずに,吉祥寺にある授乳室をあらかじめ調べてから臨む。まずは生活の木が入っているPARCOへ。ベビーオイルはなぜか助産院で買った値段より高く,生後一ヶ月から使えるというベビーローションがあったので,そちらを購入。早速,授乳室のある7階へ。その階はベビー服などのショップもあり,子ども連れで賑わっています。そして,授乳室を私が覗くわけにはいかないですが,個室になっているようです。その前にはちょっとした子どもの遊び場もあります。そして,ちょっと嬉しくて思わず使ってしまったのが,乳児用体重計。一時期は体重が伸び悩んでいた息子ですが,もう4kgを越えたようです。まだまだ眠そうなので,ちょろっと廻って次のお店へ。

次は伊勢丹が撤退した後に入ったcoppiceへ。ここの3階も「for Mum & Kids」と称し,かなり広い子どもの遊び場と授乳室,そしてキッズを対象としたショップが展開しています。「for Mum」ってのはやめてくれよな,という気もしますが,おそらく平日はまさしくそんな空間なのでしょう。ここはかなり混み合っていたので,授乳は諦め,とりあえず私たちはそのフロアにあるカフェで一休み。特に子連れを意識したわけではないオーガニック食材のお店でしたが,すっかり子連れのたまり場になっています。

なにをしているわけではないが,いつの間にか時間が経っている。本当はベビーオイルだけ買って帰ってくるはずが...最後の授乳室を確認しに今度は東急百貨店へ。ここはベビーショップ中心のフロアも落ち着いたものですが,おむつ換え&授乳室はなかなかの盛り上がりだった。結局,こちらでまずおむつを替える。隣では1歳近い男の子でしたが,やはりこのくらいになるとウンチがかなり強烈な匂いです。そして,抵抗の仕方が半端じゃない。ギャーギャー泣いたりはしないものの,レスリングの寝技を交わしているような体の反りで抵抗しています。わが息子はおむつ換えでも大抵は泣くのだが,このときばかりは周囲に圧倒されておとなしいもの。息子と妻はこちらで授乳室へ。そして,なんとここでは,以前妊娠中に行った,市が開催している「もうすぐパパママ教室」で出会った女性と再会したそうです。しかも,その女性はうちと予定日がいっしょで,実際に産まれたのも1日違いだったとのこと。妻がいうにはうちの息子より格段大きな顔をしていたというその男の子も見たかった。
それにしても,赤ちゃんて千差万別。見ていて飽きないというわけではありませんが,悩みも人それぞれなんだろうな,と納得する。それでも,やはりわが子はいちばん美しい。

という訳で,授乳を外で待つのもけっこう辛いものがありますね。まあ,慣れていかなくては。思ったよりも遅くなってしまったので,吉祥寺駅アトレの食料品街で一品だけ惣菜を購入していく。そのお店のおばちゃんが息子に興味ありありでめちゃくちゃ話し掛けてきます。まあ,たまには嬉しいですが,こういうのけっこうあるみたいですね。
授乳後はけっこう起きていて,バスに乗る前後はちょっと泣かれましたが,わが家の室内では響く彼の泣き声も雑踏では大したことないことを確認。本人も諦めてすぐに寝てしまいました。そして,帰りのバスは順調に到着。

Blog20101209 こんな渋い表情もします。

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スリングで外出

22時すぎに床に着く。風呂をあがった後,十分に授乳してもすっきり寝れない息子のために,妻が添い乳をするが,寝たかと思うと起きを1時間近く繰り返してもまだ不満な様子。妻もその乳首も限界なので,粉ミルクを40ml飲ませても泣き止む気配なし。もう打つ手段なしということで,妻には寝てもらって(この泣き声のなか眠れるかどうかは分からないが),ともかくスリングに入れたまま私が付き合うことにする。生後一ヶ月の乳児は何時間泣き続けられるのか。

さて,そんな現在の状況はともかく,近況など。
先日,一ヶ月検診として出産した助産院を訪れたということを書いたが,一応これでこの助産院を訪れるのは最後。もちろん,その後の相談も受けてくれるし,その助産師さんがやっている「調布おっぱいの会」や,この助産院で出産した家族たちの集まり「OG会」なるものもある。それはともかく,その家の息子さんも見送ってくれて,私たちはこの助産院を卒業した。いちばん大変だといわれている生後一ヶ月の育児を終え,いくつか次の段階に移行していいとのお墨付きをいただく。
まず,一つ目がお風呂。これまでは「沐浴」といって,低めの温度調節(40℃前後)で,ベビーバスなるものを使う。それは生後一ヶ月程度しか使わないのでレンタルという手もあるのだが,tubtrugsの深さの浅いものを使おうと決めた。実際,これの深いタイプの中サイズのものを洗濯物入れ,および洗濯機に水を運ぶのに利用している。これだったら,沐浴に使わなくなっても(使っている途中でも)ベビー服の手洗い洗濯に使えるということで購入。しかし,実はこれ,直径が40cmしかなく,実際には48cmで生まれてきた息子には小さすぎた。でも,結局一ヶ月間はこれで沐浴をした。5cmほど身長が伸びた一ヶ月目にはかなり厳しくなっていたが,おとなしく足を曲げていてくれればなんとか用は足していたのだ。
ということで,一ヶ月を過ぎ,始めたのが,一緒にお風呂に入ること。沐浴は卒業です。脱衣場にも電気ヒーターを持ち込み,浴室はシャワーを使ってお湯をためたりと,室内の気温をできるだけ上げます。沐浴はもっぱら私の仕事でしたが,これからは交替でお風呂に入れます。先に入る方が一人でなるべく室内の温度を上げるようにして,浴室の湯温が適温になるようにしてあがります。で,次の人が子どもと一緒に入り,まずは沐浴と同じ要領で子どもの体を洗い,一緒に浴槽に浸かるといった具合。まあ,子どもの体温が下がらないように気をつけるだけですが,寒い時には遠慮なく泣き叫ぶので分かりやすい。浴槽の湯温が高すぎる場合も泣くようなので,それほど難しくはないですね。私の周りでもベビーバスなど使わず,はじめから一緒に入っている人もいるようですから。

さて,続いて新しく始めたのが布おむつ。これは夫婦で出産前から布おむつ宣言をしていたため,譲っていただいたものや,新しい頂き物など,用意はすでにしてありましたが,なかなか余裕がなくこれまでは紙おむつ。とりあえず,余裕がある私が試しに使ってみる。実は紙おむつはよく考えて作られているものの,たまに漏れてしまう。恐らく紙おむつといいながらも化学繊維を使っていて,水分の吸収はその擬似紙本体ではなく,その内部に組み込まれた吸収剤だから,それにうまく吸収される前に水分が横滑りを起こすのだと思う。それに対し布の吸収は分かりやすい。男のこの場合は,おちんちんに当てる部分を厚めに折っておけば,まず一回のオシッコで漏れることはない。しかも,紙おむつと違って,肌に密着しているからずれることはないのだ。ちなみに,ちょっとどうなるのか恐れていたウンチの方も意外にいい感じ。余分な水分を布が吸ってくれるので,ウンチそのものはキレイに留まっていてずれることはありません。問題は洗濯です。購入した布おむつ育児の本によると,ウンチの場合はトイレにそのまま漬け,流しながらジャボジャボすると,ウンチが流れますと書いてあったけど,意外にウンチがこびりついて流れません。それから,新生児のウンチは黄色いのが特徴ですが,その黄色は白いシャツにカレーをこぼしてしまった時のように色素が落ちませんな。かつてはトイレの水なんていくら清潔な状態でも触りたくなかったものですが,随分平気になりました。ウンチの場合そういう下処理をした後,オシッコのみのものと一緒に洗剤を溶かした水に半日くらい漬けておきます。そして,翌朝大人の洗濯物と一緒に洗濯機で洗う,という感じ。まあ,一日中やるとおむつだけで10枚以上になってしまうので,今のところは試用期間ということで1日3枚まで。

始めたことの三番目は外出。わが家には知人から譲ってもらった抱っこ紐が2種類ある。一つは頭をカバーするものまでついていて,首の座らないうちから使用できるが,やはり体に密着している方が子どもも落ち着けるということで,妻がネットで探してきたminimonkeyというスリングを購入。まずは近くの薬局まで。この薬局は古臭い店構えのせいか,これまであまり利用していなかったが,意外にもベビー用品が充実していることが分かり,最近では週に一度は必ず行く。というのも,駅前のミネドラッグだと,なんと新生児用の紙おむつすらろくに置いていないのだ。ということで,本人を連れて,紙おむつと粉ミルクを買いに行く。
スリングは基本的に窮屈。元気な時は首を反らせ,足を伸ばすわが息子だから,体をくの字に曲げた体勢が快適なわけがない。基本的にスリングに入れた時はまずギャーギャー泣く。でも肩にかけたままいろいろ活動しているうちに諦めて寝てしまう。あるいは外出するときは不思議と玄関から一歩外に出れば泣き止んですぐ寝てしまう。静かな家のなかでは,物音一つで反応して起きてしまうのだが(自分のおならですらも!),屋外では圧倒的な音と光の洪水のなかで,膨大な刺激と情報量から自らの身を守るために,感覚をシャットダウンするのかもしれない。

12月3日(金)

ということで,午前中の講義を終えて直帰し,家で昼食を食べたから,調布駅北口にある布多天神社に家族三人でお参りに行く。散歩がてら徒歩で。30分ほどの道のりだが,息子は寝通し。続いて調布PARCO内のタルト屋でお茶。先客にも生後半年くらいの子どもを連れた人がいてちょっと安心。金曜日の昼間ということでほとんどが女性客。初めて入るお店だったが,思ったよりも店内は広く,客席も多いのに,かなり埋まっていました。スリングに入れたまま椅子の上に下ろしても起きそうになかったので,そのままお茶。でも,妻はお乳が張るということで,トイレに行って絞ってくる。お店を出る頃から起きそうな雰囲気になってきたので,電車を使って急いで帰宅。
結局,友人からプレゼントされたママズ・バッグを使って,替えのおむつや授乳ケーブ,粉ミルクセットなどを持参したのに,のべ2時間ほどの外出で,息子はほとんど寝たまま。用意したものは待った無用でした。でも,夫婦で一緒に飲食店に入ったのはけっこう久し振り。まぁ,近場だったらこんなことが可能になってきて嬉しい外出でした。

Blognudeちょっと前の写真ですが(今は大分ムチムチです),上半身ヌード。

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息子,生後一ヶ月

ただいま午前4時。
最近は寝不足がたたっていたので,妻が横で授乳に奮闘するなか,寝させてもらっていたが,妻のイライラも最高潮。急遽,私が息子を預かり,スリングに入れてブラブラ。お米を砥いだり,息子の肌着を洗濯したり。スリングのなかで寝付いたので,寝室に下ろすと5分も経たずに泣き出す。ということで,当分スリングのなかで寝かせることにして,私は台所でこうして日記を書いています。外は本格的な雨ですね。

11月28日(日)

息子は10月28日生まれなので,この日がちょうど一ヶ月。一ヶ月検診は家族3人で来てくださいと助産師さんにいわれていたので,ちょうど日曜日のこの日にする。当初は電車とバスを乗り継いでと思っていたが,助産師さんに確認してはやり大事を取ってタクシーを呼ぶことにする。呼んでもなかなか来てくれないこともあるので,早めに呼ぶと,すぐ来てくれてしかも,今回は道に詳しい運転手さんですぐに着いてしまう。10時の予定がまだ9時半。
時間を潰す場所もないので,ピンポンする。なんと助産師さんは起き抜け。「あれー,9時半だったっけ?」といいながらも,「ちょっと待ってて,準備するから」といってしばし待つ。この日は移動がタクシーだったので,抱っこ紐を使わずそのまま抱きかかえてきた。タクシーに乗るなり熟睡で,いまだ熟睡。診察のお部屋に通され,まずは母親のことなど。その後,どうやらおむつも替え時なので,息子を起こし,おむつを取って服も脱がす。体重を量って,その他もろもろ。こういう時は褒め上手の助産師さん。体重も日割り計算で27gずつ増えていて(退院時からだと30g越え),「何の問題もありません。順調に育っています」とのこと。育児中は苦労も多く,心配事も多いが,こういう言葉を聞くと,「どうしたらいいですか?」と用意した質問も忘れてしまうほど嬉しくなる。
逆に問題は妻の体。体重は妊娠前から10kg以上減ったのだが,まだ骨盤が戻っていないらしい。寝ること中心の生活で足腰も弱まり,なかなか回復のしようがない。ということで,骨盤を引き締める体操など,いろいろ教わっている間に,再度服を着させた息子を腕に抱いている私。どうやら,自分の家から出ると大人しくなる。

順調に育っているし,とりあえず大人しいので,帰りはバスと電車で帰ることにする。まずは,腹ごしらえ。まだ11時を過ぎたところだったが,「ガッツリ食べたい」という妻の要望で,近くの深大寺そばのお店へ。こんな時間から男性一人客で賑わっています。おそらく,朝食は取らずに朝からそばなんでしょうね。しかも,けっこう寒いのに皆ざるそば。こういう食生活だからか,皆醜い感じで肉付きがよいです。私たちは温かいそばをつけた丼セット。妻はカツ丼で私はマグロ丼。満腹になって店を出ると,ちょうどバスが来る時間です。バス停で前に並ぶ年配の女性に子どもを見てもらって,褒めてもらう。こういうの,いいですね。
息子は相変わらず私の腕のなかでスヤスヤ。吉祥寺から調布駅北口行きのこのバスは布田駅前を通るので,そこで下車。わが家のコーヒー豆も残り少なくなっていたので,南蛮屋で3種類400gを買って帰る。1ヶ月すぎて外出許可も出たので,これからは妻が一人で家にいても気晴らしに散歩にも出かけられます。検案していた年末年始の埼玉への帰省も実行予定。母親に初孫と初めて年を越してもらいましょう。

自宅では布おむつも始めました。洗濯が大変なので,まずは休日私もいるときに1日3枚のペースで。しかし,思ったよりもこれが快適。紙おむつといいながらも,素材は紙ではなく化学繊維。つけ方を誤るとオシッコがするーってもれてくるんですよね。しかし,布おむつは思ったよりも吸収力がよく,限度を越さない限りは漏れてこない。むしろ,おちんちんにフィットしていい感じ。ウンチも心配でしたが,ウンチ中の水分も程よく吸ってくれて,頻繁にチェックして替えてあげれば漏れる心配はまずなし。1日3枚くらいだと洗濯も楽だし。ウンチをしてしまった場合はそのまま,便器につけて流すとある程度モノは落ちます。その後,おむつをまとめて洗剤に漬けておいて,翌朝軽く手洗いして,われわれの衣類とともに洗濯機へ。そんな感じです。

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昭,口唇期

私たちの息子は泣き虫である。育児といっても,寝ている時は何もする必要がないし,機嫌よく起きている時は放っておくか,適当に一緒に遊んでやればよい。面倒でいちばん時間が長い(長く感じられる)のが,泣いている彼をいかに泣きやませるかである。
まあ,誰でも知っているように,泣いている理由は三つ。お腹が空いておっぱいが欲しい時,おむつが濡れて不快な時,そして眠たいのだが何かが原因で寝れない時。一番目はおっぱいをあげればよい。二番目は息子の場合,それといって分かる時はない。しかし,それに近いものとして,胃腸が活動し,これから排泄するという時の違和を感じ,泣いている時がある。これについては後述しよう。
ということで,いちばん苦労するのが最後の点だ。といっても,これは勝手に想像しているだけで,本当にそうかどうかは分からない。ただ,何をやっても泣きやまない原因を考えるとしたらそんなことしか思いつかない。実際に,この状態になるのは起床時間が継続している時である。そんな時はどうやってあやしているのか。ここで列挙してみよう。まずは普通に抱きかかえてよしよしとなだめる。生まれたての頃はこれで泣き止むことが多かったけど,最近はほとんどない。二番目は「高い高い」などで,垂直の運動をする。これは前回書いたように,あまり激しい動きは脳に損傷を与えるので気をつけなくてはならないが,私たちが遊園地で垂直落下のマシーンを楽しむように,子どもにとっては泣いているのを忘れるような衝撃らしい(だから,やりすぎは禁物)。三番目は私自身が揺り篭のようになり,水平の移動を与える。これも極度な移動は加速度がかかった状態になって泣き止むが,やりすぎはよくない。ここ数日はもっと遅い速度でも落ち着いてくれることを発見。最近は自動でスイングする商品もあるが,やはり揺り篭は偉大だ。もちろん,抱っこしてあやしながら,リズミカルに背中などを軽く叩いたり,話し掛けたり唄ったりするのは効果的。

そして,もう一つ私がよくやるのが,指をしゃぶらせること。妻の知人にいただいたベビーグッズのなかに,シリコン製のおしゃぶりが入っていたが,これを加えたのはほんの一時期だけ。最近では,口に入れた瞬間にプイと外に出す。その仕草が可愛くて,最近ではしつこく何度も入れて出させてを繰り返したりする。
そんな感じでシリコンおしゃぶりは役に立たないが,私の指は吸ってくれる。特に右手の薬指。爪の側を舌で舐めるような形で入れてやると,はじめは「何だこのまずいものは」という感じの顔をすることもあるが,慣れてくるとチュパチュパと強い吸引力で吸う。この時,左腕一本で抱きながら指をしゃぶらせているのだが,左手の手のひらを彼の背中に当てていると,飲んだ母乳が胃腸で消化されているのがよく分かる。私の指をしゃぶっている時は,これから眠りにつくときと,胃腸で消化されたものが排泄される時とが多い。そのどちらもなかなか面白い体験だ。前者は,しゃぶっている間にまぶたが重たくなって目が細くなってくる。そしてチュウチュウと吸う回数と力が弱くなってくる。でも,すぐにはやめない。休み休みで何度も思い出したように吸い,最後に眠りに落ちる瞬間にプイとちゃんと指を吐き出すのだ。そして,後者だが,こちらは打って変わって大騒ぎ。無自覚のうちに排泄することも多いが,排泄するという自らの内臓の運動を自覚している場合ものある。その際が大騒ぎなのだが,指をくわえるという行為によってその訳が分からない自分の体の動きに向けられた神経を指を加えるという行為に向けてそらしているように思われる。ウギャウギャ騒ぎながらも必死で指にすがりつくという感じ。

Blog20101201

さて,フロイトの性的発達段階説の最初の2つの段階が,口唇期と肛門期である。といっても,私はきちんとその説をフロイトの原文で読んだことがない。ちょちょっとネットで調べてみると,乳首をチュパチュパ吸うことへの快楽と,肛門から排泄する時の快楽を感じるか感じないか,それに執着するかしないかでその子どもの成長後の性格が決まってくるというもの。しかし,私は勝手にこれは根本的な自己と他者の問題,あるいは内部と外部の問題ではないかと想像している。
よくいわれるように,新生児が自らの身体を自らの所有物だと認識すること,そして,自分自身の精神が他者とは独立した存在であると認識するまでには時間がかかる。そもそもが出産前は母親の身体の一部であった胎児が,産道を通って外界へと出,へその緒を切ることによって独立した物理的存在になる。しかし,もちろん何から何まで新生児の生命は母親(これはあくまでも理念的な存在としての母親です)に依存している。確かに新生児の身体能力は意外に高く,首をのけぞる力や,泣く時の腹筋,そしてわが子の場合は特に足をバタバタする時の力はかなりなものだ。しかし,足をバタバタさせたり,手をブルブル回してみたりというのは,私たち大人のように,歩いたり,手で何かを掴んだりという機能を果たすことができるような制御されたものではない。まあ,そうした将来の機能的運動に向けての訓練だということもできるが,いわば自覚的運動ではない。身体運動を自らのものとして意識はしていないということだ。機能的に意味があるのは泣くことと乳を吸うこと。この二つは明らかに自らの身体を維持するための機能を果たしているが,それはある意味で生まれもってプログラミングされた無自覚のものともいえる。

つまり,彼はどこまでが自分でどこからが自分外なのかという境界を持ち得ない。そもそも境界などという概念が存在しない。私たち大人の境界の概念によれば,子どもの身体の外部に母親の身体はあり,その外部から母乳が内部へとやってくる。そしてそれを自らの体内に導き,栄養に変換して自らの身体と成す。しかし,子どもは外部なる乳首はいつでも欲しい時に目の前にあると思い込んでいるために,それがない時にないことを自覚し,諦めることはできない。つまり,口唇は内部と外部の境界である。その境界を自己と他者の境界だと自覚していく時期が口唇期ではないだろうか。
一方,肛門はその逆である。肛門を通って,自らの内部にあった物質が外部へと排出される。もちろん,その前には胃腸の働きが少なからず子どもには感覚されるわけだが,その感覚は手足や顔,胴体などを外部たる私たちの手が触るのと同じように,子どもには外部から持たされる不快感に感じるのかもしれない。だから,避けられないその胃腸が運動する感覚を我慢できずに大泣きすることがある。そして,排出した便もそれが不快だとは考えないのかもしれない。といっても,肛門という内外の境界を意識するのは,まだまだ先なのかもしれない。トイレを覚えてきた子どもが,水洗トイレで流されるウンチに向かってバイバイするのはよく知られている。

まあ,ともかくそんな具合に,息子は境界という概念を学び,自らの内部と外部に境界線を引いていく時期がそのうちくるのだろう。

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わが息子紹介

今度は息子のことなど。生年月日2010年10月28日。名前は成瀬 昭(しょう)。同じ字で「なるせあきら」というベーシストはいるらしい。
妻の授乳の困難については既に書いているが,それもあって,順調な成長とはいえない。といっても,他の子どもを生後きちんと観察したことがないので,順調というのがどういうものかわからないが。妻の授乳の困難の原因の一つは息子にもある。大き目の乳頭を小さな口できちんとくわえられるようになってからかなり経つのに,いまだにすぐにはチュウチュウしないのだ。決まって足をバタバタさせ,首をのけぞらせ乳首を拒否するのだ。辛抱強く妻がくわえさせることでようやく落ち着いて吸い始める。その抵抗の力と持続時間は夜間にひどくなる。時には妻が根負けしてしまう夜もある。おっぱいが欲しくて泣いているのに,あげようとするとまた泣き出す。その繰り返し。
しかし,その一方で前回書いた乳頭混乱もあまりなく,哺乳瓶は素直に飲む。かといって,乳首への抵抗は哺乳瓶に慣れていることが原因だとは思えない。そして,哺乳瓶では搾乳して冷凍した母乳も,粉ミルクも与えているが,味の選り好みもせずに飲んでくれるのはありがたい。ちなみに,初めて使った粉ミルクは明治乳業の「ほほえみ」キューブ式。これはどこかのマタニティフェスタでサンプルでいただいたものだが,わざわざ計量しないですむので楽かと思い,サンプルが終わってもう一箱買った。でも,小さな箱では量が少なくすぐになくなってしまう。
その頃から,母乳と粉ミルク混合でやっていくことに妻が決めたので,本格的に粉ミルクを買うことにした。どうせキューブ状のは付加価値がついて高くつくという判断から,缶入りの粉状のものを買おうと薬局に行ったのだが,標準タイプは850g入りで,缶の大きさは直径12.5cm,高さ18cmもある。ちょっと持って買えるのも思いし,購入した後に母乳が軌道に乗って,粉ミルクは不要になるかもしれないと判断し,一つ小さい320g入りの缶を選ぶ。しかし,明治乳業はこのサイズを出していなくて,森永乳業の製品しかなかった。しかも,ミルクアレルギー向けの商品などいくつかあって,どれにしたらよいのか迷う。結局,いちばん標準的なように思えた「はぐくみ」をチョイス。幸い,息子は味の違いに気づかないのか,問題なく飲んでくれた。しかし,その頃から圧倒的に飲む量が増えてきて,妻の母乳の出がよくなってきたにもかかわらず,320gは1週間程度で終了。紙おむつと同じペースか。ということで,次回は850g入り。再び「ほほえみ」に戻してみました。

新生児は1日14~15時間は寝ているといろんなところに書いてある。基本的にはおっぱいかおむつかで泣いて起きる。そしたら,おむつを交換するかおっぱいかをあげ,満足すれば寝る。その繰り返しだという。たまに30分ほど起きている時間があるので,その場合は遊んであげましょう,と書いてあるが,わが子の睡眠時間はどのくらいだろう。せいぜい8時間くらいのように思う。連続して2時間以上寝てくれるのは1日に2,3度しかなく,大抵は寝ても1時間。おむつが不快で起きるということはあまりないが,逆におむつを換えてすっきりしてまた寝るなんてことはありえない。おっぱいをあげた後は,酔っ払い状態のようにぐでんぐでんになってしまうのだが,すぐに起きてしまうこともよくあるし,哺乳瓶であげた後全く寝ない場合も多い。機嫌が良くて起きている時間も1時間はざらで,その後機嫌を損ねてあやしているうちに起きている継続時間が2,3時間に及ぶこともよくある。わが子は「寝る子は育つ」という表現とかなりかけ離れているわけだが,それも個性と信じるべきか。

でも,ちょっと気になることもないでもない。助産院での入院中から,私は息子をあやすときに,けっこうゆらしていたのだ。その時から,「ゆさぶられっこ 症候群」の存在は知ってはいたのだが,どういう状態にするとどう反応するのかという新生児の三半規管の能力やそれに対する反応をみて楽しんでいたのは否めない。楽しんでいたというよりは要するに,「高い高い」のような垂直運動や,抱いたまま私が体を回転させることなので,容易に泣き止んだから,つい何度かやってしまっていた。今でも,あまりに泣き止まない時は思わず揺らす幅が大きくなったりしてしまう。まぁ,Wikipediaなどで調べてみても,そこに書かれているようなことはしていないし,典型的な症状があるわけでもないが,初めての子だし,個性と異常を見極めるのは難しい。

さて,今週も金曜日は映画の日。妻から講義後に1本観てきていいという許可をもらって観に行く。

11月26日(金)

新宿バルト9 『行きずりの街
大分の湯布院映画祭でも上映された阪本順治監督作品。この映画祭に10回も参加している岡山のTOMさんの評判はイマイチだったのだが,私は仲村トオルが主演ということで観たかったのだ。金のかかった大作は観ようとは思わないが,『魂萌え!』など地味な作品も撮れる。ということでも,本作には期待するところがあった。TOMさんの評判がイマイチだったのも,ある意味では私の観たい気持ちを後押ししたかもしれない。ヒロインが小西真奈美であることは知っていたが,予告編は観ていなかった。私の予測では,なにやら過去に訳ありの2人が夜の都会を彷徨うよう,ということだけが淡々と進んでいくような雰囲気。
仲村トオルは決して演技派ではないと思う。けっこう,いつでも同じような役どころ(デビューの『ビーバップ・ハイスクール』の頃は別だが)だと思うし。でも,どこか惹きつけられる雰囲気を持っているところがいいし,主演なんて滅多にないだろうし,そもそも映画の出演はさほど多くもない。一方,小西真奈美は最近演技で頑張っていて,いろんなタイプの役どころを与えられていて,ともかく演技が楽しくってしょうがないという雰囲気が伝わってくる。本作においてもそんな2人だった。そして,初日舞台挨拶のニュースで窪塚洋介が出演していることを知ったが,現在の彼にとっては本作の役どころは適役だったと思う。偉そうに尖がっている感じが今の彼に求められていると思うが,本作では表向きがそういう人間でありながら,そんな自分を変えようと密かに願っている,そんな訳。残念ながら菅田 俊と石橋蓮司はありきたりの役だったが,ある意味では贅沢。そう,こんだけ豪華な俳優人を挙げてくれば分かるように,私の予想は全く外れてしまった。まあ,それもそのはず。原作が「このミステリーがすごい!」というランキングでNo.1を獲得したというのだから,そんなフィルム・ノアール的な雰囲気であるはずがない。次から次へと問題がおき,人から人がちょっと無理があるくらいつながっていく。テレビドラマ的展開でしたな。でも,そこはベテラン映画監督ですから,しっかりと映画的演出がなされていて,私自身は大いに楽しんだ作品でした。でもタイトルの「行きずりの街strangers in the city」というのはどっちがどっちなの?という謎ではあったが。

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情報過多の現代育児

その後,妻は数日で授乳のコツをつかんだ。まずはこれまで使っていた哺乳瓶の先を乳頭にくっつけて,飲ませる。哺乳瓶と実際の乳首とを交互に飲ませていると,赤ちゃんが「乳頭混乱」なるものを起こすといわれているから,なかなか飲んでくれない乳首から直接の授乳はひとまず先送りにし,でも同じ哺乳瓶の先でも,ちょっと吸えばミルクが次々入ってくる哺乳瓶とは違って,自分の力で吸わないと母乳は出てこない。まずはそこから覚えさせるという戦略。これが2日くらい続き,子どもも随分慣れた様子。

そこで,妻は今度は哺乳瓶の先を使うのをやめ,直接乳首から吸わせることに挑戦。こちらも混乱が起きないように,乳首だけ。これも2日間くらいで軌道に乗る。しかし,これで全てが解決したわけではない。1日中乳首から吸わせるということはやはり乳首そのものへのダメージも大きい。きちんと乳首を吸い込んで飲むまでに毎回,試行錯誤があるのだが,そこで赤ちゃんが苛立って,歯のない口で乳首をガブっと噛んでしまうことがある。また,きちんと吸ったら吸ったで,けっこうな吸引力はやはり痛んだ乳首には厳しい。

そんな状況で,先週の助産師による2週間検診に続き,市の保健士による訪問が3週間目にあった。ここでも体重を量ったのだが,2週間検診までに順調に増えていた体重が,それから1週間でほとんど増えてなかったのだ。哺乳瓶で与える時は赤ちゃんがどれだけ飲んだかをきちんと把握できるのだが,直接乳首から吸わせた時は,それがよく分からない。その体重の結果を見て,妻はまた落ち込んでしまうのだった。よく考えれば,以前よりウンチの量も減っていたし,睡眠時間も減っていたので,常に空腹状態にあったのではないか,と思い起こすたび,また自分を責めてしまう。

母乳を勧める育児書のほとんどは,母親とその子どもは元来母乳を飲むという行為によって結ばれていて,よっぽど母親の母乳が出ない限りは,母乳だけで育てることが可能だという信念に基づいている。なので,あまり代替案を用意していない。母乳のための良いことを,運動やマッサージ,食事や授乳のスタイル,時間,などなどの情報が掲載されているだけ。一方で,粉ミルクのパッケージに記載されている1日の飲ませる基準量は驚くほど多い。母乳ってそんなに出ているのだろうか?ともかく,新生児育児に関する情報は溢れているが,それらに一貫性などないのだ。

ということで,またまた軌道修正。1週間前に搾乳して冷凍保存した母乳を活用したり,粉ミルクを追加したりして,赤ちゃんの飲む量を増やす。でも,子どもの方は1週間ほど乳首から直接飲むことを覚えたので,ミルクを十分飲んでもそれだけでは眠ってくれない。乳首を吸う行為がほどよい運動量となり,疲れで熟睡できる仕組みになっているようです。とうことで,飲む量に関係なく,乳首も吸わせたり。

そんな妻の授乳の苦労を気に留めていた保健士さんは,個人的に連絡を取ってくれ,また数日後に訪問してくれた。再度体重を測定すると,やっと3kgを突破。この方針も数日で軌道に乗り,ウンチの量も増え,睡眠量も増えた。それにしても,わが家は布おむつで育てるつもりだったが,まだそこまでの余裕がなく,紙おむつのお世話になっているのだが,それはそれで恐ろしい。90枚入りのものを買ってきても1週間はもたないし,いくら市から無料のゴミ袋が配布されているとはいえ,週2回の燃やせるゴミの日には必ず,そのMサイズのゴミ袋を出さないといけないほどの量を出している。そもそも,私たちの生活は生ゴミ処理機の活躍もあって,Mサイズの1/3の量にすぎないSサイズ袋で,週に1回弱しか出さないのだ。つまり,普段の10倍近い燃やせるゴミを出している計算。

そして,わが家は以前ほしい物リストに書いたが,デロンギ製のオイルラジエータヒーターを導入している。大人だけだったら,寒い冬でも湯冷めしないうちに布団に入って寝てしまえば,朝まで暖房を使用せずにすむ。しかし,赤ちゃんは夜中起きる。当然,妻も起きる。しかも,胸をはだけて授乳をしないといけないのだ。その状態では既に今の季節でも寒く,このヒーターが大活躍。このヒーターは熱量をコントロールできるのはもちろんのこと。1日24時間のタイマーつきなのだ。そもそもが,スイッチを入れてから15分くらいしないと本体が暖かくならないし,本体が熱しても,部屋が暖まるまでにはまた時間がかかる。でも,逆にいえば,スイッチが切れても暖かさは持続するのだ。なので,そのタイマーというのは,ONとOFFを15分単位で繰り返すことができる。夜中は1時間のうち,30分をONで,30分をOFFといった具合に。それによって,室温については随分快適に過ごせているのだが,なんと電気代は1ヶ月2000円増し。もう少し効率よい利用法を考えなければならない。

さて,妻のことばかり書いているが,私は実際何をしているのか。まあ,基本的には家事全般。妻には申し訳ないが,翌日会社がある日は,私は別の部屋に寝る。一応,泣きやまないほどの時には(というか,別の部屋まで聞こえて起こされる場合には)手伝いに行くが,夜間は妻担当。私はこれまでより2,30分ほど早く起きる。朝食の準備と妻の昼食の準備。子どもの服はそれ専用の洗剤で手洗いし,洗濯機で脱水をして干す。自分たちの服は,以前は2日に一度まとめて洗っていたが,妻の外出着がなくなって量も減っているので,毎日少ない量を倍速で洗う。ちなみに,わが家の洗濯はお風呂の残り湯を使うのだが,室内に洗濯機置き場がないので,浴槽からベランダの洗濯機まで6mほどの往復をするのだ。倍速が可能な水の量は28リットルで,水を運ぶために使っているものは14リットル。倍速の場合,すすぎを1度しかやらないので,合計4往復。
会社はもちろん定時勤務。9時から5時まで。直帰したり,食材を帰り際に買ったりして18時前には帰宅。夕食も私の担当。合間にはおむつも換えるし,妻が授乳中に足りない分の粉ミルクを作り,搾乳機や哺乳瓶を洗ったり。そして,私の重要な任務は寝る前の沐浴。妻がシャワーを浴び,浴室が程よく暖まったところで,子どもを入れる。トイレの上に広げた毛布とバスタオルでくるんで,和室へ移動。私がお風呂を片付けている間に妻はベビーオイルを塗ってのベビーマッサージ。おむつを履き,服を着させ,私は鼻や耳の掃除用の綿棒を用意し,掃除する。落ち着いたら,私は自分の入浴へ。まあ,そんなところか。

でも,この毎日では妻の体力的・精神的疲労はどんどん蓄積する。いくら添い寝といっても,私に似たのか鼻息の荒い息子の寝息のする横では熟睡できないらしい。もちろん,部屋の中に一日中いるのも窮屈だ。ということで,最近では私が1,2時間息子の面倒を見ることにして,いつも私が寝ている部屋で寝てもらったり,買い物くらいは行ってもらったり,夕食を作ってもらったりしている。
まあ,とにかく自転車操業的に毎日をやり過ごしているような日々です。

11月19日(金)

そんななか,妻が私に気を遣ってくれて,金曜日の朝の大学講義の後に,1本映画を観て帰ることが許された。それは妻も観たいといっていた映画で,第1弾上映の神保町シアターでは最終日になってしまった作品。市ヶ谷で講義を11時に終え,神保町まで歩いていく。靖国神社を抜け,靖国通りを東に進む。そういえば,20年前,私はかつて九段下にあった福武書店(現ベネッセ)に週1回通っていた。なんと,赤ペン先生をやっていたのだ。九段下は東武伊勢崎線から地下鉄を乗り継いで,東横線の都立大学駅までの途中にあった。当時私は大学生で,長距離通学の私は時間の都合のつくアルバイトを探していて,自身が中学から高校にかけてやっていた赤ペン先生の採点者のアルバイトを始めたのだ。
九段下を抜けて神保町へ。こちらでも修士課程2年の時にアルバイトをしていた。卒業論文を指導してくれた先生の紹介で,帝国書院で週に3日働いていたのだ。なんか,そんな思い出に耽りながら,私の人生,意外と都営新宿線に縁があるのだなあと思ったり。
神保町に着くと,以前よく行っていたチケット屋が宝くじ売り場に替わっていた。幸い,三省堂書店の1階にチケットぴあがあり,そこで前売り券を購入し,そこから徒歩一分の神保町シアターへ。実は,映画通の私ながら来るのは初めて。なかなかいい雰囲気でスクリーンは地下にある。受付をして一旦食事に外に出る。ここは指定席制ではなく整理番号制。30分弱の間にどこで食べようかと思いあぐねながら,やはりカレー屋「エチオピア」へ。最近は妻の母乳のことを考え,肉類は控えている。慣れない魚料理に奮闘しているのだ。なので,豆カレーが美味しいエチオピアだが,ビーフカレーを注文。カレーならちゃちゃっと食べてと思っていたが,そういえばと思い出す。平日の12時前にもかかわらず男性客でごった返す店内でも,丁寧に一皿一皿調理するのがここのモットー。結局,15分待たされて,10分以内で完食し(平日の昼間はアイスがサービスでつく),映画館に急いで戻る。

神保町シアター 『森崎書店の日々
原作は「ちよだ文学賞」受賞作。この文学賞は千代田区の実在する場所を作品中に織り込むという面白い条件付のものらしい。ということで,神保町の古書店を舞台にしたこの作品。上述したように,私は一時期神保町でアルバイトをしていたのだが,ちょうど修士論文に取り組んでいた時期でもあって,アルバイト代の一部は古書の購入代に消えていった。もちろん,神保町に限らず古書店は大好き。思いがけないところでいい古書店に出会うことほど嬉しいことはないというほどだ。
粗筋はホームページからでも予告編を見ていただければ説明不要。ある男にふられた(?)主人公が,母親の弟(すなわち叔父)が一人で切り盛りする神保町の古書店「森崎書店」の店舗の2階に仮住まいすることになる。この主人公を演じるのは映画初主演の菊池亜希子。以前から,献血ルームで女性誌を読んでいる時に登場して気になっていたモデルさん。現在28歳の彼女はエッセイなどでも活躍の場を広げているようだ。内藤剛志演じる叔父は,店舗とは別の場所に自宅を持っているが,一人での経営では自由が利かないが,アルバイトを雇うほどの余裕もないので,ちょうど物置になっていた2階に姪に住んでもらうことで,家賃を請求しない代わりにたまに店番をしてもらうという条件。とある日,叔父は近所の喫茶店に姪を連れて行く。きたろう演じる店主のこの店では田中麗奈演じる女性アルバイトがいたりして,主人公と仲良くなる。麗奈ちゃんの役どころは明治大学の国文学専攻の大学院生。森崎書店にもよく古書を物色しに来るという設定。
なかなかその男を吹っ切れずにいる主人公だが,全く関心がなかった古書の世界に徐々に惹かれていき,また少なからずこの街で出会う人々との交流を通じ,自分自身を見つめなおし,次のステップへと踏み出していく。まあ,ある意味では有体の物語ではありますが,なんといっても,雰囲気のいい作品。プロデューサーが市川 準監督との関わりがあるらしく,市川作品『東京マリーゴールド』に出演していた麗奈ちゃんもその頃のことを思い出したという。確かに,とつとつと下北沢を描く市川作品『ざわざわ下北沢』などの雰囲気にも通じるものがある。そして,なによりもその雰囲気の中心には古書があるのだ。私が古書店を訪ねるとき,そして1冊1冊を手にとって思いに耽る時,そんな雰囲気が見事に映像化されていて,またそのなかに菊池亜希子ちゃんが見事に溶け込んでいる。まさしく愛すべき作品。古書店はブックオフなどとは違って,年老いた店主が本に目をやりながら物静かに店番をしている。店内にはラジオやクラシック,ジャズが控えめな音量で流れ,2冊と同じ本が並ばない本の宇宙。

主人公が女性ながら,原作者は男性。しかも,監督は女性の日向朝子さんだという。だからか,どの登場人物もどこか中性的な雰囲気を持っています。穏やかな気分にさせてくれる作品。いい気分でパンフレットを購入し,外に出る。森崎書店の撮影で使われていた古書店には見覚えがないが,明らかにその立地している所は映画館の近くだと思い,そちらの方に足を運ぶと,ありました。現在は映画公開中ということで,映画のスナップ写真などが壁面に飾られている。

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思い通りにいかない授乳

妻の友人が来てくれている間,いろんなことがあった。妻の母乳は思うように出るようになったものの,なかなか子どもは乳頭をうまくくわえられない。助産院での入院中は,乳頭にシリコン製の哺乳瓶の先のような,「乳頭保護器」を使って練習していたのだが,それは助産院の借り物なので,私がpigeonのものを購入したが,息子はお気に召さないようでうまくいかない。

前回,新生児は3日間は飲まず食わずで生きていけると書いたが,さすがに一週間経ってくるとそうはいかない。妻はちょっと焦り,友人が購入してくれた搾乳機で母乳を搾り,冷凍し,それを解凍して暖めて哺乳瓶で飲ませるようにした。すると,息子はゴクゴクと母乳を飲み始める。とりあえず,安心した妻はその方法で数日間を乗り切った。排便もよくするようになり,心なしかふっくらしてきたような気もする。搾乳した母乳が足りない時には,以前サンプルでいただいたキューブタイプの粉ミルクも飲ませてみたが,これも問題なく飲んでくれる。場合によっては,母乳の味に慣れると,粉ミルクを受け付けないという子どももいると聞いた。だから,一時的に誰かに預けたりすることを考えると,母乳オンリーではなく,粉ミルクの味も覚えさせた方がいいという考えだ。

しかし,その友人が帰り,数日すると,妻がネットからいろんな情報を入手し,落ち込んでいた。新生児で哺乳瓶から飲ませるのは危険だという。哺乳瓶は子どもの吸引力が弱くてもどんどん口に入ってくるので,どんどん飲んでしまう。それは母乳から強い力で吸引することを忘れてしまったり,また哺乳瓶の先に慣れてしまうと,母親の乳頭を吸わなくなってしまうという危険もある。もう一つは,乳頭から直接飲む場合と違って,どんどん母乳が体内に入ってしまうために,子どもが消化しきれないとか,空気と一緒に飲み込んでしまい,ゲップをする間がないとかという悪い点もあります。

ともかく,そんな情報を知ってしまった妻は,取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと泣きながら訴える。マタニティブルーという言葉がありますが,まさにそんな感じで精神不安定の妻。もともと,何か悪いことが気になると彼女の頭の中がそのことで占有されてしまう性向がある。他のことがうまくできていても,そのことだけでこの世の終わりを想像してしまうのだ。といっても,こればっかりは「じゃあ,私が代わって母乳を与える」というわけにもいかないので,代替策を2人で検討する。これもどこかに書いてあったことだが,母親の乳頭と哺乳瓶の先で混乱してしまうという症状は,3,4日どちらかに統一することで改善するという情報を信じ,今後は哺乳瓶を使わないという方針で決定。

けど,いきなり乳頭を直にくわえるのは難しいということで,ここ数日飲んでいた哺乳瓶の先を乳頭にあてることで授乳してみることにした。飲み心地は変わらないけど,母乳が口に入る量は自分の吸引力次第,ということだ。これでそれなりにうまくいくようになり,3日後くらいからは,乳頭から直の授乳がうまくいくようになる。

しかし,問題は解決したわけではない。もともと,乳頭をしっかりくわえて吸い始めるまでに時間がかかるのだ。お腹が空いているはずなのに,乳頭をくわえるのを拒否する。足を伸ばし,頭をのけぞらせ泣く。乳頭をくわえ,2,3回吸って母乳が出てこないとすぐに諦めてしまうようだ。まあ,ただこれも妻が辛抱強く,乳頭をくわえさせることで大抵は解決するのだが,問題は夜間。

私はこの方針が決まってから,翌日会社などで朝早いときは別の部屋で寝るようになった。妻が授乳に専念できるように,食事の用意や洗濯は私がしなくてはならないからだ。育児休暇中はそんなことで,哺乳瓶を使っていたので,私も一緒に寝て,子どもが欲しがった時には冷凍母乳を解凍して温めてみたいなことを手伝っていたのだが,直接授乳だと,私が一緒にいても手伝えることはないからだ。しかし,毎日別の部屋というのも寂しいので,翌朝遅くて大丈夫な日には一緒に寝るようにする。たまたま,子どもの夜泣きが収まらなかったときに私が抱きかかえてなだめようとしたのだが,明らかに昼間とは様子が違う。昼間は私が親であることを認識し,抱きかかえたり,話し掛けたりしてやると,私の眼を見て落ち着きを取り戻していくのだが,夜間は全く私の眼を見ようとしないし,声を聴こうとしない。触れられていることにすら安心をおぼえないという始末。まさに,「真夜中は別の顔」。ようやく,妻が泣いて訴えるほど夜中に苦労していることを知る。

ということで,まだまだ多難な育児の道は続く。

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出産記録

10月28日(木)

出産予定日まであと2日。予定日が1日違いだった永山マキさんは2週間前に既に産んでしまったし、妻の通うマタニティビクスなどの妊婦仲間たちも次々と出産。病院からは、予定日1週間越えたらもう一度来るようにいわれたり、助産師さんからも「まあ、初産婦さんは大抵遅れますよ」といわれ、診察の予定を予定日の次の日に入れられたりして、ちょっと焦ったり、遅れるのを覚悟したり(でも、あまり遅れると病院出産になってしまう)。

私もそんなつもりで、いつもどおり出勤。すると、ホームで待つ私に窓を開けた妻が「お印がきたー」とガッツポーズ(わが家は駅のホームから小道を1本隔てただけの2階なので、会話ができます)。お印とは、お股から血が混じった液体がでてくる。羊水が出てくる破水とは違います。破水の場合も一気に出てきてしまう場合とちょろちょろ出てくる場合とあるようですが、こちらは即出産準備。もちろん、陣痛が先に来た場合も出産準備。それに対し、お印の場合はそれから数日から1週間経っても陣痛がこない人もいるということで、とりあえず私は電車に乗って会社へ。

すると、早速妻からメール。陣痛らしきものが始まったけど、まだ様子見。私も着いたばかりでまた帰るわけにも行かないので仕事。当初聞いていたところでは、陣痛は10分間かくくらいから始まって、陣痛のある1分間は辛いけど、間の9分間は普通に暮らせるので、食事をしたり、家事を済ませたりして過ごしてください、ということだった。しかし、妻の場合は陣痛の間隔が一定ではなく、5分をきっている場合もあるということで、とりあえず仕事の状況だけ担当者に伝え、今後の方針を立てた状態で早退する。

既に妻は立ち上がれない状態だということで、とりあえず助産師さんに電話する。「まだまだだよ」といわれるものの、辛そうな妻を見ているのも忍びなく、午後すぐにもう一度電話して、タクシーで助産師さんの自宅へ。陣痛とは、子宮が胎児を出口に押し出そうとする運動で、胎児の出口を子宮口というが、それが徐々に延びていく。助産院で内診をしてもらうと、まだ子宮口は直径1~2cm。全開が10cmにもなるというからまだまだだ。とりあえず、いろいろ検査をして、母親と子どもの状態を確かめる。胎児は元気そのものです。一度、助産師さんの車で自宅に戻してもらう。この時だけは何を食べてもいいということで、とりあえず、家にあるものを食べ、一応昼食らしきものを私が作って一緒に食べる。

でも、相変わらず妻は辛そう。あいにくの雨模様の天気で、しかも寒い。自宅にいても落ち着かないし、何もできないので、電話をして、準備をして、タクシーを呼んで、助産院に向かう。助産院の方が部屋も広いし温かいし、落ち着きます。それにしても、タクシーの受付はけっこう冷たい。こういう時に冷たくされると悲しくなります。さらに、このとき来てくれた運転手さんは同じ市内なのに、道が分からずナビ便り。ちゃんとしてよ~。

助産院では「アクティヴ・バース」といって、陣痛中も妊婦が体を動かすことで、促進させるやり方を教わったが、もうとにかく妻は辛そうなので、本人が産みたいと思っていた体位もできずに、ずーっとお尻を落として耐えるだけ。私たちがお世話になった助産院は、助産師さんの自宅だが、産後の入院のお部屋でそのまま産みます。「バース・プラン」として、さまざまな要望どおりに環境を作ってくれるが、わたしたちは妻が持参したiPodで、湯川潮音のCDをリピートでかける。一番新しいカヴァーアルバムはまだ取り込んでいなかったようだが、歴代のCDが鳴り響く部屋。これだけ潮音ちゃんの曲を一度に続けて聴いたことはない。そもそも、『逆上がりの国』はそうとう聴いたが、他のアルバムはそうでもなかったりして、ライヴでほとんどやっていない曲は覚えていないものもあり、かなり新鮮。なんだ、いい曲もっといっぱいあるじゃん、潮音ちゃんライヴでもやってよ、という感じですね。

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出産の辛さは、よく「鼻の穴からスイカを出す」みたいにいうし、テレビや映画の出産シーンも大抵は最後の「いきみ」。だから、本当にお股から赤ちゃんの頭が出るときが一番痛いというように思い込んでいるけど、そうではないようだ。ともかく、子宮の収縮に伴う陣痛がいつ終わるともなく続くことが苦痛のようだ。実際、なかなか子宮口は開かず、何度も助産師さんに内診で確認してもらう。「まだ3,4cm」、「ようやく5,6cmってところかな」、というやりとりの度に妻は「もういやー」。助産師さんは座ったままじゃ赤ちゃんが下りてこない、とアドバイスし、すでに何時間も痛みに耐えてきしんでいる体にムチを打って立ち上がって足ふみ。とにかく、痛みに耐えるのに必死でほとんど周りを受け付けようとしない。特に、私に対してはやさしく手を差し伸べても「触らないで!」と拒絶。私はともかく見守ることしかできません。

なにか状況を変えたい妻は、いままで通っていた針灸妊婦ケアの出張をお願いする。千歳船橋にある「ヒーリングゆう」さんはそもそもこの助産師さんの紹介。なので、出産時の出張はたまにあるとのこと。結局、通常業務を終えて、店長さんともう一人のスタッフの人がたどり着いた頃には、もうどうしようもなく、でも日が暮れて赤ちゃんは下りてきて、まもなく子宮口は全開になります。私には触らせもしないが、プロフェッショナルには体を預けて、この2人の女性の介護の下で最後の段階に入る。子宮口が開いても、その先に会陰というまさに最後の出口がある。ここも直径10cmまで伸びないといけないのだが、これは赤ちゃんの頭で伸ばすのだ。つまり、赤ちゃんの頭を出すのが、「いきみ」だが、一気にいきんでしまっては会陰が破けてしまう。少しずつ、ゆっくりと、細かくいきんで頭を出す。

この作業がけっこう大変らしい。本人は会陰が伸びる痛みよりも既に蓄積している陣痛の痛みを終わらせたい気持ちの方が強いので、一気に赤ちゃんを出したいのだ。でも、妻が「いきみたいー」とか、「いきんでいいですかー」というのを助産師さんたちが制しながら、徐々に進行していく。しかし、この時の妻の身体コントロールは見事だったらしく、助産師さんたちも「初めてとは思えない」と絶賛。しかし、最終的には頭が出ると同時に体ごと出てしまい、会陰には3箇所軽い傷がついてしまったようだ。それは妻のせいではなく、赤ちゃんのせい。お腹にいるときからなかなかいい脚力をしていたのだが、最後にお腹を蹴ってしまったようですね。私が頭の出ている様子を見ようと思った瞬間には、全身が飛び出ていました。そして、私の目に飛び込んできた「男性器」。そう、産まれたのは男の子でした。

妻は先に性別を知りたがっていたようですが(そして男の子が欲しかったようです)、私の意志で、出産するまで性別は教えてもらわないようにしていました。妊娠中の妻の顔つきとか、お腹の出具合とかで、「これは女の子かなあ」といっていましたが、男の子でしたね。体重は2814g、身長は46cm。私はへその緒がつながった状態の彼を見て、ビックリ。まあ、小さいながら人間のパーツが出来上がっていることにはさして驚かなかったのですが、その顔つきです。私の知っている赤ちゃんの印象は、ギャーと泣き喚くことで、顔がくしゃくしゃになり、客観的にはとても可愛いとは思えないものだったが、いきなり美しいのだ。切れ長の大きな目で、とりあえず肺呼吸を始めるための産声は2,3上げたものの、その後は特に泣くこともなく、目を見開いて、初めて見る世界を冷静に観察しているのです。

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結局、産まれた瞬間に到着したサポートの助産師さんに産後の赤ちゃんケアはお願いする。服を着せ、身長や体重、体温や血圧などを測る。あ、その前に赤ちゃんは疲れ果てた妻の胸に抱かれ、へその緒を切りました。へその緒って切った状態ででべそになったりすると誤解していましたが、どこで切っても、余分なところは役目を終えると自然に剥がれ落ちるのだと。そして、赤ちゃんのケアをしている間に、メインの助産師さんは切ったへその緒を手繰り寄せ、妻の胎内から胎盤を取り出します。いやいや、これも大きくて立派な臓器です。400mlほどの出血はありましたが、まあ標準の範囲ということで、かなり理想的な出産だったとのこと。

妻の要望どおり、妊娠が発覚してから禁酒していたこともあり、お祝いに買っておいたロゼのシャンパンで乾杯。いやいや、ご苦労様でした。今回のところはそこまで。夜に,暗めの照明だったので,いい写真は撮れていませんが,一応こんな感じで。

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